第91話 願いを叶える条件は?

これまでの簡単なあらすじ:サカキ率いる夜香忍軍と敵対陣営である白露忍軍では、上忍のサヤに関係のある中忍が2人も惨殺されるという事件が起こっていた。その犯人に目星を付けたサヤは、文通を始めたサギリも襲われると思い、サカキたちに協力を頼んでいた。

 そして、サギリを襲ったのは人ではなく、翁面の妖だったことが判明する。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 サヤとサカキ、ムクロ、ケサギ、サギリ、ヒカゲは訓練室に急いでもどる。

 サギリは途中までムクロが抱っこして走っていたが、途中でもう必要ないことに気づいて放り出した。

 中忍のサギリはくるりと受け身を取ったが、運悪く壁に頭をぶつけてたんこぶを作った。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


「マトはどんな具合?」

 先に駆けつけた白い装束の年配の医忍が答える。

「打ち身がありますが、命に別状はありません。しばらく寝ていれば回復するでしょう」


「……よかった――」

 サヤがほっとする。


((いったいどういうことだ?))

 上忍たちはわけがわからない。

 こいつは確かにさっきまで苦無をふるっていた下忍だ。


「マトはかわやに行くといってこの部屋を出て、そして戻ってきたと思ったらいきなりそのまま倒れたんです」

「見たところ、打ち身以外は傷などはないな……」

 14人の白露忍者たちが心配そうに取り囲む。


「……うーん」

 マトが目を開けた。

「あれ?俺なんで?」

 慌てて体を起こそうとするマトを下忍たちが後ろから支える。


「「だいじょうぶか?」」

「急に体を起こさない方がいい」

「お前、いきなりぶっ倒れたんだ」

「どこか痛むか?」

「膝と額が痛い……」

「倒れた時に打ったんだ」

 医忍が絞った布巾を患部に当てる。


「マト、お前、倒れる前に何か覚えていない?」

 半身を起こしたマトに、サヤが傍で膝をついて尋ねる。

「え?いや、別に……なんだかちょっと体がふわふわするな、とは思いましたが……」


 上忍たちが矢羽音で高速で会話する。

『顔は一緒だが、どうやら別々に動いていたようだな』

『どうりで尻尾をつかめなかったはずだわ。犠牲者2人をマトがやったんじゃないか、って思ったけど、彼にはどちらにもちゃんとしたアリバイがあったから、打つ手がなかったのよ……』

『マトの形をした異形の翁面が殺っていた、ということか』


 サカキが異形の者が持っていた苦無を見せる。

「これは、君のか?」


「あっ、はい、俺のです。俺の苦無がなぜ……」

 マトが懐を探って驚いている。


「……厠に落ちていた」

 サカキははぐらかした。

 マトの表情から、彼は何も知らないことがわかる。


「そうなんですね、すみません、こんな大切なものを落とすなんて……」

 サカキから苦無を渡され、マトはぺこりと頭を下げた。


 サヤがパンパン、と手を叩く。

「はい、じゃあマトは医務室へ連れて行くから、あんたたちは今日はもう宿に戻って。寄り道するんじゃないよ!」

「「はい!」」


 彼らはフランツ領の宿に数人ずつのグループに分かれて泊まっていた。

 根城の桧垣藩までは歩きで2日、馬でも一日かかるので、訓練所に来るときは小旅行のようになる。


 ――夜香忍軍医務室――


 医忍はケサギの右腕とサギリの頭のたんこぶを処置すると席をはずした。

「君は、翁衆を知っているか?」

 サカキがマトに問うと。

「あ――はい、実は彼らからもらった面を持っています」

 全員が驚いた。


「以前――3年前かな、うちに来た翁衆の人がくれたんです。

 なんか、『これを付けると願いが叶う』『他人に話すとご利益が消える』とかなんとか。

 胡散臭いとは思いましたが一度付けてみたことがあるんです。

 でも、特に何も変わらなかったので、そのまま自分の部屋に置きっぱなしでした」


「願い……」

 サヤがつぶやく。

 マトはサヤをちらっと見て頬を染めた。


(なるほど、彼はサヤに恋心を……)

 サカキは察した。最近はゾル(アゲハを好きな白魔導士)の動向で学習し、多少恋心をわかってきていた。


「わかった。ひょっとしたら今日の訓練で体に負荷がかかっていたのかもしれないわね。

 ここでゆっくり休んで体力が回復するようだったら宿に行っていいから。だれかに送らせるわ」

「はい、ありがとうございます」


 マトは体力を消耗していたらしく寝台に横になったあとすぐに眠った。

 付き添いは医忍に頼んだ。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 上忍たちは空いている会議室に移動した。

 畳の上に座り、車座になって話し合う。


「3年前、ウコン、サコンと言う名の翁衆がうちへ忍術と剣技の訓練で来てくれて金を払ったわ。格安だったからとても助かった。

 そして2年前、私といい仲になりかけてた中忍が1人でいたときに惨殺された。

 状況からみて内部の犯行に間違いなかったけど、目撃者がいなかった。さらに去年、私に求婚した中忍がまた同じ目にあった。そのときは、マトの苦無からかすかに血の香りがしたから犯人だと思ったんだけど、マトはその時間仲間と談笑してたのよ」


「なるほど」

「1人目の時もマトは手裏剣の訓練をしている時間だった」

「だから打つ手がなかったのか」

「ええ。……さぎりっち、危険な目に合わせてごめんなさい」

 サヤは正座し、両手をついて深々と頭を下げた。


 サギリが動揺している。

「いや、サヤさんのせいじゃないですよ、悪いのはあの変なお面でしょう」

「サギリっち、優しい――」

 サヤはうるうるしている。

 なんだか出来上がっているカップルを横目に部外者で話し合う。


「サカキ、よくあの見えない面が斬れたな?」

「適当に空間を斬ったら当たりだったようだ」

「適当かよ!」

「気配はなんとなくわかったが、範囲が広くて特定はできなかった。

 あの気配、数日前にサギリの近くの壁の中で感じていたものと同じだった」


「壁の中……なるほど、以前からサギリをマークしていたんだな。しかしまあ……わけがわからないことばかりだな」

 ケサギは腕を組んで考え込む。


「たぶんだけど、あの翁面、付けた人間の姿を取って武器を振ることができるようになる妖怪?みたいなものかな」

 ムクロも腕を組んでケサギと反対側に顔を傾ける。


「ただ、『願いが叶う』というの信じるなら、面を付けた人間の願いを叶えるように行動した、と考えていいのか」

「でも、マトとやらが殺しを願うような人間には見えない」

「うーむ。『願い』は聞くがそれは本人の思いとはまったく違う方向性へ働いているような……」


 そこへ。

「おーい、サカキ。お前にお客さんだ、入るぞ」

 戸の外からヒムロの声が聞こえた。


「ああ、入ってくれ」

 引き戸を開けて、ヒムロの後ろから入ってきたのは、白露忍軍の上忍、タキとカイであった。

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