第82話 心理テスト

※登場人物補足

〇ムーンダムド:アラストル帝国第二皇子 29歳 髪:薄い金髪 瞳:暗めのターコイズブルー  第一皇子ダールアルパの腹違いの弟 イリアティナにお見合いを申し込む 今まで目立たなかったが実は陰の実力者 


〇カイル・コンラード終生公爵 25歳。父親はボルス。髪:金髪 瞳:深い青 美男で優しい性格だが気が弱い 父親の言いなりになっていることを悩む 父の言いつけで結婚の申し込みに来た


〇ギルバット・アスランテ 32歳 髪:野生の獣の鬣のような赤味を帯びた金髪 瞳:赤味を帯びた茶色 バハールガル(遊牧民国家)の最大部族シャムツァールの首長。2つ名は草原の暴狼 イリアティナの愛人になりたい


 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


この物語は「桧垣行ひがきこう」と言い、古くから秋津で伝わっている、実際の出来事を題材にした物語を能に仕立てたものだった。

 しかし、本来の結末は姫君は恐ろしさのあまりに息絶え、男は怨霊になったまま夜の街を笛を吹きながら徘徊するようになる、という悲劇である。最後はヒムロが書き換えた。


 能のあと、女皇は着物姿のまま客人の席へ挨拶に回る。

 姫君役を舞っていたのはイリアティナ女皇本人であった。

 1番目はムーンダムド。他の客たちは余韻を楽しんでもらえるように、飲み物と食事を出し、くノ一たちと美形ぞろいの夜香忍軍三番隊の若い忍者で接待をする。


 面を取り、にっこり微笑む美しい顔を見てムーンダムドは席から立ち上がり、慌てて礼をする。

「じょ、女皇陛下が舞われておられたのですか!いやはや、これは驚きました。見事な能でございました。このムーンダムド、感激のあまりこのありさまです。お恥ずかしい」

 と手の平で涙をぬぐいながら照れた。ダールアルパよりは親し気な様子である。

 お付きのものがハンカチを差し出した。


 女皇は右手に錫杖を持ち威厳のある立ち姿で話しだした。

「どうぞ、席にお付きください。この度は我がローシェへお越しいただき、大変ありがたく思います。

 して、ムーンダムド陛下は最後の衣、いかが思われましたか?」

 女皇の態度は以前のダールアルパに対するものとはまったく違っていた。

 ローシェも帝国となったため、対等の立場なのだ。


「私は、あの衣はおそらく身分の象徴と思いました。それを捨て、姫君は霊となった男と添い遂げるために市井に身を投じた、と解釈いたしました。それに――」


「それに?」

「あの能の題材こそが、私の見合いの申し込みへのお返事だったのでしょう?」

 皇子は笑みを浮かべている。

 女皇が皇子の目を見ながらあでやかにほほ笑む。

「ご慧眼であらせられる。そのとおりです。この姫君の心は私の心と同じ。私もまた叶わぬ恋をしております。それゆえに、他のどの殿方とも結婚も恋のやりとりもできませぬ――」


 皇子はゆっくりとうなずいた。

「そのお言葉、心に染み入りましてございます。私はもともと断られると存じておりましたが、それでも、女皇陛下のお顔を一目見んと無理を申しました。深くお詫び申し上げます。それなのに、女皇陛下はこのような、今までに味わったことのない感動をお与えくださった。これ以上、何を望むことがありましょう」


 と、晴れ晴れした顔で言い、

「もしよかったら、アラストルへも遊びにお越しください、国を挙げて歓迎いたします。それでは」

と、早々に暇乞いをした。女皇は引き留めたが、このあと政務がございますので、と国境までの結節点で帰って行った。


 次はカイル・コンラード終生公爵だ。

「ま、まさか陛下が……」

 と、涙で濡れた顔を真っ赤にしながら、手に持っていたハンカチで顔をぬぐっている。

 彼は若く、まだ父親のように堂々と女皇と向き合うには不慣れな様であった。


 女皇は彼にも衣をどう思うか同じ質問をした。

「そうですね……私は、あの衣は姫君の命を表しているのでは、と思いました。着物は現世の象徴で、それを脱ぎ捨て、命を絶ち、霊となって男とともに天へ昇っていく――と感じられました」

「お見事です、公爵様。その感じ方は原作に近いもの、でございます」

 女皇は、カイルに対してはお姫さまモードで対応している。


 カイル・コンラードは可憐な女皇の雰囲気に飲まれ、ドギマギしていて会話が続かない。

「カイル様――」

「は、はい……」

「かの姫君はわたくしの心を表しておりました」

「なんと――、そうでしたか……陛下もまた辛い恋をしておられたのですね。わかりました。あれが、貴方様のお応えだったのですね……」

 カイルは悲し気な顔をしたが、ぐっ、と腹に力を入れた。


「実は、父に言われての申し込みでございました。申し訳ありません。ですが、陛下をこうやってお近くで拝見することができ、以前よりも増して敬愛の念が深くなりました。申し込みは取り下げます」

「こちらこそ、お申し出を受けることができず、かたじけなく思います。ですが、これからは親しい友人として接していただければありがたいのですが」


 カイルの顔が明るくなる。

「それは願ってもない!よかったら……次のサロンには我が家へお越しいただけると……」

「喜んでお受けいたします、カイル・コンラード公爵様」

 はにかんでほほ笑む女皇に、カイルはまた顔を真っ赤にした。


 このままカイルはしばし能の余韻にひたりたい、ということで、演奏がまだ続いている舞台を見ながら軽い食事と従者たちとの会話を続けることになった。女皇は次に向かった。忙しい。


「お待たせして申し訳ありません。バハールガルのギルバット様。お初にお目にかかります、ローシェ帝国女皇イリアティナ・デル・ローシェです!」

 と元気に自己紹介したのは素の女皇である。

(だいじょうぶかな)

 と、サカキは陰で心配だ。


「おお、これは美しい。あの面の下はかような美貌が隠されておりましたか、いやはや今日は驚くことばかりですぞ」

 と、涙にぬれた目だったが、ガハハと豪快に笑った。


「薪能をお楽しみいただけたようでよかった!ギルバット様は最後に残った衣はどう思われましたか?」

「いろいろな意味がとれる、と思いました。衣を残すことで姫君の意志・探さないでくれというメッセージを家の者たちに送った、とも、問答無用で家と決別した、とも、さらには高い身分を捨て、平凡な1人の女として、愛するものの霊と旅をする、という解釈もできました。とても興味深い結末でした」


「まあ、とても踏み込んだ感想を持ってくださったのですね、ありがとうございます」

 女皇もにこにこ顔だ。

「それに……あれが女皇陛下の返事、というわけですな。いやあ、参りましたぞ。ああいう風に切々と悲恋を訴えられてはこちらが入る隙間もない。実に上手い断り方ですな」


「ギルバット様、思ってたお人と違う……」

「そうですかな?普段は多くの部族をまとめるために荒々しく振舞っておりますが、むしろ今のワシがもともとのワシです」

「そうだったんですね、直にお会いできてよかった!それで、ローシェにご入用なのは何ですか?」


(またド直球で聞いてる……)

 陰で見守っていたサカキは呆れた。

 ギルバットが断られることを前提に愛人の申し込みをした目的は、ロルドが言うにはローシェ側に彼らの要求が通りやすくするためだろう、とのことだった。


「なんとまあ、こんなに話が早いお方とは。いっそ清々しい。では、お言葉に甘えて。我らには海がない。なので塩がなかなか手に入りにくてな。我がバハールガルと塩の交易をお願いしたく。こちらからは羊毛の加工品や工芸品、水牛の角と革製品などですな」


「それなら最初からそういうお申し出をいただければこちらは否とは申しませんのに……」

 女皇は小首をかしげる。

「正直に申すと、愛人を口実に陛下とプライベートなお話がしたかった。だが、この薪能というすばらしい出し物を用意してくださるとは、予想以上の歓待でした。美しいうえに賢いお方、我がバハールガルはローシェ帝国に敬意を表し、向こう1年は国境を侵さぬことをお誓いしよう」

「まあ、1年だけなの?」

 くすくすと女皇が笑い出す。


「我らの血気盛んな若者衆を抑えるのができるのはそれくらいが限度かと。よかったら1年後にこういう催し物があればまた呼んでくだされ。そうすればまた1年、平和を保てるでしょう」

 頭をかきながらギルバットも笑う。


「1年と言わずに、いつでも遊びに来てください」

 華やかな笑みをこぼす女皇を見ながらギルバットは真剣な顔で

「やはり愛人の件は……」

 と未練がましく言うと。

「ごめんなさい」

 女皇はぺこりと頭を下げた。

「ですよねー」

 とギルバットは心で泣きながら大草原へと帰って行った。

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