第56話 残った黒魔導士の少女たち
女皇が手を上げると、歓声が収まった。
「わが国民には急なことで戸惑わせて申し訳なかった。だが、預言により我が重鎮たちは16年も前から準備をしていた。どうか、信じてほしい。王国が帝国になるが、一気に何もかもが変わるわけではない。むしろ民の生活は今までどおり。そして、これからは祝いの儀として、減税、恩赦、宴など様々な催しを予定している。どうかみなで楽しんでほしい」
わああああああああー!!!!
女皇!!女皇!!女皇!!
群衆の、女皇をたたえる声が津波のように幾重にも王城広場を覆いつくした。
歓声は波となり大きなうねりとなって国中を巻き込んで行く。
『……く……』
ベクトラはついに怨霊のような形相となり
『後悔させてやるぞ、イリアティナ!この屈辱、絶対に忘れまいぞ……』
と毒を吐いて消えた。
ゾルがサカキに呼び掛ける。
「追います。まずはこの結節点に入ってください。サカキ様の馬を用意してあります」
「わかった」
ゾルとルゥ、サカキの3人の追跡がはじまった。
――キーアの丘――
「まだ黒魔導士たちの準備はできぬか!」
「もう少し、もう少しでできます!」
ダールアルパ皇子はイライラを募らせていた。
そこへ、急使が次々とやってきた。
「皇子、大変でございます!ローシェ王国がローシェ帝国になりました!」
「はああ?」
と間抜けな声をだす。
「イリアティナ王女が女王になったと同時に帝国になると宣言し、白の女神がそれを認めました!」
「ヨシュアルハン皇帝陛下も書面でそれを認めるサインをしておられました!」
「父上が?そんなばかな、お前たち、いったい何を言っているのだ?私は夢でも見ているのか?」
「「すべて現実です!」」
「――なんのことかはわからぬが、帝国だろうがなんだろうが攻め込んでしまえば同じことだ、早く黒魔法をあいつらにぶちこめ!」
その時――
黒魔導士たちが詠唱を中断して立ち上がる。
王城内に侵入していた30人の黒魔導士たちも本陣に次々と瞬間移動魔法で現れた。
本陣には宦官がいて、急いで黒魔導士たちにわけを聞きに行き、驚愕の表情で皇子のところへ駆け寄ってきた。
「ヨシュアルハン皇帝陛下、崩御!!!」
「な……」
黒魔導士たちは全員手を胸の前で交差させ、アラストル帝国の方角へ向かって深く首を垂れた。
「黒の男神様が300日間の喪を宣言なされました……」
「ばかな……ばかなばかな!おい、お前たち!魔法を唱えろ!!
このまま何もせずに国に帰れるか、みっともない!」
皇子は混乱していた。
自分が父親である皇帝に渡した緑の瓶には睡眠薬しか入れていない。
ローシェ王国を手に入れるまで20時間ほど、眠っていてくれればそれでよかったのだ。
寝る前に酒を一杯だけ飲む、皇帝の長年の習慣を利用した、ちょっとした
そして、サカキが瓶に入れたのも同じ成分の適正量の睡眠薬である。
これにより、酒の中には致死量の睡眠薬が存在した。
全てロルドが計画を立て、スパンダウが実行できるよう図った計略だった。
宦官が必死でとめる。皇子は完全に正気を失っているかのように見えた。
「だめです!神のご加護を失ってしまえば、黒魔導士様たちは……」
「うるさい!!」
ザシュッ!
キャアアアアアア
と黒魔導士たちから悲鳴があがる。
乱心した皇子が、曲刀を抜いて宦官を斬った。
宦官は胸から腰まで切り裂かれ、ほぼ即死であった。
控えていた将軍が皇子の右手を後ろからそっと抑える。彼は48歳の茶髪茶瞳の美丈夫で最上級の貴族でもある第一将軍ラルマン・サイスラッド。歴戦の戦士であるラルマンに指揮を任せていればこれほどの失態にはならなかったはずだ。
「皇子、ここまでに」
呆然となっている皇子に声をかけたあと、全軍に命令をだす。
「アラストル全軍!これより帰還する!王城内にいるものにも通達を出せ!ローシェ軍は追撃はせぬ。黒魔導士たちは各自離脱せよ」
ラルマンは今回の出撃で最も正しい命令を出し、アラストル軍2万が撤退をはじめる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おいおい、あの皇子、従者を斬ったぞ」
ケサギが鏡を見ながら呆れている。
「阿呆どころか最低最悪の指揮官だな……、よし、騎兵隊はこのまま奴らが完全に撤退するのを見届ける。歩兵隊は先に王城へ戻って警備に付け!」
「「ははっ!」」
「あの従者の死体は放っておくわけにもいかない。気の毒だが一旦我が国で引き取る。救護班、担架で運んでやってくれ」
「はっ!」
「おや?黒魔導士が2人、残っているぞ」
ケサギが鏡を見、自分の目でも確認した。
「俺が見に行く。危ないのでユーグ殿はここで控えててくれ」
「わかった、無理はするなよ?」
「女性の扱いは任せてくれ」
とケサギがウィンクした。
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