第69話 暗殺者たちの正体

 ――ベルデンハーザス大草原――


 暗殺者3人は西のローシェ国境に向かって馬を走らせていた。

「くそう、馬がもうもたない」


 彼らの後ろからはカルムイク族の馬群が奇妙な雄たけびを上げながら迫っている。

 1頭がとうとう泡を吹いて倒れる。

 他の馬もついに足を止めた。


 3人は馬から飛び降り、背を合わせて抜刀した。

 その周りを50騎が取り囲み空に向けて矢をつがえた。


 矢が放物線を描き、雨のように降り注ぐ。刀でそれをしのぐが数が多く、何本かの矢が彼らの体をかすめ、どんどん傷を増やして行く。

(ここまでか……お家の再興もかなわずに、こんな道半ばで――)


 主犯格の男が叫ぶ。

「数馬!三郎!ここは儂が食い止める、お前たちだけでも逃げろ!」

「もうし……わけ…ありません」

「立花様、数馬はもう……」


 数馬と呼ばれた男の背には数本の矢が突き刺さっていた。ゆっくりと前のめりに倒れる。

「数馬!」

 族どもの包囲網が狭まり、雨のように降り注ぐ矢を払いながら死の足音が自分にも忍び寄るのを感じた。


 そのとき――


 ズアッ!!

 と一陣の風が主犯格の男に降り注ごうとした矢の雨を空中で薙ぎ払った。


「?!」

 信じられないものを見た。

 長い黒髪をなびかせて男が右手に太刀を抜き、馬に乗ってこちらに駆けて来る。

 その後ろにはさらに2人、やはり馬に乗っている。


「サカキ……」

 紛れもない、自分が殺そうとしていた標的だ。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 サカキは男たちが生きているのを確認し、カルムイク族の男たちを見た。抜刀したまま全速で迫る。

 馬の背から高く跳躍すると、右手の太刀で空中を袈裟切りする。

 その刃から衝撃波が生まれ、部族の男たちの半数が吹っ飛ぶ。


 部族の残りの男たちに動揺が走る。

 サカキは空中で体を翻し、ふわり、と着地する。

 部族の男たちはひそひそとサカキを見ながら話をしたあと、吹き飛ばされた男たちを起こして去って行った。


「……」

 主犯格の男は無言でサカキを見る。

 サカキも無言で3人を見、1人の侵入者がうつ伏せに倒れているのを見て

「ゾル!重傷者が1人いる!」と叫んだ。


 後方からゾルが走って来る。

「了解です!」

 白いローブを着た少年が矢の付き立った男にすぐさま手を当てて生命力魔法を流し込む。


「……正気か?」

 男が呆然としながら問う。


「我らは貴殿らの主を殺そうとしたのだぞ?命を助けられたのはありがたい。だが、それと引き換えには――」

「うるさい、黙れ。白魔導士の気が散る」

「……すまぬ」


「――間に合いました。彼はもうだいじょぶです」

「よし」

「……助かるのか……?」

「この傷で――?」

 男たちは信じられない顔だ。


「死んでさえいなければなんとかなるらしい。さて、逃げるなよ?せっかく助かった命だ」

 サカキの後ろには2人の男が馬上からこちらを厳しい顔で見下ろしている。

 狼の尻尾のような髪と長い三つ編み……山吹の里の上忍の三と四だ。

 主犯格の男は首を振って両手を挙げた。


「ゾル、キーアの丘に繋いでくれ」

「はい!」


 サカキは刀を背に戻してから腰に差し替え、重傷だった男を背にかつぎ、主犯格の男に向き直った。

「じきにカルムイクのやつらが増援を率いて来る。ここに残るか、投降して俺たちと来るか、どちらかを選べ」

「選べるような内容ではないな……」

 と、男たちは苦笑してサカキに従った。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 ――キーアの丘――


「某は立花源一郎春城たちばなげんいちろうはるしろと申す。こちらは三鷹兵右衛門数馬みたかひょうえもんかずま浅野陣内三郎あさのじんないさぶろうでござる」

 どれも立派な武士の名である。

 立花と三郎は地面に正座をし、数馬は敷物の上で横になっている。


「立花……聞いたことがあるな」

 サカキが首をかしげた。


「武家の名門だよ。18年前、時の将軍一条時貞ときさだに仕えていたが、お取り潰しになった家だね?謀反を企てた、とかで」

 ムクロが記憶を辿って言った。


「あれは――謀反ではござらぬ!」

 立花が声をあげる。びりびりと空気が震えるような大声だ。

 感情をあらわにしたのを恥じたのか、顔をゆがめ、息を整えた。


「何者かに謀られたのだ。……だが、無実の証拠は挙げられず、家臣団は秋津の国中に散り散りになり、それぞれでお家再興のために動いていた」


 立花は多くは語らなかったが、おおよその事情はサカキにはわかった。

 頭巾を取った立花は、年齢は45ほどだろうか。数馬と三郎は40歳くらい……その歳であれほどの動きができたとは、よほどの訓練を積んだのだろう。

 立花の右頬には血止めの薬と布が張り付けられているが血がにじんでいて痛々しい。


 ケサギがようやく口を開いた。

「それで、いくらでこの仕事、請け負った?」

 殺気を帯びた声だ。


「……金貨1000枚」

 立花がしぶしぶ答える。


 ケサギとムクロ、サカキがお互いを見て――

「「「安い!」」」


「えっ?」

「貴様、どんだけ安い値段で受けたんだよ、おかしいだろ、うちの姫がそんなに安い値だとか」

 ケサギがわめいている。

「そうだ。姫なら1万枚でも安い!」

「いやいや、10万枚!」

 サカキとムクロも怒り心頭である。


「突っ込むところ、そこでござるか……」

 武士3人が驚いている。


 サカキが切れ長の目をひそませて言った。

「金貨1000枚なら、ローシェなら上忍の3か月分の給料だぞ」

「「「なんと――」」」

 横になっていた数馬まで驚いて起き上がる。


 サカキのような上忍は1週間に金貨100枚、中忍は50枚、下忍は25枚であった。

 給料は高いが、税金もかなり高いのでこれでも悠々自適、というわけにはいかないが。


「お前たち、仕事の請負先を間違えたな」

「まったくもってその通り……」

 サカキの言葉に立花はがっくり肩を落とした。

「それで、もうお聞きしてもよろしいか?なぜ我らの命をお助けいただいたのか――」


「ああ――」

 サカキが目を細めて笑う。不吉な笑顔だ。

「お前たちには白魔法のになってもらう」

 男たちの顔が青ざめた。

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