第71話 どんどん話を進めていく姫と自分が自分である証拠

「イリアティナ・デル・ローシェ女皇陛下ごとうちゃ……!」

 ユーグが口上を述べかけてロルドに止められる。


「ユーグ、公式じゃないんですから……」

「あ、そうか、つい」

 スパンダウは横を向いて吹いた。


「………………」

 立花と三郎、数馬はひれ伏したまま顔を上げない。

 女皇は右手に錫杖を持ち、首をかしげ、思い出した。


おもてを上げよ」

「「ははっ」」

 武士は主上が許可しない限りこちらを見ないのだった。

 忍者に関しては小さい頃から絵本やらガイドブックやらで読んで知っていたが、武士に関してはあまり知識のないイリアティナであった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 3人が顔を上げる。

 立花たちが昨夜襲撃の標的としていた美しい少女が、淡い水色のドレスを着て立っていた。

 女皇の顔は、立花たちも戴冠式の日、魔法鏡で見ている。だが、間近で見ると人とは思えないほどの輝きに満ちている。立ち姿も16歳とは思えぬほどの君主らしい堂々たる姿に思わず見とれる。


 しかし。


 侵入したときは顔をチラリとしか見なかったが、いや、あれは影武者だったはず。はずだが――

(この香り……まさか、あれは女皇本人だったのか?しかし目の前の御方は運動神経などまったくない。どういうことだ?)


 立花が混乱していると。

「立花とやら。そなた、この仕事をいくらで請け負った?」

(それを最初に聞くのか)

 立花は嫌な予感がした。


「金貨1000枚でございます」

 女皇は錫杖の先を地面に打ち付け、ザクッ、と鳴らした。

「安い!!」

(((やはりか)))


「私を狙うなら100万枚はもらえ!」

 無茶ぶりである。しかもケサギたちよりも多い。

(ローシェ国はみんなこのようなのか?)

 立花は不安になった。


「とまあ、冗談はさておき、立花、そなたのここまで至った事情を詳しく話せ」

(((冗談だったのか)))

 その場にいる全員がとても笑う気になれなかった。



 18年前一条時貞いちじょうときさだ将軍に仕えていた立花家は、現主権争いをしている紫藤家、光川家とともに御三家と呼ばれる名門だった。


 しかし、何者かの陰謀により、立花家が将軍に謀反を起こしたとされ、お家はお取り潰し、春城の父親である当主の立花貞宗は切腹、一族は河原で打ち首となるはずであったが、立花春城は父の無念を晴らすため、家来50人とともに藩を出奔、追っ手をかわすために少人数の組に分かれ、それぞれでお家再興のために力を尽くすことにした、というものであった。


「なるほど、話はわかった。その陰謀を企てた輩は、紫藤か光川のどちらかだろうな」

「某もそう思いまする。当時、三家の勢力は拮抗しておりました。そのあと、将軍も暗殺され、その時から秋津全体が戦の時代に入りました」


「ふむ……ロルド。18年前となると濡れ衣であった実証はむずかしいな?」

「ええ。私の勘だと現状から見て首謀者は紫藤氏だと思いますが。そうですね、調査のためのお時間をいただければ不可能ではないと思います」


「は……?」

 立花が口を開ける。

「よろしい。秋津の昔のことならヒムロや他の年配の忍者たちが詳しいであろう」

「はい。のちほど円卓会議に有識者も呼んで集まってもらいましょう」

 スパンダウが答えた。


 帝国となってからの政治の中心は六合会から円卓会議に移っている。

 円卓会議にはその都度の主題に対して、主要メンバー以外に関連する有識者たちが選ばれることになっていた。六合会のように、数日前から各人の予定を聞き、すり合わせ、意向を窺う必要がなくなったために今の帝国は議題の進み具合がすこぶる早い。


「あ、いや、その――」

 立花の思考が混乱している。


「立花源一郎春城、三鷹兵右衛門数馬、浅野陣内三郎。そなたたち3名を助ける条件の一つがこれだ。

 謀反が濡れ衣であったこと、真の首謀者を特定できること。これは物証がなくてもよい。証言ができる立場のものを連れてまいれ。もちろん、嘘をつく者でもかまわぬ。白魔導士が真実を暴く」


 立花の目が見開く。

「そうか……白魔導士なら、嘘の証言をしてもそれを嘘である、と――」

 白魔導士には真偽を判定する魔法がある。女皇はそれを利用せよ、と言うのだ。


「そしてもうひとつ。光川家のものが将軍に就くことを許せるか?」

「はい。光川家には我らが逃走するときに、お助けいただいたご恩がございまする。これは今までどなたにも申したことはございませぬが」

「ほほう、それはよきこと。そのふたつをクリアできるなら立花家ゆかりのものたちを集め再興せよ。資金はこちらが出す」


「「「はああああーーー?!?!」」」

 3人は武士らしからぬ声を出した。


 彼らは、姫に出会わなかったときの俺たちだ――

 とサカキは思う。一族郎党が散り、それでも里を復興しようと辛酸をなめながら何十年も生きてゆかねばならないところだった。姫もそれを思ったのだろうか。


「ただし、我が国内では一族郎党を集めることはならぬ。後々のことを考えてな。光川藩の所領内で身分を隠し、散らばった者たちを集めよ。光川殿は今は重傷を負って伏せっておられるので、回復してからのことになるがこちらから話をつけておく。それまではそなたたち3名の滞在を許す。しばしこの国で英気を養うがよい」


「それは……願ってもないことでございますが、そのような多大なご恩、我らに返せる術がありませぬ……」

「こちらにも利があってのこと。それに、資金は出すが兵は出せぬぞ。あくまでもそなたたちの力でやり遂げてみせよ」


(光が……視える)

 ずっと昏い道を歩んできたこの身に一筋の光が、立花春城の眼に確かに視えた。胸にこみあげて来る熱いものは十年以上感じたことなかったものだ。

 立花は震える声で

「御意!」

 と言った。それは主上にだけ言うことのできる言葉である。


「……18年もの間、誇り高き武士のそなたたちが市井に身を置き、清貧に耐え過酷な状況に忍んだこと、まことに大儀であった」

「「「女皇陛下……」」」

 3人の武士たちの目に涙が光る。


「謀反を企てたと知れれば紫藤氏から離れる藩主たちもいるだろう。そなたたちが家を再興し、光川方に付けば此の方にも有利になる。

 その忠誠心、我が国のために使わせてもらうぞ」

「「「ははっ!」」」

「あとのことはロルドに任せてもらおう。ユーグ、スパンダウ、それでよいな?」


「こうなるだろうな、と予想はしておりました。なにせ、前例がありますし(小声)」とユーグ。

「姫は最初に方針をズバっと決めてくださるのであとのものはやりやすくてよいですな」

 スパンダウも、もう慣れた、という顔でうなずいた。


「こういうわけだ。サカキ、ケサギ、ムクロ、頼むぞ」

「「「承知」」」

 シャラン、と錫杖の音をさせ、ドレスを花のように翻して女皇が結節点に消える。


 その結節点から、席を外していたゾルが戻って来る。

「立花さん、今日のバイト代です、お疲れさまでした」

 と金貨の入った袋を2つ立花の手に乗せる。


「……こんなに?」

 恐る恐る立花が聞く。


「お1人金貨200枚ずつです。いやー、サカキ様がなかなか受けてくれなかったので助かりました」

 立花が恨めし気な目でサカキを見る。

 目が合う前にサカキはそっぽを向いた。

 忍者は知らないふりをするタイミングも上手かった。


 ゾルが立花の頬を見た。

「その頬の傷、跡に残さずに治せますけど、どうします?」

 立花は少し考えて答える。

「いや、この傷は戒めとして残しておこうと思いまする」

「そうですか、では血だけ止めておきますね」

「感謝いたす」

 立花は深々と頭を下げた。


 サカキが立花に視線を戻した。

「立花、2人の手下の遺体、安置してあるがこの国の規則で明日には荼毘に付さねばならん。……会っておくか?」

「ぜひ。なにからなにまでお気遣い。ありがたく存ずる」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 サカキは、1人は長針で自分の喉を刺し、もう1人は顎を蹴ったときに己の毒刃で体に傷が付き、それを知った立花たちが投げた手裏剣を避けようともせずに自らの意思で受けたことがわかっていた。口封じで殺されたのではない。


 恐るべき武士の覚悟だ。それがわかったからこそ、助ける気になった。

 そして、それは上忍モード、とサカキは名付けたが、その時の姫もわかっていたのだろう。

 サカキは刃を交えたものの人となりがわかる。

 異能、というものかどうかはわからないが、サカキにできるなら姫にも可能なのだろう。

 姫とは打ち合わせはしていなかったが、通じていたようだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 安置所の2人の遺体には秋津の風習の通りの線香が供えられており、それを見た3人は涙を流して手を合わせた。刺客でありながら人として扱ってもらえたことが何よりもありがたかった。

(この御恩は、命にかけても必ず……!)

 と立花は心で誓った。


 ほどなく、剣客用コテージ3号棟に3人の武士が滞在することになる。


 ――松崎城――


「光川は命を取り留めたか」

 声は静かだが、ウツロの腹の底ではふつふつと黒い感情が沸き上がっていた。


「ローシェの白魔導士がその場で治療を施しまして」

「恐らく伊津河いづがわ城内(光川家の主城)にも結節点が作られていたと思われます」

 右近次と左近次がそれぞれ報告する。


「ローシェめ。思った以上に光川に肩入れしてきたな……」

「ですが、紫藤派に鞍替えする藩主も順調に増えて来ております」

「勢力は、我らが上回りました」

「それはいいのだが……」


 ウツロはぎりり、と唇を嚙んだ。

 己の体調が思わしくないのだ。


屍四季舞ししきまいを使いすぎたか……時折自分の意識の境界があいまいになる……)

 オボロ、ミヤビ、脇坂泰時と立て続けに体を乗り移り、記憶を継承したため、過去の経験が自分のものなのか、彼らのものなのかはっきりできないときが増えている。


 特殊な異能であるが故に前例がなく、自分の体で限界を試すことになる。

(あと1人か2人……それ以上は出来ない――)


 泰時とイリアティナには信頼関係がない。ウツロが今乗り移れるのはサカキだけ。

 しかし、あの女皇であれば、サカキの中身が変わればすぐにわかるだろう。

 それゆえに、サカキの体を奪ったあと、すぐに血を浴びせねばならない。


 そのあとの3日間は、やはり泰時の体にもどらねばならない。

 魂だけの状態で3日間過すのは、今の感じではかなり危険だと思った。

 最悪、霧散するかもしれない。


 秋津の国を紫藤氏に統一させるまでにはまだ1年以上はかかるだろう。

 自分が紫藤になればもっと早くできるが、ウツロはどうしても月牙とローシェがほしい。

 迷いが自分の中にある。ローシェが無理でも、月牙だけは。

 なぜこれほど月牙に執着しているのか自分でももうわからないほどだが、考えるだけで魂に熱が帯びる。


 それに、ローシェには自分のを潜ませている。

 ウツロを裏切っていない証拠として定期的に資金と情報を此方に渡させている。

(最悪、あやつに女皇の隠し財産の所在を調べさせる手もあるか……)


 やはり、次に狙うのはサカキ――

 ウツロの心は決まった。


「ニャーウ」

 膝の上の黒猫がウツロの指を甘噛みしている。かまってほしいのだろう。

 その感触がウツロの意識をはっきりさせた。


 この手に伝わる子猫の体温は紛れもなく自分が感じているものだ。

 その体温のおかげで自分の輪郭がはっきりしてくる。

(もっと熱がほしい)

 自分が感じられる熱こそが自分である証拠だ、とウツロは思った。

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