第54話 白の巫女

 広場では群衆が歓声を上げ始めていた。300日間の長い喪が明け、やっと王国に女王が誕生するのだ。

 戴冠式10分前。

 王城内外に設置された魔法鏡にまず大神官の姿が映し出される。


 おおおおお


 と各地からどよめきが起こる。


 大神官の足元には子供用の神官服を着た5歳の愛らしい少女。薄い茶色の髪をツインテールに結んでいて、椅子に座って足をブラブラさせている。


『白の巫女様だー!』

『おかわいらしい!』


 王国民の目が鏡にくぎ付けになる。


 サカキたち一番隊は王女の側で白魔導士の恰好で警備を担当していた。

 一番隊にはケガから復帰したサギリも副隊長として参加していた。

 サギリは「このまま出番がないかと思った」と泣いて喜んでいた。


 サカキはロルドから

『もし、預言の魔女が現れたら追跡をお願いします。現れなければ放置でいいです』

 と奇妙な命令を受けていた。


 そしてついに――


 白の巫女が立ち上がる。その全身が白く輝きだした。


『ローシェ国民に告ぐ。300日の喪が明けた。新しき女王を戴くがよい!』


 その声は5歳の少女とはまったく違う。

 女の声のようでもあり、男の声のようでもあり、小さな子供の声とも、しわがれた老人のような声にも聞こえる不思議な声であった。

 いや、むしろ声ではなく何かによって造られた音声、と言うのが正しいかもしれない。

 およそ人間には出せるような声ではない声が、光輝く少女の口から発声されていた。


「これが、白の女神イルミナの声……」

 サカキにとっては神、と称されるものの声を聞いた初めての経験である。

(思っていたのと全然違う。人間味がまるでない……)


 サカキはその声をなぜか恐ろしい、と感じた。


 ついに大広間の扉が開かれイリアティナが現れる。

 魔法鏡がその姿を映し出した途端、一瞬、群衆が静まり返った。


「「「……女神か?」」」

 だれもがそう思ったであろう。

 雲間から差し込む光の筋が照らした最高礼装のドレスはまばゆく輝き、その輝き以上の美しさで王女は晴れやかにほほ笑んだ。

 その神々しさはとても人間とは思えぬほどの存在に見えた。


「イリアティナ・デル・ローシェ王女陛下、お出ましぃ!!!」

 とラッパが鳴らされる。


 ローシェ王国歴代の王・女王がその姿を国民の前で披露してきた由緒ある白亜のバルコニーは、大広間から続いており、城の中で最も広い園庭を見下ろせる位置にある。


 園庭はローシェ国民であふれかえっており、そこに陣取っていた国民は初めて王女の顔を見た。

 一瞬の鎮まりの後、割れんばかりの拍手と歓声が王都を揺るがせた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 ――アラストル軍本陣――


「ローシェの喪が明けました!」

 斥候が報告する。


「よし、総攻撃を開始するぞ!黒魔導士隊に詠唱の準備をさせろ!」

 指揮官は帝国第一皇子ダールアルパ。


 皇子の側付きの軍人は浮かない顔をして答えた。

「は、それが……王城内に入り込んだ黒魔導士たちがなぜか詠唱ができぬものが続出していると今連絡が」

 発生からけっこうな時間が経っている。指揮系統に混乱が起きていた。しかも、その原因を伝えようにも王城内には宦官がおらず、黒魔導士たちは沈黙するしかなかったのである。


「なんだって?なぜそんなことが?」

 皇子は権謀術策は得手えてであるが戦争の指揮は全くの素人であった。

 しかし歴代の皇帝がやれたことなら自分にもたやすいと信じ込み、周りの大臣やハレムの女たちもこぞって『皇子様はなんでもお出来になる』ともてはやし、真に受けていた。


 長年ヨシュアルハンに従っていたベテラン将軍たちは何度も考え直すように進言したが受け入れられなかった。

「まあ、いい、ここの黒魔導士隊だけでも詠唱をはじめよ!」

「ははっ!」


 黒魔導士たちは詠唱の前に精神統一にはいる。全員が胡坐をかいて座り、両手を胸の前で合わせる。

 目を閉じ、しばらくはその姿勢で魔力を自身の中心に集める。


「ええい、何をやっておる、早く詠唱を始めぬか!」

 皇子の叱責に黒魔導士たちが姿勢をとき、怯える。


「だめです、皇子!大勢で高位の黒魔法を合わせて撃つには3分ほど精神統一が必要なのです」

 お付きの軍人が注意する。


「む、そうなのか。めんどうだな、とにかく、早く撃つように!」

 と黒魔導士たちの心をますます乱れさせていた。


 その様子はキーアの丘にいるユーグとケサギにも遠隔映像魔法によって白魔導士の手鏡に届けられていた。

 黒魔導士たちが動揺したため、黒魔法による妨害魔法が消えさり、映像が鮮明に映りだした。


「「…………」」

 2人はしばらく無言になり、それからお互いを見、やっと口を開いた。

「「だめだこりゃ」」

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