第61話 ヒムロの焼き鳥
「皆さん、お疲れ様でした。屋台で焼き鳥を皆さんの分も焼いて来ましたよ。
おにぎりもあります。宴の準備まではまだかなりの時間がありますのでどうぞ、今のうちに召しあがってください」
と、両手に香ばしい匂いのする包みがたくさん入った袋を両手に下げてヒムロがやって来た。
その後ろにはアカネとアゲハも同じように包みを持っていた。
「わあああああ、ヒムロさん、大好き!!もうお腹ぺっこぺこなの!」
女皇はぴょんぴょんはねて喜んでいる。
ロルドも絶賛した。
「すばらしいタイミングですな、いやあ、言われてみれば朝から何も食べてませんでした、ありがたくいただきます」
ユーグもスパンダウも歓声を上げる。
「秋津風の味付けですか、これはうまそうだ」
「食欲をそそる匂いですな」
ヒムロ製のタレは秋津産のみりんと醤油を同量、砂糖を半量混ぜて煮立たせたもので、後にローシェで流行した。
サカキも、焼き鳥の匂いで空腹を思い出した。
「ありがたい。ようやくひと心地つけそうだ」
ヒムロが皆に包みを配りながらロルドとサカキに報告した。
「捕らえた白露の里の下忍たちは武器を没収してから城外への放逐が完了しております。中忍一人を尋問のため拘束していましたが上の壱・サヤが襲来しましたので、打ち合わせ通りこちらは抵抗せずに渡しました。ただ――」
「ただ?」
「運悪くサギリがサヤに出くわしまして」
「またか。あいつ本当に運が悪いな……」
「まあ、今回はケガはしてませんが、サヤに名を聞かれて正直に答えてしまったそうです」
「ケガより悪い、サヤに目を付けられたな……」
白露忍軍上の壱サヤはくノ一である。
気に入った男を切り刻むのが趣味、という噂がある恐ろしい上忍だった。
サギリは秋津の生まれにしては色素が薄く、金色に近い茶色の髪に薄茶の瞳で目立つ容姿をしていた。
彼を見た大抵の人が「幸薄そうな顔」と言うほど眉が下がり、悲しそうな表情が標準の中忍である。
「当分1人で行動しないよう俺から言っておく」
サギリはサカキの幼馴染で、忍者としての付き合いも長い。
彼自身の戦闘能力は申し分ないのだが、不運に見舞われることが多く中忍としても下の方の扱いになっている。
「白露には上忍がいるんですね」
ロルドは口をもぐもぐさせてごくり、と飲み込んでから言った。雑談タイムである。
「ええ。3人いて、壱がサヤ、弐がタキ、三がカイと言います。サヤはくノ一です」
サカキが答える。
「女性が壱ってすごいね!それにちょっと気になったけど、白露の名前って2文字が多いの?山吹は3文字、桔梗は4文字だったね」
「はい。別にそういう決まりはないのですが、なぜか忍者はみな新しく名前を付けるときにそういう法則に従ってますね。
白露は200人の大所帯で、2文字だと同名が多くなってしまうので、名前の前に山瀬のカイ、とか青庵のタキ、など住んでる場所や顔の特徴などを付け加えて区別しています」
「へえー、おもしろい文化ですね!」
「白露忍軍は、今紫藤氏に与する
ヒムロも話し出す。
「この先もまた関係が変わることもありますので、忍軍同士はよほどのことがない限り殺し合いはしません。せいぜい戦闘不能にする程度、という少々複雑な関係にあります。ああ、戦で相対したときと相手の出自が不明な時は別ですけどね」
スパンダウは豪快に焼き鳥を咥え、よく噛んで飲み込んでから話す。
「なるほど所属する藩の意向が変われば敵対関係から味方になる可能性もあると。いやー興味深い。
我ら騎士団とは全く違う論理で戦っているのですな」
サカキがうなずく。
「そうですね、忍軍は藩主にお仕えはしておりますが、あくまでも雇い主と雇われるもの、というドライな関係です。藩主の陣営が変わったり、雇い主が変われば敵味方の関係もガラリと変わります。忠誠は上忍の壱や、弐に誓っていることが多い。
もちろん、例外もあります。藩主が偉大なお方である場合は藩主に個々で忠誠を誓う者もおります」
それは自分のことであった。
サカキは心の中で脇坂
「ふー落ち着いた!アカネちゃん、飲み物がほしいです!」
「はいはい、少々お待ちを!ぶどうのジュースどうぞ!」
女皇となっても寸分も変わらない元気のよい声に、サカキは闇から引き戻され、ほっとする。
イリアティナはおもむろに立ち上がり、片手を腰にあて、もう片方の手でぶどうのジュースをごっきゅごっきゅと音を立てながら豪快に飲んでいるのを見て、サカキは呆気にとられ、すぐに破顔した。ローシェに来てから、サカキの表情筋はかなり動くようになってしまっている。
「プハー!仕事の後の一杯、最高!」
「んもー、姫ったら、湯上りのオッサンみたいですよ!」
「えっ?そう?やだあ、恥ずーい!」
イリアティナとアカネはいつものようにじゃれあっている。周囲から笑い声が上がる。
(ローシェなら大丈夫だ……きっと――)
里を失い、昏い闇に沈みがちなサカキの心を、太陽のような光を放つ姫君の笑顔が救ってくれているのかもしれない、とサカキは思い始めていた。
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