第75話 3人の大物たちの要求

 ※登場人物補足:ヒスイ(翡翠)19歳 黒髪翡翠色の瞳 元山吹忍軍の暗部(暗殺専門)所属 男女両方好き くノ一ショーの時は笹が舞う幻影と共に登場し、騎士たちの一部をメロメロにしている。直属の上司は里時代から引き続きサカキである


 ※これまでの簡単なあらすじ

 女皇襲撃の犯人たち3人は秋津の武士だった。彼らの謀反の濡れ衣を晴らすため、一時期剣客用コテージに滞在することになる。


 ローシェ帝国に亡命してきた2人の黒魔導士の少女たちは、2人合わせると第一階梯の魔法を撃てることをケサギに打ち明けた。第一階梯の魔女は門外不出の重要機密事項であり、もしもアラストル帝国に知られれば戦争になりかねないほど重大な事だった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 ――皇宮:円卓会議室――


「……第1階梯の黒魔導士……我が国の悲願がついに――」

 ロルドはケサギの報告を聞いて震えた。右手の拳を握ってプルプルしている。

 常に冷静なスパンダウも珍しく左目を限界まで見開いていた。


 今日の女皇はお姫様モードである。

 腰にミニ錫杖をつけ、円卓の最も豪華な椅子に座り、神妙な顔で報告を聞いている。

 参加者は大将軍ユーグ、宰相ロルド、夜香忍軍からサカキ、ケサギ、ムクロ、ヒムロ、ヒカゲ、そして情報部長官スパンダウ。軍事会議という名目であるので、終生公爵2人は参加しない。


 ユーグも黒魔導士の恐ろしさは嫌と言うほど知っている。

「黒魔導士……彼らほど戦争に置いてやっかいな存在はないですな。突然現れては攻撃をしてまたすぐ消える。捕らえようとしても、意識があれば瞬間移動ですぐに逃げられる。縄で拘束しても猿轡さるぐつわをしてもまったく関係なしだ」


「先日の襲撃では指揮官がアレダールアルパだったおかげで我らの被害はなかったが、次はそうもいくまい」

 スパンダウも浮かない顔だ。

 ロルドがうなずく。


「アラストルの喪が明けるまで後175日。全軍に通達して訓練を、と考えると余裕がありません。

 すぐにでも黒魔導士のお2人に協力していただきましょう。ケサギくん、ムクロくん、彼女たちの護衛は任せたよ」

「「了解です」」


「以上の観点からキーリカさんとパシュテさんは剣客用コテージ4号棟に入っていただくことにしました。

 護衛兼お世話係のくノ一のヒスイさんも一緒に住んでもらいます」

 スパンダウが合図すると。


 緑の瞳の妖艶な美女がメイド服姿でスパンダウの後ろから現れた。長い髪は今日は2本の3つ編みにして両肩に垂らしている。

「ヒスイです。お任せください」

 と、右手を左胸にあてて一礼した。

「ヒスイはくノ一で一番の手練れです。先日のような急襲にも対処できます」

 サカキが説明を加えた。


「それは頼もしいですね、ヒスイさん、2人をよろしくお願いしますね」

 女皇がにこやかに告げる。

「この命に替えましても」

 ヒスイはほんのり頬を染めている。女皇の可憐さに当てられたらしい。

 そういえばヒスイは男も女もイケるクチだった、とサカキは思い出した。


「今のところ、2人の階梯はどこにも漏れておりません。ですが、対魔訓練がはじまれば、いずれは各国に届くと予想されます」

 スパンダウが報告する。


 サカキもうなずく。

 以前から情報が漏れているのは感じていた。身近なところに敵の諜(スパイ)がいる。

 こちらも網は張っているがなかなか引っかかってこない。かなりの手練れである。よほど慎重な伝達方法を使っているようだが、今のところ重要度が低い情報ばかりなのは幸いだった。


「各国に知れた時の対処はスパンダウに」

「はい、宰相殿からは複数の策をいただいております。お任せを」


 ヒスイがスパンダウに目配せをしてから下がった。

 彼女は円卓のメンバーではないので、顔出しが終わったので退席し、黒魔導士の2人を迎える準備にかかる。


「さて、次の議題ですが、立花殿は順調に郎党を集め、現在は200人に達しているそうです。思ったより早いですな。資金繰りは順調に回っております。情報の洩れは……これから出て来るでしょう。

 秋津国内にローシェを邪魔に思うものが増えて来ると思われます。各自警戒態勢は解かずにお願いします」


 ロルドが秋津関係の報告を述べた。

 立花家を陥れた主犯格は、紫藤氏の縁戚のものであることが次第に浮かび上がってきている。

 恐らくまだ生存していることも。ローシェの弱点であった秋津の情報網も、立花たちの糸と絡めたおかげで以前よりも精度が上がっている。


 次々と報告がなされる。

 バハールガルのカルムイク族に関しては、ギルバットが責任を持って処断を下し、部族は男は全員死刑、女子供は他の部族、主にシャムツァールに吸収された。処罰の内容はギルバットが決めるように、と外交を通じて命じたのは女皇イリアティナである。


 愛するものサカキを危険にさらした行為を心底から怒り、その矛先をカルムイクに向けた。

 ただしそのことは表向きには出していない。

 皮肉なことに、カルムイクの呪術師の神託『ローシェの女皇は人類の脅威となる』はカルムイクにとっては現実になった。


「次。ボルス・コンラード公爵が代替わりをなさり、かのご子息・カイル・コンラード様が次代の終生公爵をお継ぎになられましたが……」

 ロルドは困った顔で続ける。


「女皇とのご結婚を望んでおられます」

 円卓の空気が冷える。今までの父親の行いに呆れる反面、終生公爵は女皇の結婚相手としては最適株なのだ。女皇は額に手を当て、首を振った。


「――とまあ、姫もこのようなご反応でして……」

 カイル・コンラードは25歳と若く、容姿も王家によくある金髪と青い瞳、やや大きめの鼻に薄めの唇という容姿はよく整っており、性格も穏やか、と言われている。家柄も人柄も申し分のない人物である。


 ただし。ヴァレリー公爵が国のために票を投じていたのに対し、カイルの父親ボルス・コンラードは自分の利益のために票を使っていた。その息子、となると周囲が警戒するのもうなずける。

 六合会はすでにないが、終生公爵の権限はいまだに絶大なものがある。


「姫様が嫌ならそれで決まりじゃないの?」

 とヒカゲが素朴な疑問を投げかける。

「そう簡単にはいかないんだよ……」

 ヒムロが答える。


「そうなんです。コンラード公爵の所領ベスターベル領は大草原に接する重要部分を占めていましてね。アラストルとの一戦を本格的に行う場合、そこが我が帝国軍の防壁の要所になります。帝国一の広さと、そこを守る有数の強さを誇る私設軍隊1万を敵に回すわけにはいきません」

 ロルドがヒカゲに説明する。


「暗殺ならうけたま……」

 サカキがすました顔で言おうとするとロルドが遮った。


「はい、サカキ君、ストップ。君、ときどき思い切りが良すぎるから……。まだカイル殿が敵対する、と決まったわけではないんです。一応、姫の意向を組んで一旦保留、からの『国と結婚しましたので』とか理由を付けてお断りするのがよいでしょう。そのあとの反応はそのときです」


「……承知した」

 サカキは不満だったが雇い主が言うなら仕方がない。

 スパンダウがロルドの後を続ける。

「それに、議題はまだまだあります。ギルバットが姫の愛人になりたい、と申し出てきた」

「「えーーーー!」」

「これもお断りすることになるが、バハールガルは誇り高い民族だ。下手に断ればこの先なにかとちょっかいかけてくることは想像に難くない」

 スパンダウは渋い顔だ。


「ギルバットは一見粗野な、32歳の猛牛のような男ですが、頭は良い。18の、いや17になったんでしたね、その部族すべてを一つにまとめることも可能な権能を持っています」

 ロルドが付け加えた。


「さらに!」

「まだあるのか――」

「これはまだ打診の段階ですが、アラストルの第2皇子が喪が明けたら姫と内密にお見合いをさせてほしいと……」

「「ええーー!!」」

 忍者たちは何度目かの声をあげる。


「第2皇子?」

「はい。いままであまり表に出て来なかった人物です。名前はムーンダムド・イル・バラバー。29歳であの第一皇子ダールアルパの腹違いの弟になります。彼の申し出は、結果はどうでもよい、とにかく姫とお会いしたい。それで決裂となってもローシェに責任は一切負わせない、というしおらしいものですが――」


「条件がよすぎるな」

「そのとおり。上手い話にはたいてい裏があります。アラストルにいるスパンダウの間諜に調べさせたら、かなりきな臭い人物のようです。ダールアルパよりもよほどね。今まで大人しくしてたのは、第一皇子ダールアルパが失策を犯したときに表に出て追及をする予定だったようで。しかし、戴冠式のときの失策はローシェがもみ消した。それでうちの姫に興味を持ったようです」


「……困りましたね……もちろん、対応は心得ておりますが」

 お姫様モードであるイリアティナの眉が下がり、可憐な唇からため息がこぼれた。

 その様子を見てサカキはいろいろと察した。


「では休憩にしましょうか」

 その言葉に全員がうなずいた。

 ロルドはサカキに視線で合図する。ロルドも同様にいろいろ察していたようだ。


 その合図がなくてもサカキは動くつもりだった。

 イリアティナは「外の空気を吸いに」と言い、バルコニーの方へ歩いていったが、その姿からはかなり疲れているのが見て取れた。

 サカキは椅子から立ち上がると、イリアティナの後を追った。

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