第60話 王弟の笑顔

 ――王城内円卓会議室――

 戴冠式当日夕刻。


 イリアティナ新女皇とその忠臣たちは事後報告のために円卓会議室に集まっていた。

 その名の通り部屋の真ん中に大きな円卓があり、椅子は全部で12。


 女皇は椅子に座り、全員が揃うのを待っていた。

 第一級礼装から、普段の執務用の飾りのない青いドレスに着替えている。


 やがてユーグ、サカキ、スパンダウ、シルバス・ヴァレリー終生公爵、ボルス・コンラード終生公爵が到着し、最後に王弟ワイス・デム・ローシェも到着した。


 コンラード公爵は老齢で白髪に白い口ひげを伸ばし、杖をついて腰も曲がり気味である。あと数日で彼の息子に代替わりする予定であある。

 サカキとスパンダウは椅子に座らずに女皇の後ろに立った。


「なぜ我らにはまったく知らされていなかったのか!?」

 部屋に入って来るなり、王弟ワイスは顔を真っ赤にして挨拶もなく、椅子に座ることもなく女皇の真正面から質問をきつく投げかけた。


 ロルドが苦笑を浮かべながら

「まあ、ワイス殿下、まずは落ち着いてお席にお付きください」

 と促した。

 ワイスはまだ口を開きかけたが、ヴァレリー公爵とコンラード公爵に目線で促され、赤い顔のまま着席した。


「本日の喪明けと戴冠式に、みなそれぞれ役目を果たしてくださりご苦労様でした。

 おかげでわたくしは無事に王位に、そして皇位に就くことができました」

 玉座に座った新女皇がねぎらいの言葉をかける。


 一人称が”わたくし”になるのはお姫様モードである。 

サカキは、イリアティナ女皇がお姫様モードで事態に対処するのを不思議に思った。

(女王モードではないのか。だいじょうぶか?)

 お姫様モードは少女らしい可憐さはあるが、恥ずかしがりやでとても剣呑な交渉術に向いているとは思えない。


「女王……いや女皇陛下、預言のこと、国民に秘するのはともかく、六合会りくごうかいのメンバーである我々にも秘密にしていたとは納得が行きません。

 正当な理由をお答えいただけますかな?」

 ワイスはまたしても発言が許される前にくってかかる。完全に女皇を舐めていた。


 女皇は、ほほ、と手を口元にあてて笑った。

「今日の良き日にワイス様はお怒りなのですか?この国が王国から帝国へと格を上げたのをお祝いいただけないのでしょうか?

 わたくしになにかあれば、第一王位継承者……失礼、第一継承者のあなたが継ぐかもしれないこの国の発展を供にお喜びいただけませんこと?」

 女皇はとぼけたことを言う。彼女も彼女でワイスを完全に舐めている。


(意外とお姫様モードは辛辣だな……)

 サカキはちょっと笑ってしまった。


「む、いや、それはそれとして。なぜそのことをお教えいただけなかったのか、私は知りたいのです」

 女皇のいつもとは違う雰囲気にワイスはやや勢いを削がれた。


 とたんに女皇が悲し気な顔になる。男であればだれもが手を差し伸べたくなるような表情だった。


「16年もの間……ユーグ大将軍やロルド宰相には精神的負担や、実務的にも苦労をかけました。それは並々ならぬものだったはずです。

 ロルド宰相はその苦労を王弟陛下におかけしたくなかった。わたくしも気持ちは同じです。ただでさえ、日頃から力を尽くして国を支えてくださる『伯父様』に苦労をおかけしたくなかった…家族同然のシルバス様にも、ボルス様にも――」


 詭弁である。女皇はわざと3人を身内のように親し気に呼んだ。

 実際、ヴァレリー公爵家もコンラード公爵家もローシェ王家と関わりが深く、親戚も同然の一族である。


「……」

 ワイスはしばらく言葉を失っていた。

 怒りはまだ続いていたが、こんな風に言われてはどう言い返せばよいかわからなかった。


「それに――」

 女皇は再び口元に笑みを浮かべた。目は笑っていなかった。


「秘密にしていたことは確かに王弟殿下にはご不快であったことと存じます。この度のご無礼のお詫び、といってはなんですが、次の六合会から王弟殿下には2票を差し上げたく存じます。いかがでしょうか、皆さま?」


「えっ、それは、本当に?」

 ワイスが疑わしい表情で問う。


「もちろん。わたくしは皇位についたことで2票になりました。この国は帝国になり一つ格が上がったのです。第一皇位継承者である王弟殿下も格が上がられて2票というのは自然なことではありませんか?」

「たしかに……」


 ワイスの頬が紅潮する。完全に女皇に乗せられていた。


「女皇陛下のお考えに賛同いたします」

 右手を上げて宣言したのはヴァレリー公爵だった。続いてコンラード公爵も右手を上げる。


 ワイスはロルドとユーグを見てニヤリと笑った。すっかり機嫌が治っている。

 ロルドとユーグは顔を見合わせわざとらしくため息をついてから、思いっきり不本意そうな顔で右手を上げた。

「「女皇陛下のご意思に従います」」


 ワイスの顔が今まで見たことないくらいの全開の笑顔になる。

(しょせんは小娘。政治のことなど何も知らぬ。ただ周りにいるやつらが小賢しいだけだ……)

 自分にそう言い聞かせてワイスはウキウキと足取りも軽く部屋から退出していった。

 そのあとをヴァレリー公爵とコンラード公爵が続く。ヴァレリー公爵は女皇をチラリと見てから軽く会釈してから出て行った。


(哀れな……)

 恐らく、ワイスのあの笑顔はもう二度と見られないだろう。

 サカキは政治的な敗者の行く末を思った。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


「ふーー」

 と、腰のミニ錫杖を外し、後ろにいた侍女に渡すと女皇は両手を上に向けて伸びをした。

「今日やるべきことはこれで終わりよね?ね?」


「はい、早朝からずっと女王か姫君モードでしたからね、お疲れ様でした」

 ロルドがねぎらう。

 どうやら素のモード以外は疲れるらしい。


 ユーグも表情を和らげ

「無事に我が国最大の危機を乗り越えられましたな、いや、おめでとうございます」

 と祝いを述べた。


「ユーグもありがとねー!」

 と女皇が勢いよくユーグに飛びつき、ユーグはまた気絶しそうになった。

 スパンダウとサカキが笑いながら後ろを支えてやった。

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