第59話 サカキを狙う理由

 ※これまでのあらすじ

 ローシェ王国は預言の魔女の『イリアティナ女王の治世に終焉を迎える』との預言に抗うために様々な秘密計画を完遂し、ローシェ帝国となって終焉を退けることに成功する。

 一方、秋津国では他人の体を次々と奪い取り、今は脇坂泰時となった謎の男・ウツロが松崎城で秋津統一のための勢力を増やしていた。


 ※松崎城…サカキが所属していた山吹忍軍を擁していた龍田藩の城 位置的にローシェ帝国フランツ領とはユークレイル河を挟むだけで非常に近い。代々脇坂家が城主を務めている。現在秋津国を二分する派閥のうち紫藤派に属する。ローシェは光川派擁護である。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 ――松崎藩本丸御殿主室――


「そういう預言があったとはな。よくも見事に隠しおおせたものだ」

 脇坂泰時の姿のウツロは膝に黒い子猫を乗せ頭を撫でながら言った。


「王弟ワイスも知らなかったようです。後々揉めることでしょう」

 報告するのは左近次である。

「まあ、その程度のことで滅びるような国ならいらぬ。しぶとく生き残ってこそ奪いがいがある」


「白露忍軍と、新たに雇い入れた下忍ども35人はことごとくローシェ軍に捕まりました」

「やはりな。で、戻って来たか?」

「はい、武器をすべて取りあげられておりましたが、大した情報を持たぬものは城外へ放り出されました。殿のご推察の通りに」

「中忍が1人いたな」


「まだ尋問を受けております。彼も大した情報はもっておりませんが、白露忍軍の全員の名前を知られるのはよろしくありませんので上の壱が救出に向かいました。まもなく帰って来るでしょう」


 白露忍軍は総勢200名の大所帯であり、上忍が3人いる。

 中忍も少なく40名しかいないため、上忍はかなり忙しい。

 本来は桧垣藩に属する忍軍で、今回の件に関しては松崎藩に協力するよう桧垣藩主から申し渡されていた。


「どうせやつらも死人を出してまで抵抗するまい。こたびの出動はあくまでもアラストル帝国に多少の縁を作った、それだけの目的よ。白露はこのあとは捨て置く。忍者はやはり使い勝手が悪い」


「殿……やはりサカキを奪わねばなりませんか?」

 左近次が問う。


「そうだ、不満か?」

「彼でなくとも、もっと御しやすい者ならいくらでもいるでしょう」

「わしは月牙げつががほしい、と何度も言ってるではないか」

「それなら、刀だけを奪えばよろしいのでは?」

「そうか、そなたはアレの質を知らなんだな」

「といいますと?」


「アレは自ら主を選ぶのだ」

「――なんと……」

「おもしろいだろう?あれこそ本物の妖刀よ。主しか鞘から抜けぬ。

 それに、たとえ他の者が奪ったとしても、主が呼べば手元に戻って来るそうだ。

 刀のくせに異能を持っておるのだ。


 一度月牙が主と決めたものが死ねば、それから20年経たねば次の主を選ばぬ。

 それゆえに記録にはわずかの者しか残されておらぬ」


「まさかそのような刀をサカキが持っているとは」

「前の持ち主は泰時の父である脇坂幸保ゆきやすの奥方だったが、21年前に産褥で赤ん坊とともに亡くなっている。幸保はその時から鞘から抜けぬまま家宝として所持していた。

 だから、わしはその子、泰時ならば月牙の主になれるのでは?と思っておった。当てが外れたがな」


「サカキは二十歳の時に幸保から月牙を賜ったと……」

「そうだ。月牙はサカキを主に選んだ。そのいきさつまではわからぬがな」


 ウツロには脇坂泰時の記憶がほぼ読み取れている。

 この体を乗っ取った目的の一つが、月牙の情報を得るためだった。

「わしは山吹の里でサカキが月牙を抜いたのをはっきりと見た。予想以上に美しい刀身であった。

 また、一振りすれば剣風が衝撃波となって敵を薙ぐ。刀としても恐ろしい能力を持っているのだ」


「……わかりました。それほどの妖刀なれば殿に相応しい逸品でございましょう」

「うむ。だが、まだしばしこの体でやることがある」


 この国の戦を終わらせる。いかなる手段をもってしてもだ。そして、薄汚い忍者など廃し、配下の侍衆とだけで構成された強い、外国に負けぬ国を作る。それこそが自分の本懐と、ウツロは思っていた。


 ――ローシェ王城――


 アラストル軍が去り、ユーグは亡命希望の黒魔導士たちと宦官見習いの少年を連れて王城入りした。

 亡命者は一時、事情聴取のための部屋に隔離されるので、ケサギが護衛としてルミルたちとしばし同行することになった。


 サカキとゾル、ルゥも王城に戻り、ロルドに顛末を報告した。

 ベクトラの体は森の中の花々が咲く場所に埋葬し、サカキが持ち帰った首はロルドが「預言の魔女という出自は秘めて無名のまま弔います」と王家の墓地へ運んだ。

 ベクトラは永久国外追放となっているので本来なら首さえも王国には入れてはならないのだが、ロルドは秘密裏に事を進めた。


 ベクトラの事件があったとき、ロルドはまだ宰相ではなく、当時の宰相である父の秘書官にすぎなかった。その後、自分が宰相になり国の重要機密に触れられる立場になって事件の真相を彼だけが見抜いた。

 ベクトラが心を寄せていた貴族の男。彼こそが貴族令嬢を窓から突き落とした犯人に違いない、と。


 ベクトラが貴族令嬢にかけた魔法は鏡に映る姿がヒキガエルに見えるだけで、効力は数時間程度のものであった。令嬢は絶望はしたが男に慰められ、一度は心が落ち着いたところを彼に背後から襲われたのだろう。だが、その証拠はなく、今も投身自殺として記録されたままだ。


 その後、男はローシェを出奔し、アラストルに向かった後、海路を使って秋津へ入国したところまで足取りは追えた。

 だが、それを開示したところでベクトラの罪が消えるわけではない。禁呪を使った件で国外追放は変わらないうえに、令嬢が生きていても彼女自身がローシェを呪うことを止めることはないだろう。


 そして、一番の問題は貴族の男の存在である。彼は金を積んでローシェ貴族の養子になっていた。残念ながらそれ以上は追跡できなかったが、ロルドがサカキに『いずれ忍軍が攻めてくるでしょう』と言った理由がこれだった。


 秋津にいる何者かがローシェを狙っている。その者はローシェから預言の魔女を取り除かせた。預言の内容は避けることは出来ないが、未来に起こる悲劇に備える手段を失ったローシェに取っては大打撃である。


 恐らくその男は、計画の巧妙さ、非情さ、足取りの消し方などから忍者であっただろうとロルドは予測した。


 皮肉なことに、ベクトラが国外追放になったとき、捨て台詞のように放った終焉の預言がローシェを救った。

 それなのに、だれも彼女を救えなかった。ロルドにできることは首だけではあるが王家の墓地で手厚く葬ることだけだ。


 ロルドの灰緑の瞳が厳しい光を放つ。

(秋津に我らの国を狙っているものがいる。用意周到に計画を練り、今も息を潜めて時が来るのを待っている。ローシェに預言の魔女を殺させ、次は女皇か。そう思い通りにはさせませんぞ、神の力を持つ存在よ――)


 ローシェ帝国宰相ロルド・ヴァインツェル。その卓越した頭脳は視えざる敵の存在をはっきりと捉えていた。その、”ローシェに敵対する神”こそが、ゴーデ大陸で女性の数を減らした元凶であった。理由まではわからないがおそらく、大陸から人類を無くすことが目的なのだろう、とロルドは予測している。


 そして、ロルドは自分の中にも超常の存在が潜んでいることに、まだ気が付いていなかった。

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