第65話 亡命黒魔導士たちとヴァレリー公爵の本心
※登場人物補足
〇モールタス・イベルド:サカキとイリアティナのアラストル帝国潜入作戦で手引きをした元アラストル商人で貴族、正体はロルドの親友にして16年前からアラストルに潜入していた間諜。ローシェ国の侯爵で妻と娘とともに自分の領地に戻って来た。山岳民族の血を引いている。
――イベルド邸――
アラストルでは、『ローシェでは女性は男性の奴隷として働かされロクに食べ物も与えられていない。もしも黒魔導士がローシェに捕まったら恐ろしい拷問をされるので自害するように』と申し渡されていた。
「全部真っ赤な嘘だったのね……」
モールタスの好意により、イベルド家の大邸宅に身を寄せることになったキーリカとパシュテは、その豪華絢爛さに目を丸くし、扱いの丁重さに驚き、女性が男性とともに食事をし、顔も髪も服装も露わにして外を歩くことに目が丸くなりっぱなしだった。
なにもかもが自分の国とは違うその様子は、14歳の2人にはあまりにも輝かしく見えた。
「ねえ、パシュテ。私たち、勇気を出して亡命してよかったよね?」
ふかふかのソファに座りながらキーリカはしみじみと言う。
アラストルでは女は人前で椅子に座ることも禁止で、床にクッション一つで横座りすることしか許されていないのだ。
2人はまだ小さいときに7階級あるうちの上から3番目、第3階梯の魔力を持っていることが判明し、親と引き離され、一生を魔女宮ですごさねばならなくなった。そこで姉妹のように仲良くしていたが実際は血のつながりはない。
「うん。ローシェの城内を見た時に、びっくりしたものね。国で聞いてた話と全然違うの……」
キーリカのはきはきとしたしゃべり方と違って、パシュテはのんびりした口調である。
戴冠式当日のローシェ城内では大勢の国民が女王誕生の喜びにあふれ、キーリカたちと同じくらいの少女たちは着飾り、屋台の見世物やお菓子を食べ歩きして楽しんでいた。その姿はかなりの衝撃だった。
なにより――
「「ロングコートのお兄さんが超カッコイイ!」」
2人の好みは完全に一致していた。
アラストルでは男はみなヒゲを生やしているが、ローシェ国の若い男はつるつるなところが2人は気に入っていた。
ケサギもムクロも肌が綺麗で、まつ毛が長くて、細身で身長が高くて、たまにコートの裾が翻ってちらりと見える引き締まったお尻がたまらなくセクシーで。
というような話をして夜を明かすくらい夢中になっていたのだった。
”カッコイイ男性たちとお近づきになりたい。”
それが2人の亡命の目的であった。彼女たちはまだ14歳。しかも小さい時から魔女の宮殿へ連れてこられたために世間というものをよく知らない。だから、自分たちの亡命が政治的な問題になることもよくわかっていなかった。その事実は、ローシェ帝国にとって大変な僥倖であった。
「護衛の人たちもイケメン揃いよね!」
「そうそう、騎士の方2名は渋いおじさまだし、白魔導士の人たちもイケメン紳士だし。髪も眉毛も真っ白で目が赤い人いたわよね、すごく綺麗な顔立ちだった……」
「うん、すごく神秘的だったよね……それに忍者が3人とも若い美形なの!ここは天国なの?って思っちゃいました……」
今日は奥方とミンメルがいっしょにキーリカとパシュテの服や化粧品を買いに街まで連れて行ってくれるという。
それがこの国の女性の普通なのだと、女皇も言っていた。
これからは自分の生き方は自分で決めていいのだと。
そのためには責任も発生するけどね、と。
アラストルでは女性は普段からベールで全身を覆い隠し、男の連れがない限り外にも出られない。
教育も中学校程度まで。アラストル語以外は習得してはいけない。
男の家族の言うこと、命ずることに反すればむち打ちの刑。
結婚も親が決めるので恋愛は絶対に認められない。
「私たち、って今まで不幸だったのね……」
「そうね、それが不幸だって知らなかったのが一番の不幸よね」
キーリカとパシュテの感想は、奇しくもルミルと一致していた。
ルミルも笑い合って食事をとる大人たちを見ながら、今までの自分がどんなに不幸だったのか。
それを不幸だと感じなかったことが不幸せな事だったなあ、と思っていたのである。
――ヴァレリー公爵邸:サロンルーム――
王城内にあるヴァレリー公爵邸宅では月に一度、サロンが開かれる。
サロンルームは広大な庭の一角にあり、優雅な六角形の形をしている独立した部屋で、壁のほとんどがガラス板でできていて庭の美しい木々を室内から楽しむことができる。
招待客は公爵の親戚筋の貴族たち、ヴァレリー派に属する貴族や軍人、高名な芸術家、研究家など20人程度。その他におかかえの音楽団がいて、竪琴や笛などで優雅な曲を生演奏で客をもてなす。
本日の演奏は、夜香忍軍くノ一・モモカの三味線とサカキの篠笛であった。
チン、トン、シャン
と、静かでどこかなまめかしい三味線の音にサカキのやわらかで温かみのある笛の音がゆったりとからむ。秋津風着物姿の美男美女の演奏に20人の客たちはうっとりと曲と演奏者に惹きつけられていた。
ときどき、カポーンという侘びの効いた音がする。
山吹の里の生き残りの大工、ゲンさん(35歳)が池に設置した
ヴァレリー公爵は秋津の文化にすっかりハマっていたのだった。
「さて、みなさま、今日は特別ゲストをお招きいたしましたのでご紹介いたします」
ヴァレリー公爵が金糸銀糸をあしらった豪華な衣装をまとい、高らかに宣言した。
サロンルームの入り口から現れたのは――
「じょ、女皇陛下!」
「なんと!!」
招待客たちがいっせいに立ち上がり頭を下げる。
淡い桃色の、後ろ側に裾が大きく広がるバッスルスタイルのドレスにはところどころに縫い込まれた濃い桃色のリボンがアクセントとなっており、肩にはオーガンジーの白いショールをかけ、高く結い上げられた髪には真珠をバラの形に誂えた髪飾りが午後の日差しを受けて光っている。
ヴァレリー公爵は恭しく女皇の前に膝をつき、女皇の差し出した右手を取り甲に口づけをする。
イリアティナ女皇は、今までまったく行うことのできなかった家臣のサロンへの参加を新年から開始し、その第1回にヴァレリー公爵を選んだ。これは臣下の貴族にとっては最高の栄誉である。
ヴァレリー公爵は満面の笑みで親戚たち――貴族として最大のライバルたちを見た。
彼らの、口を開け目を剥いた顔を見て満足する。
王弟ワイス・デム・ローシェが体調を崩したという上辺の理由で事実上の失脚となり、王弟を推していた、と思われていたヴァレリー公爵の哀れな姿を見物に来た貴族たちは思ってもみない反撃をくらった。
「ヴァレリー公爵、本日はお招きいただき、大変ありがたく思います。
みなさま、どうぞお楽になさってください」
にっこり微笑む美貌の女皇に、男女問わず招待客からため息がもれる。
魔法鏡で見るのとは違い、間近で見ると美貌の破壊力がさらに増していた。
「今日はわたくしのお友達もいっしょですの。ご紹介いたします、ヴァネッサ嬢、どうぞ前へ」
女皇のドレスの後ろから、女皇と色違いでお揃いのドレスを来た少女がしずしずと前に歩み出てきれいなお辞儀をした。
「ヴァネッサ・ヴァレリーです、みなさまどうぞよろしくおねがいいたします」
挨拶も完璧である。
おおお、と歓声が上がる。
ひと月ほど前に少女騎士として好き放題していた暴れん坊姫は、小さな淑女として振舞っていた。
ヴァレリー公爵は涙を流さんばかりに感動している。
そのあともヴァネッサは立派な淑女ぶりを見せつけ、女皇とまるで姉妹のように話をし、楚々とした仕草も最後まで保っていた。
ヴァネッサの社交界デビュー前のちょっとしたお披露目は大成功だった。
実はヴァネッサは急に性格が変わったわけではなく、『くノ一ごっこ』をしていたのである。
騎士と忍者の初の合同訓練と見せかけたくノ一ショーのあと、ヴァレリー公爵はモモカ姐さんの三味線をことのほか気に入り、ヒムロを通して彼のサロンに招いたりしていた。
モモカの付き添いで来たツララは、ヴァネッサが忍者に興味津々なことを利用してくノ一になってみますか?と誘い、ヴァレリー公爵には『きっとお嬢様は完璧なレディーになられますよ』と約束し、『くノ一は様々な変身をしなくてはなりません。まずは淑女に変身して、敵の目を欺いてみましょう』と誘い掛け、ヴァネッサは目を輝かせて『しゅくじょにへんしーん!』となったのであった。
今までどんなに言い聞かせてもおしとやかなふるまいはせず、騎士になるのー!と言って聞かなかった娘が今はドレスを着こなし、大貴族にふさわしい作法を守っている。シルバス・ヴァレリー公爵はまるで夢のようだと思った。
そしてこの、女皇がサロンに来た、という事実は公爵の地位の安定が確立された、という結果を目に見えやすい形にした。
もともとヴァレリー公爵は女皇の敵でもなんでもなく、本人が言った通り「国にとってよい、と思うほうに賛成票を投じていた」だけであり、王弟ワイスが勝手に勘違いしていただけであった。
戴冠式のあと公爵は正直に
「男嫌いで、御手に触れることもできない王女に、国を任せることはできないと思っておりました。
しかし、女皇陛下は見事に克服なされました。私も見解を改めることにします。戴冠式での、貴女様のふるまいは誠に立派でございました」
と、深々と頭を下げた。
女皇は、
「ありがとう、ヴァレリー公爵、貴方の気持ちはずっと前から存じておりましたよ……この先、貴方の力が必要になります。どうか、これからも国の味方であってください」
と返答した。
その言葉は公爵の胸に響いた。
この女皇なら、国民を路頭に迷わせるようなことはないだろう、と。
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