第89話 強くあるべき理由

※前半アヤ視点 後半サカキ視点です


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

――訓練所:廊下――


「お呼びでしょうか……」

 アヤはビクビクしながらサカキの前へやって来た。


 サカキに周りには秘密で、と呼びつけられていた。

 アヤは白露の下忍で、柔らかな茶色の直毛を後ろで結んでいる。目は鳶色。17歳で線の細い印象の顔立ちとよく言われる。


「君、名前は?」

「アヤ、と申します」

「アヤ……、白露には7人のアヤがいたな」

「ええと、黒松のアヤで」

「本当の名前は?」

「――え?」


「忍者になる前の名前があっただろう?」

「あ……、はい、アヤセです」

「アヤセか、いい名前だ。そちらのほうが合っているな」

「ありがとうございます」


「なぜ実力を隠している?」

「えっ?!」

 いきなり切り込んでこられてアヤセは声を立ててしまった。

「君は上忍になれる素質がある。幻体目(上忍に必須の異能・自分のイメージ通りに体を動かすことができる)も持っている。自分でも知っているだろう?それなのになぜ隠す?」

 サカキは腕を組んで、静かな表情でアヤセを見下ろしている。アヤセも身長は176ハルツ(cm)あるが、サカキのほうが頭1つ高い。


 アヤセは戸惑う。

 上忍って本当にすごい。あの短時間の手合わせて見抜かれてしまったのか。

 理由を言っていいものだろうか、怒鳴られたりしないだろうか。

 サカキの表情がふっと緩む。

「……言いたくないのならいい。俺も気が付かなかったことにする」


 アヤセが驚く。

「あ、いえ……とてもくだらない理由なので――」


 サカキがこちらをじっと見ている。

 刀の切っ先のような切れ長の瞳に吸い込まれそうだ。不思議だが、彼にはなんでも話してもいいような気がした。


「……俺、あの4人といっしょにいるとすごく楽しいんです。彼らと、これからもずっと仲間5人組でいたいから……」

「そうか。友達なんだな」


 サカキは怒ったり、たしなめたりはしなかった。

 意外な気持ちでアヤセはサカキを見た。


「怒らないんですか?」

「別に。友人がいるのはいいことだ。

 アヤセ。このまま下忍でいることも君はできる。

 だが、上忍であればその腕前で多くの忍者を、身近にいるものを助けることができる。

 それができなかったとき、?」


「それは……」

 アヤセは、はっ、と顔を上げた。


 考えたことがなかった。

 彼ら4人といればいつも楽しくて、修行も苦にならない。

 そんな日々がずっと、これからも続いて行くと思っていた。

 上忍になってしまえばそれができなくなる。


 でも――

 今日の訓練で思い知らされた。

 もしも目の前に強敵が現れたら。


 今の自分ではなすすべもなくやられる。

 あの4人もだ。

 上忍でさえ、最初は未忍から訓練をした、と言っていた。

 それなのに自分はどうだろう?


「サカキ様――」

 アヤセはサカキの視線をまっすぐに捉えた。


 その表情を見てサカキは薄く笑い、右手を挙げて制した。

「続きはサヤに言え。俺は敵対している忍軍のものだ。戦場で会ったら容赦はしないからな」


 と言うとサカキはくるりと背を向けて歩き去った。

 アヤセはその隙のない背でゆれる美しい黒髪にしばらく見惚れて、やがて「ありがとうございました」と深く頭を下げた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


「というわけだ」

 忍軍訓練所の廊下でサカキがつぶやく。その後ろに姿を表したのはサヤだった。


「さすがね、私ではこうはいかなかったわ」

「これを見越してあいつをうちに預けたんだろう?」

「ええ。見つけたのはつい最近だけどね。素質はあるのに実力を出したがらなかった。理由がアレだったなんて。私なら「甘えるな!」って怒鳴っちゃうところだったわ」


「それが怖くて黙ってたんだろう。上忍として強制的に訓練がはじまることも、150人近い下忍を指導していかなければならなくなることも」

「自分から決意してくれたのなら何も言わないわよ」


「それがいい。それからもう1人――」

「やっぱりマト……?」

「おそらくな」


「サギリっちはどこに?」

「詰所裏手のだれも来ないところに一人でいさせてる」


「だれかが付いてくれてるのよね?」

「ああ。最強の3人だ」


 サヤはうなずき、サカキとともにそこへ向かった。

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