第55話 新女王誕生、そして女皇へ

 王城内、特大の鏡には王女の頭に、大神官長が王冠を乗せる場面が映し出されている。

 その歴史的瞬間に国民は熱狂している。


「女王様ーー!!」

「ローシェ王国万歳!」

「万歳!万歳!万歳!」


 王国歴115年12月16日。

 ついに新女王が誕生した。ローシェ史において11代目の君主であり、女王としては2人目である。

 各所で白魔導士たちが幻影の花や星をばらまいて祝う。


 やがて、王城のバルコニーの扉が開かれ、新女王が現れると、国民の熱狂は最高潮に達する。

 右手に錫杖をもち、頭には金色の輪に水晶と真珠、青輝石をあしらった王冠をつけ、純白のドレスに身を包んだ姿に国民は陶然となる。


 女王の右隣にはユーグの影武者と、本物のロルドが控えている。

 そのさらに後ろには白魔導士に化けたサカキと、上級白魔導士ゾルとルゥ。

 アラストル軍が国境周辺に展開していることは国民にはまだ知られていない。


 広場に集まった群衆を前にし、バルコニーから女王が挨拶する予定であった。しかし。


 バルコニーの上方、空中に不自然な黒い雲が発生し、渦を巻き始める。

 サカキが反応し、刀に手をかけようとするが、ロルドが止める。ロルドはあれが何か知っていた。

「幻影です。本体は遠くにいます。ゾル、ルゥ、頼みます!」

「「はい!」」


『妬ましい……妬ましい……人々の歓声も熱狂も美しさも、全部私のものだったのに……ああ、妬ましい――』

 人の声にしてはあまりにも邪悪な声が雲の中から聞こえてきた。


『ハーハハハハ!!』

 次の瞬間大音量で女の笑い声が王城に響く。


「ついに現れたか……よ――」

 ロルドが今までになく険しい顔になる。


「あれが?あんな邪悪なものが……」

 サカキは背筋が総毛立つ。


 国民が異常な事態にざわめいている

 黒く渦巻く雲の中から現れたのは、火のようにうねる赤い髪、青い瞳の妖艶な美女……のはずがその顔は怨念で歪んでおり、その眼差しは悪霊のようにギラギラと燃えていた。纏っている黒い衣は所々が破れおどろおどろしい。

 それが預言の魔女ベクトラであった。


『ローシェの国民よ、よく聞け!魔女が預言を与える!! ローシェ王国はイリアティナ女王の治世に終焉を迎えるのだ!』


「「「な、なんだって……?」」」

 その様子は魔法鏡によってほぼ全国民に届いている。

 ロルドの指示であった。


 国民に動揺が走る。

 これほど豊かで、最強の騎士団に守られた王国が?終焉?

 熱狂が一転、あたりは静まり返る。


『哀れだな……ローシェよ。呪われた姫・イリアティナを戴いたばかりに、お前たちはいずれ滅ぶのだ。いい気味だ!ハハハハハハハ!』

 魔女の哄笑が静まり返った王城内を包む。

 騎士たちは魔女から目を背けるものもいた。


 ベクトラはローシェの過去における最大級の汚点であった。

 過去、その美しさと預言の魔力によってローシェ王家に大切に遇されていた。

 しかし、性格の悪さから諍いが絶えず、とうとう大貴族の娘を殺してしまい、王国から追放されることになった。

 だがそれは……。


 ロルドの顔が苦悩に歪む。それは事実ではあるが、原因は貴族の娘にあった。

 しかし、16年前のロルドの権限ではそれを見破れても証明することはできなかった。

 

 ロルドはサカキに向かって、自分の首を人差し指で差した。


「承知」

 とサカキは短く答えた。

 それはロルドから初めて発せられた暗殺依頼であった。


「今まで黙っていてすみませんでした。強大な力を持つ魔女である彼女が、このまま行方をくらませていたなら余生を静かに過ごさせてやりたかった。ですが、ここまで性根がねじくれていたのでは、もはや我が国にとっての害悪でしかない。

 害悪は取り除くしかない。……幻影が消えたらゾルとルゥとともに後を追ってください。できれば苦しませずに……」

 サカキはうなずいた。


 女王が左手でロルドの肩にそっと手を置いた。


「ここからが本番だ。私に任せるがよい、ロルド」

 口元に笑みを浮かべながら女王の目は魔女の瞳のように燃えていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


「わが国民よ、聞け!」

 女王の声に、群衆が驚く。

 まるで女将軍のような力強い声であった。

 鏡担当の白魔導士たちが対象をベクトラの姿から女王の姿に切り換える。


「預言の魔女の通り、我がローシェ王国は今日この時をもって終わる。そして――」

 女王が錫杖をカン!とバルコニーの床に打ち付ける。


「今より、我がローシェ王国は、ローシェとなることを宣言する!!!」

「な……」

 ベクトラが言葉に詰まる。


『そんなバカな、勝手に名称を変えたところで実態が伴っていなければ……』

 明らかに動揺している。


 女王が錫杖を群衆に向ける。

 それを合図に、広場の各場所で騎士が次々と旗を立てる。


「フランツ公国!スルード国!ハルマトア3国!ヴェノア公国!ゼービア国!以上7か国は我が帝国領となる」


 おおおおおおおおおおお!!


 と群衆が女王の意を組んで吠えた。

 本当に、王国は帝国へ変わろうとしているのだ。その歴史的瞬間の中に自分たちがいる!


 これらの7国は、とうにローシェの傘下に入っていたが、この日のために隠されていたのだ。


 バルコニーの後ろにいた王弟ワイスは、現実を受け入れられず、よろけて背後の壁に背を付けた。

「聞いてない、聞いていないぞ、こんな話……」


『だが、まだだ!まだ白の女神が認めていない!認めなければ無意味だ!!!』

 ベクトラは執拗に否定し続ける。


「では、これを見よ」

 女王はロルドに視線で合図を送り、ロルドはうなずいて羊皮紙を広げた。

 白魔導士がそれを映す。


「我が王国が帝国となることをアラストル帝国現皇帝ヨシュアルハン殿がお認めくださった!!」


 うおおおおおおおおおおおお!!

 先ほどよりもさらに大きな歓声があがる。

 各地の大鏡に、羊皮紙がアップで映っている。


 その羊皮紙の横に、クラウスが立つ。

 白魔導士のローブを身に着け、あごの周りには白くて長い付け髭を付けている。

「皇帝のサインは真実であると、大白魔導士、メイザースが認める!!繰り返す、これはまことである!!」

 クラウスが白ローブに身を包み、手にはトネリコの木の杖を掲げて声を上げた。


「「伝説の大白魔導士、メイザース様だ!!」」

「「引退されたのではなかったのか」」


「今日だけ復帰させていただきましたよ」

 とばつが悪そうに小声で言うのはまぎれもなく剣客用コテージ管理棟主任クラウス・ハイアルである。

 クラウスは現役時代は強大な魔力を誇る大白魔導士であった。


 ユーグとともに戦場を駆け、障壁や結節点、治癒魔法を使いやすく体系化し白魔法の進化にも貢献した人物である。その功績をたたえて大白魔導士の称号を前王から賜っていた。

 メイザースはコードネームである。


(なるほど、ゾルが隠したがったのはこういうわけか……)

 と、サカキがつぶやく。


 他の白魔導士たちも次々と杖を掲げ、『真である!』と告げる。それは白魔法による真偽の判定魔法だ。

 白魔導士はこの魔法を使って判定するとき絶対に嘘をつくことはできないことはローシェ王国がよく知っている。もし嘘をつけば永遠に声を失う、という厳しい契約があるからだ。


 そして――

 今まで沈黙していた白の女神、イルミナが巫女の体を借りて声を発した。

『ローシェ王国はローシェ帝国となった。末永く繁栄せよ』

 女神の言葉に、まずは騎士たちが答えた。


「女神がお認めになられた!」

「帝国万歳!!女皇万歳!!!」

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