第67話 暗殺者を空から追う

 ロルドの顔は真っ青で今にも倒れそうだった。目に涙も浮かべている。

「よくそれで無事で……」

「姫の強さが上忍に達していたおかげだ。俺1人では姫を守り切れなかった可能性が高い……」

 サカキは腕の中に女皇を抱きしめながら目をきつく閉じた。

(たとえ何者であろうと、彼女が無事でよかった。本当に――)


 ロルドはとうとうへたりこんだ。手で口を押えている。

 スパンダウが片膝をつき、ロルドの肩に手を回した。


「アカネ、姫を別の寝所へ――」

「やだー、今夜はいっしょにいたい」

 サカキの背に回している華奢な指先に力がこもる。姫も怖かっただろう。


「……わかりました、別の寝所へは俺もいっしょに行きます」

「はい、じゃあ代わりの部屋と寝夜着をご用意しますね、サカキ様の分も」

「頼む」


 サカキは忍者たちにも指示を出す。

「部屋の手裏剣と長針は全部毒が塗ってある、注意して回収してくれ。騎士たちには触らせるな」

「「はっ」」


「俺は死体2人の顔を検分する。姫、いったん離れてください」

「わかったー」

「白魔導士殿、姫の目に回復魔法をお願いします」

「承知いたしました」


 女皇はサカキから降りるとロルドの横へ行き、腰をかがめて「だいじょうぶ、よしよし」とロルドの頭を撫でた。

「うわーーーん」

 とロルドは泣きながら姫を抱きしめた。娘も同然の姫の危機に、なりふり構わず感情を出すロルドの姿に胸が熱くなったが、姫の方は意外としっかり気を保っているようでサカキはほっとする。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


「とうとう、こんな最奥の、もっとも厳重な場所まで侵入を許したか。我らも進歩はしているが敵側も同じく、か」

 スパンダウは立ち上がり、胸の前で両腕を組んで考え込んだ。


 サカキと姫の様子を見ると、これから寝る、という無防備なところを狙われたのだろう。

 5人の手練れを相手によくぞ生きていてくれたものだ。

 ほっとすると同時に怒りも沸いて来る。

 よくも我らの姫に――


 スパンダウの左目が怒りで熱くなる。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


「ユーグ殿には連絡は?」

 サカキが後ろに控えていた騎士に聞くと。

「国境付近を警備中でしたので、今こちらへ向かっています」とのことだった。

 寝所の周りにいた繋の忍者3人、屈強な近衛騎士5人、障壁を張っていた白魔導士3人全員が、昏倒させられていた。


 これを一瞬でやってのけるとは……

 サカキが震撼する。

 侵入者の5人のうち、3人は商業区でアゲハとアカネにからんでいた男たちの群れを外から眺めていた年配の者たちだった。あの時からずっと街中に身をひそめ、情報を集め、機会をうかがっていたのだろう。


 あのときは普通の男たちに見えた。そう思わされていた、ということか。

 彼らは白露忍軍ではなかった。今まで戦場で会ったこともない。

 サカキと姫の命を狙ったので恐らく、ウツロの手のものでもないと思うが、今までの計画の路線を変えた、と言えないこともない。

 あとでロルドが落ち着いたら話し合わねばならない、とサカキは深くて長いため息をついた。


 ――ベルデンハーザス大草原の一角――


 3人の忍者服の男たちは闇の中でひと休止するために立ち止まった。

 ローシェ王国から1時間以上走り続けていたのだ。


「あなた様が手傷を負うとは……」

「油断した――まさか上忍の影武者だったとは」

 主犯格の男の右頬は深くえぐれていた。


 男の1人が手当てをしながら言う。

「山吹の里にはくノ一の上忍がおりました。たしか上の弐:ミヤビ」

「ですが、ミヤビは里襲撃で死んだ、と報告されていますが?」

「……ふ、忍者の死亡報告ほどあてにならないものはない。おそらく生きていることを隠し、女皇の影武者をやっていたのだろう。女皇には数人の影武者がいる、と以前から言われていたとおりだな」


「……あのような美しい女が何人もいるものでしょうか」

「ローシェは白魔法の国だ。そういう見せかけの魔法があってもおかしくない」

「なるほど」


「あの女の香、薔薇……か。まるで耶摩やまのように思えたな」

 主犯格の男がふとつぶやいた。


耶摩やま……秋津伝承の妖怪でしたか、『夜に花の香りがしたときは外に出てはならない。出れば耶摩に取って喰われる』と」

「そうだ。耶摩の姿は小さな子供、とも美しい女、とも言われている。はっきりしないのは、姿を見たものはみな喰われたかららしい」

「そういえば山吹の里の山吹は、元は『耶摩伏やまぶし』、耶摩が伏しているという意味の隠語でしたな」


 山吹の里の上忍の強さは、時折妖怪に例えられるほど他国の忍軍にも恐れられていた。

 上の五のサカキでさえ、あの至近距離から3人がかりでも倒せなかった。

 上の弐までが相手となれば、あのままでは3人とも命がなかっただろう。


「報酬に見合わない仕事だ」

 2人手下を亡くした上に失敗である。気が重いが雇い主に報告せねばならない。

 手下の男が血止めの薬を塗り、清潔な布で押さえつけた。

「その傷……残りますな」

「ああ」

(この傷を見るたびにあの恐ろしく美しい顔を思い出すのは――悪くない)

 男の口元がわずかにほころぶ。


「行くぞ」

 3人は立ち上がり、夜の闇の中、あらかじめ待たせていた馬に乗り東へ向かって走り出した。

 そのはるか上空を1羽の鷹が音もなく追跡していた。

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