第70話 新型バリア実験

 ――王城内・演習場:早朝――


「ちょっと……もうこれで勘弁していただけないだろうか」

 立花春城と浅野三郎が息を切らして、腰を曲げている。三鷹数馬は負傷しているため実験台になるのは免れ、オロオロしながら2人を見守っていた。


 一行はキーアの丘から演習場へ移動し、軽く朝食をとってから立花たちは若き上級白魔導士ゾルの実験に付き合わされていた。

 朝食は白魔導士がパンと飲み物のセットを出前してくれた。

 立花たちの分もあったが、遠慮して飲み物だけもらっていた。

 徹夜明けでこれでは、彼らの歳も考えるとかなり体力的にきついだろう。


 ゾルが真剣な声で言う。

「あと1回!1回だけお願いします!」

「……わかり申した……」


 演習場へロルドとユーグ、スパンダウの上層トリオがやって来る。

「いやー、報告聞いてびっくりして階段から落ちそうになりましたよ、遅くなってごめんね、会議が長引いちゃって」

 ロルドが汗をかいている。


「賊を捕らえて、それでゾルの新型バリアの実験をやってるだって?話が早すぎてわけがわからないな、詳しく説明してくれ」

 スパンダウも困惑している。


 ユーグはおもしろそうに笑っている。

「サカキ、お前と出会った時を思い出すな」

「ああ。今の俺は逆の立場だが」

 サカキも笑っている。彼も最初は当時の王女を狙う暗殺者だったのだ。


「とりあえずお三方、これを見てください」

 ゾルが興奮した様子でバリアを張る。バリアは透明で目には見えないが、張るときにフォン!という音がする。


「これは新しく開発した『気配を消すものをはじくバリア』です」

「「おおおお」」

「今から実演しますのでご覧ください。立花さん、浅野さん、お願いします」

「「承知」」


 2人が気配を消す。


「えっ、これだいじょうぶなの?」

 ロルドが慌てる。ユーグとスパンダウも驚いている。いきなり目の前から男たちが消えたのだ。

「ええ、俺が2人の位置を察知できていますのでだいじょうぶ」

「君がそういうなら……」


 ゾルが右手を上げて合図する。

「そのままゆっくり僕の方へ歩いて来てください」


 数秒後――


 バチバチッ!!

 と電撃が走り、姿を現した立花と三郎が弾き飛ぶ。

「「くっ」」


 その2人をサカキとムクロが受け止める。

「おおおおーーーこれはすごい!」

 ユーグとロルドが声をあげる。


 スパンダウも賞賛する。

「これなら今回のような侵入にも対処できそうですな。いやはや、ゾル君の才能には驚きます」

 ゾルは照れた。

「忍者の訓練のおかげです」


 ゾルは忍者の訓練を始める時、最初に選んだのが「気配を消す」だった。

 まだ本格的にはできないが、この「気配」の概念を訓練で掴むことができ、それをバリアの魔法組成式に組み込んだのだった。


 立花と浅野は息を吐き、何度も受けとめてくれたサカキとムクロに「「かたじけない」」と礼を言った。立花は消耗が激しいようで息を切らしながらゾルに「これでよろしいか」と聞いた。

 皺が深く刻まれた額から汗がこぼれおちている。


「今の衝撃はどれくらい感じました?」

 ゾルが尋ねる。

「一瞬、気が遠くなり申した。今までで一番痛かったでござる」

「お、じゃあ成功かな。実際はこれの倍の威力になりますので、上忍の方でも一瞬で昏倒します。

 すぐに術式の組成を他の白魔導士にも伝えます。実験はこれで終わりです、ありがとう!」

 倍の威力、と聞いて立花も三郎も震えあがっている。


 ロルドがにこにこしながら

「すばらしい!許可申請は私が出すから、警護の白魔導士たちにすぐ実践練習するようクラウスから伝えてもらってください」

「はい!」

 ゾルが活き活きしている。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「こたびのわれらの罪、なんとお詫び申し上げてよいか……」

 ロルドの前で立花たち3人が改めて正座をし、頭を地面に付けた。


 ロルドは渋い顔をしながら説明する。

「本来なら速攻で処刑すべきところですがね、あなたたちは運がよい。ちょうど我が国が帝国へ格が上がったお祝いのキャンペーン中でね」

「……は?」


「女皇陛下から恩赦のリクエストがありました。今は六合会もないから即決まりです。

 ただし、条件がいろいろありますからね。あ、忘れてた、私は宰相のロルド・ヴァインツェル。粉屋のおやじではないです。こちらは副官のスパンダウ・ソルク、大きいのが大将軍ユーグ・オスローです。熊です(小声)」

「おい、どさくさに紛れてなんつった?!」

「わ、聞こえた」

 ロルドは冗談もでるほど精神的に回復しているようで、サカキはほっとした。

 もしかしたらわざと気丈なところを見せているのかもしれないが。


 立花が困惑している。

「……この国の方々のお考えがさっぱり理解できませぬ――」


(だろうな)

 サカキも心の中で肯定する。

 自分も姫の暗殺に失敗したが里人を救ってもらい、今はこうしてローシェのために働いている。

(おかしな国だ……)

 口元が自然とほころぶ。


 立花はもう一度自分と2人の紹介をし、「罪を償うために腹を斬る覚悟でございました」と謝意と心境を述べた。

「つまり、君たちは武士だよね?なぜ忍者としてこんな仕事を受けたの?」

 ロルドがストレートに聞く。


 それはサカキも同じ疑問だった。

 刃を交えてわかったが、彼らの人格は高潔で静謐。太刀筋も研鑽に研鑽を重ねた美しいものだった。

 生半可な生き方ではこうはできない。

 それほどの武士らしいものたちがなぜ汚い仕事をしているのだろう。


「われらは、秋津では謀反を起こしたもの、として追われております。

 それゆえ、身分を隠すために翁衆おきなしゅうという忍者の訓練を金で施してくれるものたちに教えを請い、そのあとは己で修行をし、主に外国で傭兵として、時には暗殺者としてお家再興のための資金を集めておりました」


 翁衆とは忍者と武士の両方を擁する集団で、訓練を施すことで報酬を得るという、秋津の中でも特異な教導集団である。全員が翁の面をかぶっているのが特徴だった。その数も素性もほとんど知られていない。


(翁衆……山吹の里にも1度だけ1人訪れていたことがあったな。まだ活動していたか)

 サカキは記憶を探る。自分が5歳くらいのときだったか。そのときはよくわかっていなかったが、翁の面を付けた男が、忍者たちに様々な武道を教えていた、というのを数年後、サカキが忍者修業を始めた時に仲間から聞いた。教練以外にもサカキの友である子供たちが何人か遊んでもらっていたそうだが、その関係者のほとんどは里襲撃で亡くなっている。


「謀反?あー、そのへんのセンシティブな話は姫が来てからにしましょうか。

 サカキ君、これなら姫をここにお呼びしてもだいじょうぶだよね?」


 サカキがうなずく。

「俺が保証します」

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