第73話 忍者講座後半:黒の男神イスラ
「失礼。え、ええと、では、次の質問。ペンネーム:アキ。ってアキミヤじゃないか、もっとひねりましょう。『武士と忍者の違いとは?』」
アキミヤが顔を赤くして「はい」と消え入るような声で返事をする。
「武士についての質問?それでわれらもここに呼ばれたのだろうか?」
立花が問う。
ヒムロは苦笑して、
「それだけじゃないですけどね。武士に興味のある方もおられることですし、この後で立花殿には忍者の訓練所で居合と剣術の指南を、というお話をさせていただけたら、と思っております。三鷹どのと浅野どのには助手ということで」
「それは……もちろんかまいませぬが」
「ありがたい。というわけで忍者と武士の違いですが、身分はもちろんのこと、人生観もまったく違います。忍者はしのび、あくまでも陰から仕事を成すのが目的であり、けっして目立ってはいけないものです。逆に武士は表に立って戦うのがセオリーであり、その藩の手本となるようなふるまいを要求されます…こんな感じでいいです?」
立花はうなずいた。
「その通り。武士は手本となるべく、それこそ生まれたときから武術、作法、学問、精神それぞれを叩きこまれます。忍びは裏、武士は表で活躍する、それが一番の違いだと思われます」
「僕、居合教えてほしい……」
流れをぶった切ってヒカゲがぽつりと言う。
「こら、ヒカゲ、人に教えを乞う時はちゃんと立って頭下げて――」
ヒムロが注意する。
「いえ、かまいませぬ。某でよければご指導いたそう」
立花はあまり表情は変わらないが、人に教えることは好きなようで彼を包む空気が穏やかになっているのがサカキにはわかった。
本物の武士の居合のキリリとした空気は好きなので、彼が居合の指南に赴くときは自分もぜひ見学させてもらおうと思った。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
とヒカゲが立花の横へ行き、ペコリと頭を下げた。
(昔と比べてずいぶん人間らしくなったものだ……)
サカキはしみじみと思う。
11や12歳の時は、ヒカゲは「いやだ」か「コロす」の2言葉しか知らないのではないか、というくらいしゃべらず、他人ともかかわらなかった。
だが、サカキにはなぜか懐いていて、「ヒムロに付いて後ろから彼の言葉のやりとりを聞いてみろ」と言ったところ、素直に応じた。それからは徐々に語彙を増やしていったのだった。
「さて、せっかくですからここにいるみなさんも何か質問があったら受け付けますよ。忍者以外のことでもかまいません」
ヒムロが生徒を見回しながら言うと、一番後ろの席で黒魔導士2人の点滅が早くなっているのが見えて驚いた。
「キーリカさん、パシュテさん、ものすごく動揺してらっしゃるが大丈夫ですか?」
「アー、スイマセン」
「キンチョウシチャッテ」
とたどたどしい大陸公用語で返事をする。
2人はローシェ帝国に来てから公用語を学び、聞き取りは上達したがしゃべるのはまだ不得手らしい。
キーリカが手を上げた。
「イイデスカ?スコシ、オハナシシタイ」
「どうぞどうぞ。あ、アラストル語でかまいませんよ。ベネゼルさん、同時通訳をお願いしても?」
「かしこまりました」
白ローブを着た、端正な顔をした男がうなずいた。彼はパシュテとキーリカの護衛の白魔導士であるが、副業で通訳もしている。
歳は28で髪が白く長い。眉毛もまつ毛も生まれつき白いのだった。
瞳は赤みを帯びた茶色で、まっすぐで長い髪を金の輪で後ろに止めている。
黒魔導士の少女たちはまだ顔や髪をあらわにするのは恥ずかしいようで、顔には半透明のベールを鼻から下側に掛け、髪にはスカーフを巻いている。彼女たちの瞳は、アラストル人の特徴であるアーモンド形をしており、濃いまつ毛に縁どられた、情熱的な光のある印象である。
服はローシェ風の、足首までのストンとしたワンピースに、色鮮やかな布を肩から腰に掛けて巻いてあり、アラストル風とローシェ風をうまく取り入れていた。
「ナルベク コウヨウゴ ツカイマス」
「ガンバル……」
少女たちは、足がぷるぷると震えてはいるもののやる気だった。
「エト、ワタシタチ、コノ国、スキ」
「トテモ タノシイ ダカラ……マモリタイ」
キーリカはみんなのあっけにとられた顔を見て不安そうに小首をかしげる。
「通じましたでしょうか?私たち、黒魔導士として、この国を、ローシェをお護り出来たら、と思っています」
と、アラストル語で言った。
パシュテも同じようにアラストル語で言った。
「女皇陛下は、私たちに自由に生きよ、とおっしゃいました。涙が出るほどありがたいお言葉でした。
そして、私たちは学びました。自由とは与えられるものではなく、勝ち取らねばならないものだと。自由であるためには努力が必要なことも」
「それは……とても素敵なことを学ばれましたな」
ヒムロが答え、参加者たちもおお、と声を出した。
「なので、もし黒魔法に関することで私たちにお教えできることがあったら、と今日はここに参りました」
とキーリカは照れながら言った。
ロルドが感動している。
「それは……我が国にとっても歴史的な出来事です。門外不出の黒魔法について学べるときが来るとは……」
キーリカとパシュテはお互いを見、にっこり笑うと語り始めた。
黒魔法の原動力は『血』であること。高位の黒魔導士になるためには一定量以上の血を男神イスラの像に捧げなければならないこと。
現在、アラストルには第7階梯1212人、6には503人、5と4には106人ずつ、3には50人、2には45人。最高ランクの第1階梯には5人の黒魔導士がいること。大まかな人数はローシェ情報部も把握していたが、正確な数字が開示されたのは初めてだった。
「一定以上の血?それはいったいどれだけの……」
スパンダウが問う。
「人一人分です。アラストルでは死刑囚を使います」
キーリカが答えた。
「ひぃ」
アキミヤが震えあがった。
魔法は、低位のものであれば、ある程度の魔力があればだれでも使える。
火を付けたり、木の葉を巻き上げる程度の風を吹かせたりなどは精霊魔法と称して、強力な黒魔法とは区別されていた。
魔力があると認められた者が黒魔導士になるには、キーリカが説明したように人1人分の血をイスラの像が持つ壺に捧げなければならない。
その血が像の中へと吸い込まれると契約成立となり、高位の黒魔術・炎を操ったり、雷を落としたりできるようになる。そのあとは本人の魔力の量によって階梯が決められる。
「契約したあとも血を要求されたりする?」
ケサギが問うと。
「いいえ。血の要求は一度だけです。一度契約ができると一生継続しますが、ご存じの通り、喪中の則りを破れば停止されます」
「ほほう、どれも貴重な情報です。ありがたい」
ロルドが目を潤ませて言った。感動しているらしい。
「なるほど……白魔法の原動力が流れる水に対して黒魔法は血。流れる水は命の象徴として人が崇拝するもの、血は死を象徴し人が畏れるもの。どちらも信仰の対象として古代から存在していました」
クラウスが珍しく声に出した。
「クラウスさんは以前から血、のことはご存じでは?」ヒムロが問う。
「ええ。でも黒魔導士の口からはっきり聞いたのは初めてです。たいていが戦場で会いますのでね、話を聞く機会などありませんでした」
「マリョク……スゴイ」
「スゴイ」
パシュテとキーリカがクラウスを見て驚いている。
「隠したつもりでしたがバレましたか」
クラウスが苦笑する。
「さすが高位の魔導士さんです。このことはご内密におねがいします」
と、クラウスは人差し指を唇にあててにっこり微笑んだ。
「「ワカリマシタ」」
「では、このへんでお仕舞にしましょうか。今日のことは機密事項となりますので守秘誓約書にサインしてから各自お帰り下さい。あぶり出しは禁止なので普通に書いてください」
ヒムロがしめくくり、ルゥが書類を配った。
「今日は『散開』は無しだな」とサカキ。
ロルドが「ええ、見てみたかったのになあ」
と残念がったので、サカキたち忍者は残って散開を見せることにした。
忍者は雇い主のリクエストには可能な限り応えるのだ。
――オマケ――
「散開って何人でもできるの?」
散開の前に、残ってくれた忍者たちにロルドがふと思ったことを質問した。
「あー、里で一度に何人まで可能か試したことがあったな」
サカキが答える。
「あったあった。たしか10人以上から失敗が出始めたな」
と、ヒムロ。
「限界は15人……」ぽつりとヒカゲ。
「おい、お前たち、オレらがいない間にそんな楽しそうなことやってたのかよ!」
ケサギがむっとした。
「ずるーいずるーい」
ムクロも抗議した。
「あんたたちほとんど里にいなかったからしかたないだろう。20人で試したら、けが人が出て大変だった」
「オボロに怒られたなあ」
「まあ、そのけが人はサギリだったわけだが」
「やっぱりねえ」
山吹の里の思い出を語れるようになるまで忍者たちは精神的に回復していた。
アキミヤは「そういうことができるのってうらやましいなあ」と言った。
桔梗の里は軍隊行動がメインなので、普段の生活も規律正しくあらねばならなかったからだ。
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