第74話 女皇襲撃事件の顛末と黒魔導士の爆弾発言
登場人物補足:
〇立花
〇三鷹
〇浅野
――剣客コテージ3号棟:夜――
「……大変なことになってきましたな」
テーブルに座って三鷹数馬が頭を抱えている。
「まさかこういうことになるとは……」
浅野三郎もうなだれている。
「居合の指南だけで金貨1000枚いただけた。しかも我らはローシェ国民でないということで税金は免除……」
立花春城の眉間に刻まれた皺がさらに深くなっている。
「我らもなにかと用事を頼まれますが、そのたびに破格な報酬をいただきまして……」
テーブルの上には金貨の入った革袋がいくつも積み重ねられている。
「たったの数日で我らの一年分の収入を超えたでござる」
「ロルド様に至っては、資金を秋津に運ぶ手配までしてくださって――」
「「どうやってご恩を返したら良いのか……」」
とうとう3人とも頭を抱えてテーブルに突っ伏した。
そのとき、ドアの外に気配がした。トントン、とノックの音が鳴る。
「サカキだ」
「どうぞ」
ちゃんとドアを開けてサカキが入って来る。寝る前の支度なのか長襦袢一枚にコートを肩に羽織った姿だ。素足に下駄を履き、手には風呂敷包みを持っている。
「こんな時間にすまない。いくつか報告と確認したいことがあってな」と、包みをテーブルに置く。
「なんなりとお応え申す」
立花は答え、まじまじとサカキを見て着席をうながした。
髪を結っているときは大人びて見えたが、今は下ろしている。そうしていると年相応に見えた。
とても上忍とは思えない、美しい黒髪とたおやかな体躯の青年だ。
「まずは報告だ。今日の夕方、シャムツァールの首長、ギルバットが国境にやってきて、カルムイクの族長の首を差し出した。詫びのつもりらしい」
「……そうでしたか」
「我が女皇を狙った理由は、カルムイクの呪術師が『ローシェの女皇が人類の脅威になる』という託宣を授けたからだそうだ。貴殿たちは依頼を受ける時、理由は聞いていなかっただろう?」
「いかにも」
暗殺の仕事を請け負う時、プロは理由などは聞かない。
「政治的ではない、単純でバカげた世迷言でよかった。よってこの件はこれで終わりだ。次に、貴殿たちの現状を報告してもらいたい」
「承知。現在、我らの息のかかったものは、家来衆含めて200名程度になりました。豊富な資金のおかげで、身を潜めていた者たちがまとまりつつあります。今は情報のやり取りだけではありますが、白魔導士の通話網をお借りして着実に事は進んでおります」
「わかった。いずれ貴殿らは秋津へ戻ることになるだろうが、1人、ないし2人はローシェに連絡役として残していただきたいがよいだろうか?人選はお任せする」
三鷹数馬が立花と目を合わせ、うなずいた
「それでは、私がお残りいたしましょう」
「三鷹どの、よろしく頼む。だれかと交代するときは一声かけてくれ」
「はい」
「あとは……ここの生活でなにか不自由なことはないか?」
「……不自由どころか、今までと比べて極楽のような生活をさせていただいております」
「まさか、秋津飯や箸が完備とは思いませなんだ」
立花たちは、整えられた家で毎日風呂に入り、3食供される生活に人心地がついた。10年以上ぶりだろうか。女皇の言う通りここで英気を養い、この先に来るだろう戦乱の日々に備えるには最高の環境だった。
「俺たちがここに来たときはなかったからな。こちらから要求したわけではないが徐々に秋津の箸や茶碗、着物などが増えた……そうだ、この包みだが、握り飯が入っている。
差し入れだ。たまに姫が秋津から米を輸入し、忍者たちにも回してくださっている。炊いたのは俺だが握ったのはアゲハだ。夜食にでもどうぞ」
「ありがとうございます。握り飯など何年ぶりだろうか……」
立花が遠い目になる。
サカキが去ったあと、包みの中身を確認すると、全部で10個のおにぎりがあった。
「多い……いや、これは……」
竹皮の包みは2つあり、1つには6個、もうひとつは4個。
「
「……サカキ殿という方はほんとに……」
「……」
3人はしばし沈黙して、静かに泣いた。
あの2人が生きているうちに食べさせてやりたかった。
――皇宮客間:数日後――
「あのね、ケサギさん」
「なんだい?キーリカちゃん」
「私たち、まだ言ってないことあります」
「なにかな?」
キーリカとパシュテは警備の観点から、イベルド邸から移動し、皇宮の客室の一室に仮住まいしていた。今日は2人の様子を見にケサギとムクロが手作り星型クッキーのおみやげを持って訪ねていた。
少女2人はふかふかのソファーに座り、ケサギとムクロはお茶を淹れる用意をしていた。
パシュテが緊張しながら言う。
「私たちは……1人ずつでは第3階梯なんですが……」
キーリカが続けた。
「2人合わせて詠唱すると第1階梯の魔法が撃てるんです」
「「うぇえええ?!」」
2人の発言にケサギとムクロは手を止めて叫ぶ。
ムクロはティーカップを落とすところだった。
「うん、すごい爆弾発言だね、キーリカちゃん」
「やっぱりヤバいですか?」
「そうだね、すごいね!それは、アストラルの人たちは知ってるの?」
「いいえ、第1階梯になるとそれこそ扱いが厳重になって、下手をすると一生魔女宮から出られませんので秘密にしていました」
「戦争に駆り出されるのは第3階梯までなんです」
「第1と第2は皇国を守る切り札になりますので……」
「なのでここで言っていいのかどうか迷ってました。政治的なこととかよくわからないし……」
「いやあ、よく言ってくれた!えらいよ、キーリカちゃんパシュテちゃん」
「勇気出して教えてくれてありがとう!このこと、ロルド様に言ってもいいかな?絶対に悪いようにはしないよ、約束する」
少女2人はそろってコクコクとうなずいた。
ムクロが視線で窓の外の控えの忍者に合図する。忍者はロルドの元へ報告に走った。
こういう場合は白魔導士の連絡網は使えない。広範囲に知れ渡るので漏れる可能性があるからだ。
ケサギの目が細まった。
(危ないところだった。これがアラストルに漏れたら大変なことになる。下手したらまた戦争になるぞ。先に手を打てるのは幸いだった)
高位の黒魔導士の恐ろしさは外国で戦うことが多かったケサギも、ムクロもよく知っている。
ムクロの背の火傷も黒魔導士の電撃を受けたためだ。
相手は確か第3階梯。当時中忍だったとはいえムクロに魔法を当てた。忍者の動きが完全に読まれていたのだ。
さらにその上の黒魔導士となると、彼女らに近づく前に殺されている可能性がある。
その対策のためにキーリカとパシュテの存在は貴重だ。
(2人を守らねば――)
このことが漏れる前に対黒魔導士戦の訓練を開始しなければなるまい。
ケサギとムクロは、2人の黒魔導士とたわいのないおしゃべりをしながら、心の内で次にやるべきことを考えていた。
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