第88話 上忍と下忍の手合わせ

 前回からのあらすじ:サヤから重要情報を得た礼として、敵対関係のはずの白露忍軍の訓練不足の新人忍者15人を訓練することになった上忍サカキ、ケサギ、ムクロ。15人を5人ずつのグループに分け、手合わせを行う。

 ※一人称はサカキは俺、ケサギはオレ、ムクロはワタシ 


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 後ろ手の縄をほどくのは難しいので前手でやらせてみたが、15人のうち半分しかできなかった。

 サカキたちは縄抜けの方法を数種類実演して見せ、あとは空いている時間に2人1組で練習しておけ、と申しつけた。

「じゃあ、さっき作った5人1組になって」

 とケサギ。


「最初は1組からだ。ムクロが相手になる」

 サカキが促す。


「「よろしくおねがいします!」」

 1番めは詰所にいた見た目の軽い5人だ。彼らは木刀を持っている。ムクロは素手。

 3人が2刀流、2人は1刀でムクロを取り囲む。


 見学の2組と3組の者たちがひそひそと話している。

『1組のやつら、いいな、優しそうな人にあたって』

『俺ら、1番こわそうな人だよ~』

 サカキには聞こえている。

 1番容赦ないのはムクロなんだがな、と思ったがこれも黙っていた。


 まずは自由にやらせてみる。

 5人は一斉に「うおおおお!」と、ムクロに打ち掛かる。ムクロはふっ、と腰を落とし、彼らの刀が到達する前に長い右脚を1回転させる。全員が足をかけられて転ぶ。

「「うわっ」」


「打ちかかるときは声を出しちゃダメだよ、忍者は基本、無言で戦おう」

 ムクロが優しい顔で、優しい声音で言う。

「「はいっ、すいません!」」

「では、もう一度!」

「「はいっ!」」


 トンッ、ポカッ、パシッ!

 と軽い音がひっきりなしに響く。1組の5人の顔がだんだん恐怖に覆われていく。


 下忍たちは、わずかな時間で息が荒くなり、刀を構えようにも足がぶるぶると震えだしている。

 ムクロは優しい顔のままで、切りかかる下忍たちの肘を手刀で打ち、ひらりと交わして拳で背中を打つ。

 その動きは優雅でまるで能の舞のようだ。


 しかし、下忍たちは確実に体力を奪われている。しかも、なぜこんなに体が痛むのかわけがわからない。

 ムクロの攻撃はまったく力がこもっていないように見えるのに。


 ケサギが様子を見て宣言する。

「はい、そこまで!」

 その声と同時に5人はバッタリと倒れた。中にはピクピクと痙攣しているものもいる。


 2組と3組の下忍たちが「えっ?」と声を上げる。

「そんな強い攻撃とかしてなかったですよね?音も軽かったし……」

「なんで短時間でこんなにボロボロに?」

 手合いはわずか1分ほどだった。


「次は2組。サカキが相手だ」

「「は、はい!」」


 1組の様子を見て2組の下忍たちが気を引き締めたようだ。そう、これは子供のお遊びではない。

 強くあらねば、死はいつでも隣にいる世界なのだ。


 サカキはムクロよりもスピードを上げて、先に仕掛ける。

 下忍たちは驚くと同時に3人があおむけに倒れていた。

「「????」」

「あれ?起き上がれない……」


 残った2人はサカキの掌底しょうていをぎりぎりで避け、サカキの伸ばされた右手の内に入ろうと接近したが、サカキの体はそこにはなく、慌てて振り返るより前に1人が手刀で昏倒する。

「ほう」

 サカキが笑う。残りの1人は手刀を避けて距離を取り、木刀を正眼に構えた。

「よく避けたな」


 下忍の刀を構える手はぶるぶると震えている。

 避けたはずだが、サカキの手刀がかすった衝撃だけでかなりのダメージを受けていた。


「よしそこまでだ。サカキ、けがをさせるな、と言ったのに。おい、まだ立っている奴、無理するな」

 ケサギが苦笑している。


 残った下忍はその言葉を聞いてゆっくりと崩れ落ちた。30秒も持たなかった。

「どれも軽い打ち身だ。すぐ治る」

 サカキも笑う。打ち身などケガのうちに入らない。


 サカキのスピードは中忍程度だ。それでも彼らの目は捉え切れていない。

 手合いの前に基礎体力をつけないとだな、とサカキは思った。

「では3組。オレが相手だ」

 ケサギが手招きをする。


 3組の下忍たちの顔は真っ青だ。だが、ケサギは一番やさしい。

 彼らが痛みを感じる前に上忍のスピードで全員を一瞬で昏倒させた。


 ――反省会――


 15人全員が板間の上に座り、上忍3人も彼らの向かい側に座って問題点を指摘していった。


「まずは、そこの奴とそっちとそっち。上腕が弱い。上半身を鍛える訓練をしろ」

「君と君は下半身だね。毎日3里(約12km)走ろう」

「お前とお前、あとそちらの3人、関節が固い。毎日柔軟体操を2時間やれ」


 1人1人に具体的な鍛え方を指摘していった。下忍たちは短時間で自分たちの弱いところを見抜かれて驚いている。


「ムクロは下忍、サカキは中忍、オレは上忍の速度と力量で攻撃をした。

 プロの忍者と相対すれば君たちはまだまだ敵わないのがわかっただろう?」

「「……はい」」


「苦無や手裏剣の訓練も大事だが、一番必要なのは敵を前にして引かない強靭な精神と、叶わない相手には引き際を見極めるための判断力だ。それを培うには体力・筋力・瞬発力を上げる必要がある」

 サカキが指摘する。


「ワタシたち上忍も最初は未忍で基礎訓練から始めたんだよ。忍務で何度も失敗したしケガもしたなあ」

 しみじみとムクロが言う。


「その失敗も生きていれば全部糧になるからな。君らはまだスタートについたばかりだろう?

 まずは自分たちの力量を正確に知ることからだな。長所は伸ばして短所は訓練で克服しろ。やることはわかったな?」

 ケサギが〆る。


「「はい!!」」

「よし、今日はここまで!」

「「ありがとうございました!」」


 ――解散後――


 訓練室で13人がワイワイと集まって感想を言い合っていた。

「なんかもう……次元が違う、って感じ?」

「上忍様と手合わせなんて初めて……この打ち身、記念に残しておきたい」

「3人とも背は高いし、お綺麗だし……俺、ちょっとコーフンした」

「「「わかる」」」


「直接打たれてないのになぜか体中が痛い」

「今見たら体中に打ち身の跡がある。ぜんぜん気が付かなかった」

「夜香忍軍の施設、すげーピカピカだなあ」

「白露のはあちこち修繕のあとだらけで新しくする余裕もないしな」

「この血糊玉、3つもらえたけど、もったいなくて使えねっす」

「1つ噛んだら、甘酸っぱくてすごく旨かった」

「お前、もう食ったのか」


「あれ、アヤは?」

「厠(トイレ)だとさ」

「マトもいないな」

「いっしょに行ったんじゃないかな」

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