第66話 女皇襲撃
※異能について補足
――王城内情報部会議室:夜半――
「きな臭くなってきましたな……」
顎に手を触れながら低い声で言ったのはスパンダウ情報部長官である。
秋津の国の半分を掌握しつつあった
襲撃者は忍者の恰好をしていたが恐らく侍衆だと思われた。
慶忠は一時は命も危ぶまれたが、高位の白魔導士を1人、ローシェ国から派遣していたため一命は取り留めた。しかし、日常に復帰するまで1か月以上を要するだろう。
「カリスマ的存在であった光川慶忠が一時手を引けば、秋津の勢いは
各藩の動きも、紫藤側に寝返る者が増えています。脇坂泰時(ウツロ)は政治的にもかなりのやり手でしたね」
ロルドの眉が下がっている。
「そのようなものが、他人の体と、その記憶を奪ってますます能力を上げている……まずいな」(※ローシェ側はまだ屍四季舞の名は知らない)
スパンダウ率いる情報部も秋津の驚異的な存在は把握していた。
「ウツロの最終的な狙いはローシェで決まりでしょう。しかも、戦争をしかけるのではなく国そのものを手中に収めようとしています」
ロルドは自分の言ったことにぞっとする。ウツロは他人の体を乗っ取るという異能を持っているのだ。
もしも女皇の中身が入れ替わったとしても――成すすべがない。
偽女皇を排除するために国を二分しての反乱など、各国の情勢を見ればできるはずもない。
ウツロは帝国を利用し、女皇個人の莫大な隠し財産を秋津に流すだろうが、それで帝国の財政が揺らぐことはない。
政治的にも優れている人物であれば、できるだけ長く帝国を存続させるだろう。
そうである限りロルドは……ウツロに従わざるを得ない。
自分だけ自殺も、逃げることもできない。
ローシェ帝国民216万人を人質にとられるようなことになってしまう。
スパンダウの目も険しい。
「いっそ正面から戦争を仕掛けてくるような相手なら負けはしないのだが、ウツロはあくまでも搦め手から来る。やっかいな……」
「そこなんですよねえ……、それで、光川殿襲撃の情報はサカキには?」
ロルドが問うと。
「アキミヤ(※多重スパイ・アサギリの部下)から伝わっております」
「わかりました。最近は王城内にもよくないものが入り込んでいるようで、今のところ排除できていますが、しばらくこのまま第1級警戒態勢を敷きましょう。ただ、侵入者が上忍クラスだった場合は対応できないところがなんとも――」
「狙いは姫か、サカキ君か。
それにもう一つ。イベルド家も警備を増強しておきましょう。アラストル国外にいる黒魔導士2人は他国にとっても喉から手が出るほどほしいはず。もしくは――」
スパンダウは片目をひそめた。
ロルドが後を続けた。
「消される対象になる可能性もあります。うーん。申し訳ないがキーリカさんとパシュテさんはしばらく王城内に移動してもらいましょうか。
忍軍に任せた方がいいでしょう。なるべく不安にさせたくはないのですが……」
――女皇寝室:同時刻――
「姫――」
サカキのその一言で女皇イリアティナの目の色が変わった。
サカキは寝台の上で横になろうとしているイリアティナの背に手を添えているときだった。
いつもの寝かしつけの役目である。
寝室の外の護衛の白魔導士や騎士たち、忍者たちの気配が消えたのをサカキは察知した。
サカキは剣客服の上着を脱いでから女皇の隣に横たわり、そのままブランケットを二人の頭の上からかける。
その瞬間――
ドスドスドスッ
ブランケットの上から長針が次々と二人分の膨らみに刺さり、それはピクリともしない。
「……」
侵入者たちは無言で寝台の周りを囲んだ。
5人いる。
黒い忍者服を着た1人がゆっくりとブランケットを上げる。
頭巾の中の目が大きく見開かれる。
「身代わりの術!?」
寝台には2人の代わりに枕と丸めたブランケットがあるだけ。
侵入者たちがあわててあたりを見回すが――
ヒュッ
風を切る音。
その音と同時に裸足の華奢で美しい女の脚が回転し、侵入者の1人を蹴る。
侵入者は吹っ飛び、壁に叩きつけられ、のけぞって床に倒れた。
「「!!!」」
侵入者4人に動揺が走る。
目にもとまらぬ速さの回し蹴りは、ターゲットの女皇からのものだった。
「
サカキの低い声。その右手には鞘に入ったままの大太刀が握られていた。月牙が主の声に応え、その手に瞬間移動してきたのだ。
ザザッ
薄暗闇から手裏剣がサカキに向かう。それらをすべて大太刀ではじき返す。
侵入者が一人、苦無を持ち女皇に飛び掛かる。その速度は上忍並み。
しかし、女皇の右手の榊印入りの苦無が侵入者の苦無を受け止めていた。
侵入者の目が見開かれる。女皇の瞳は無機質な光を帯び、なんの感情も見受けられない、まるで人ではない別の何かに見えた。
女皇にこんな動きができるはずがない
「……影武者か――」
主犯格と思われる侵入者がつぶやく。
華奢な少女の右手が、男の全力で斬りかかる苦無を微動だにせず受け止めている。
次の瞬間、細くて美しい左手の指二本が、侵入者の目を狙う。
「くっ」
その速度に、侵入者は恐怖に見舞われながらもギリギリで躱した……はずだったが、指が頬をかすめ頭巾がずれる。
女王の指先が血に染まった。
サカキはその顔を横目で見た。一度見たことのある顔だった。
だが、考える時間はない。
サカキには3人の侵入者が同時に迫る。
至近距離から全員が忍者刀2本を抜き、前から、左右から襲い掛かる。その速度はほぼ上忍に近く、後ろに逃げ道はない。
カンカン!
と忍術の音が鳴る。
「「!!」」
3人が驚いて一瞬、手が止まる。
その隙をサカキは逃さない。
右から来る刀を月牙の鞘で弾き、左からの刀は床に転がって躱し、前から来る侵入者の顎に、足蹴りを低い位置からくらわせる。
「ぐっ」
顎に強烈な一撃をくらって倒れ掛かる侵入者の後ろに飛び、サカキは背後から首を絞めあげ、侵入者の体を盾にする。
しかし、侵入者2人はなんのためらいもなく手裏剣を仲間の体に投げた。
盾にされた体が痙攣し、力が抜けた。
忍術の音は空撃ちだった。女皇が侵入者たちの気を引くために印を途中まで結び、霧散させていた。もし発動させていれば全員が業火に飲まれ、肺の中まで火傷を負って死んでいただろう。
残った侵入者3人は、3対2では勝てないと判断し、目で合図をしたあと窓から跳躍し、闇に消えた。
壁に激突して気絶していた侵入者の喉には長針が刺さり、すでに絶命していた。
バタバタと大勢の足音が聞こえてくる。
「手練れだ。追うな、部屋にも入るな」
やっと駆け付けて来た忍者と騎士たちにそう言うと、サカキは襦袢を整えて帯を結びなおした。
今まで半裸で戦っていたのだった。
女皇はカーテンの陰で目を右手で抑えてうなっていた。
「うう、お目目が痛いよぅーー」
彼女は薄い絹の寝巻姿で、サカキは慌ててガウンをかけてやった。
女皇の左手の指が赤く染まっていたので、布で拭いてやる。
「姫、お怪我は?」
「ないよ、だいじょうぶ。あーびっくりしたあ、貴方は?!」
「無事です」
「よ゛か゛っ゛た゛ああん!」
サカキはいつもの調子にもどった女皇にほっとして抱き上げ、足元に注意しながらドアへ向かう。
アカネも駆けつけてきて、部屋を見て悲鳴を上げる。
「キャー!大惨事!!」
「アカネ、部屋に入るな、中の手裏剣や長針は全部毒が塗ってある」
「ひ、ひえええ」
そのあとからスパンダウとロルドもやってきた。
ロルドは部屋を見て両手で頬を覆って
「キャアアアアア」
とアカネより高い悲鳴を上げた。
「2人とも、無事か?ケガは?」
スパンダウが叫ぶ。
「姫も俺も無傷です。襲撃者は5人。うち2名死亡、とどめを刺したのは奴らですが。
3名は逃しました。いずれも手練れで、主犯格は上忍クラス、他の4人も上忍に近い強さでした」
サカキの顔が真っ青で額に汗も浮かんでいる。
スパンダウは驚いた。
「君のそんな顔、初めて見たな」
言われてサカキは苦笑する。
(姫の忍術の
俺は姫に教えたことも見せたこともない。ケサギもムクロもだ。つまり自分でとっさに考えた……。
なぜ実戦経験のない姫が上忍並みに動けるのか)
サカキの背に冷たいものが走った。
(いったい貴女は何者なんだ――)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます