第77話 不運なサギリと上忍サヤ登場

 ――皇都郊外:忍者詰め所――


 会議の休憩の後、為政組はあわただしく次の議題に移って行ったが、忍者組は差し当たっての急務はなく、今のうちに教練をしっかり行う、ということでサカキはゾルとアゲハを連れて忍軍詰め所を訪れた。


 木造二階建て瓦葺屋根の秋津風の大きな規模な建物であり、訓練所も兼ねている。忍者宿舎は広い庭を挟んだ対面に建てられている。

 横開きの玄関を開けると正面に受け付け用のカウンターのある30畳ほどの部屋があり、左側には丸テーブルが5つと椅子が4脚ずつ。

 そこには訓練待ちの忍者や騎士、白魔導士たちが数人座って談笑していてにぎやかだった。

 最近は騎士たちが忍者の訓練を受けることが増え、さらにはゾルの影響を受けた若い白魔導士たちまでが足繫く通っている。


「サギリ?なぜお前が受付を?一応一番隊の副隊長だろう」

 サカキは詰所所受付役の1人にサギリが就いているのを見て訊ねた。


「おや、サカキ、いらっしゃい。ゾルさんアゲハさんもこんにちは。

 いやね、今日の受付役が昨日の訓練でケガしちゃってね。急だったから僕が代わったんだ」

 サギリは中忍で実力のある若者である。26歳でサカキよりも5つ年上の幼馴染だ。


「他にも代役はいるだろうに」

「頼むより自分がやるほうが早いから……」

 サギリらしい返答にサカキは苦笑する。

「ところで、お前のケガはもういいのか?」


 サギリは里襲撃の際に首の骨を折り、そのあとでは侵入者3人に踏まれて肋骨を折り、復帰した早々敵陣営の白露の里の上忍壱:サヤに目を付けられるという散々な経歴だ。

 

 容姿は痩せていて金色に近い茶色の髪に薄茶の瞳で幸薄そう、と言われる悲し気な顔つきのせいで悪目立ちしている。


「うん。訓練もできるくらい元に戻ったよ」

 とサギリが言ったと同時にサカキは振り向いた。詰所の奥に嫌なものを見つけたのだ。


 ピエール、ニコル、ジャック。

 ヴァネッサ嬢の婚約者だか白魔導士だかの3人組がテーブルに座って談笑していた。

 ヴァネッサが、くの一修行を始めたので訓練に来ているのか……。(ヴァネッサは邸宅で家庭教師のくの一に来てもらっている)

 いや、こいつらよりもっと大ごとなのが――


「サヤ。なぜお前がここにいる?」

 一番奥のテーブルに座り、一人で茶を飲んでいた女性が立ち上がり、ゆっくりと歩いて来る。

 黒髪を首の後ろで結び、黒い忍び装束を着ている。細い目とかぎ鼻、薄くて小さな唇がまるで小面の面のような女だ。

 詰所の誰も気が付いていない。今まで気配を消していたのだろう。


「久しぶりね、サカキ。先日はうちのものが失礼した」

(※ダールアルパ率いるアラストル軍がローシェに襲撃したとき白露忍軍もアラストルに協力しローシェ城内の白魔導士を襲っていたがすべて失敗に終わっていた)


 冷え冷えとした抑揚のない声を聞いて周りの忍者がギョッとするが、サカキが手を伸ばし、左の手の平を下に向けた。

 「知らない振りをしろ」という合図であり、忍者たちは従った。ゾルとアゲハはこそこそとサカキの後ろに隠れる。

「何用だ」

 サカキの声も冷たい。


「相変わらずつれない態度ね。女には親切にしておくものよ?今日はこれを届けに来たの」

 と、酒の入った徳利をカウンターの上に置く。

「それは――」

「ミヤビが好きだったお酒。……彼女とはいい飲み友達だったわ。墓前に供えてくれる?」


 確かに、ミヤビはこの酒が好きだった。

「ああ、わかった」

「それと――」

 サヤは急に頬を染めると、カウンター内に立つサギリを見て口ごもった。


 意外なことにサギリは

「サヤさんもこんにちは。ええと、このあいだのお申し出のお返事聞きにいらしたんですね?もちろん、いいですよ」

 とにこやかに答えた。

「えっ、本当?やったーー!」

 サヤは飛び上がらんばかりの喜びようだ。この女、そういう感情も持っていたのか。


「どういうことだ?」

「サヤさんに文通申し込まれてね。断る理由もないからお受けしたよ」

「――そうか。って、おい、サヤがどういう人間がわかってて言ってるのか?」

 サギリがのほほんとしていてサカキも普通に答えそうになったが、サヤは現在は夜香忍軍とは敵対関係にある桧垣藩・白露忍軍200人の頂点に立つくノ一である。

 サギリもそれを知っているはずだ。


「うん。でも僕は女性の申し出を断るなんてできないし」

 そうだった、そういうヤツだった。


 サカキは頭が痛くなる。

 当のサヤは

「うれしいー、サギリっち、これからよろしくね!」

 サギリっち?


「こちらこそよろしくおねがいします。サヤさんはこれから訓練の見学でも?」

「ううん、奥の席でサギリっちのお仕事見てるわね。気配は消しておくから邪魔はしないわ」

「そうですか、じゃあお茶のおかわりとお菓子、ご用意しますね、ごゆっくりどうぞ」

「ありがと!」

 2人はいい雰囲気である。

「まじか……」

 サカキはこめかみを抑えた。


 サヤはギロリ、とサカキを睨むと

「何か問題でも?」

 と冷徹なくノ一の声で言った。対応の差が激しい。

「いや、問題ではないが(大問題だが)……そうだ、1つ忠告しておく」

「忠告?」


 サカキは矢羽音(忍者同士にしか聞こえない会話方法)を使う。

「脇坂泰時に気を付けろ。奴の中身はウツロという般若衆に属する別人だ。

 忍軍を敵視している。山吹と桔梗のように、白露も狙われているかもしれんぞ」


 サヤの細い目が見開かれる。信じられない内容ではあるが、サカキが嘘を言うような輩ではないことをサヤは知っている。

「そう。……わかったわ、ありがとう」

「酒の礼だ」


 脇坂泰時がウツロである、という情報は、味方陣営には少しずつ開示していた。ただし、異能に関しては伏せている。

 不確かな情報の上に、こちらの指揮系統を混乱させる要因になりかねないからだ。

 白露忍軍は今は敵対陣営にいるが、これ以上忍者の里の犠牲者を出したくない。

 予定していたタイミングよりは早いが、上の壱に最初に伝えられたのはむしろよかったかもしれない。


「さて、今日はどの訓練に参加する?」

 とサギリが何事もなかったかのように聞いて来る。

 こいつ実はかなりの大物なのでは?とサカキは思った。

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