第53話 キーア(戦神)の丘

 ムクロ率いる三番隊の活躍は軍事作戦室にも届いていた。

「三番隊、うまくやってくれてますな」

 中間報告を行うためスパンダウが部屋に入ってきた。


「うん、忍者すごいね!これまでに15人が一時的に魔法が唱えられなくなっています。こういう手は騎士団には無理でした。黒魔導士部隊は全部で50名。できれば半分以下に抑えたい」

 ロルドが目を細めながら厳しい声で言った。


「だが、20名は国境でアラストル軍に守られた中で待機している。彼女たちには手が出せない。いや、出せないことはないが先に攻撃してはいけないのだな?」

 ロルドの隣に控えている、白いローブを着たサカキが問う。


「先制攻撃禁止の制約(喪中の有無に関わらず常に有効)ですからね、仕方ありません。それなのに、あちらから高位の攻撃魔法が合わせて20人から撃たれたら、今の守りでは半減させるのが精一杯で……」


 スパンダウの眉間にしわが寄っている。

「その白魔導士隊も五番隊がきっちり守ってくれている。彼らがいなかったら、と思うとぞっとするよ――」  


 五番隊は隊長ヒカゲをはじめ小柄で、見かけは忍者らしくないものが多く、揃いの新型忍者服の上に白いローブをまとい、白魔導士たちの間に潜んでいた。

 王城の上空すべてを障壁で覆うのは不可能。なので、国民が集まっている場所、重要な施設、軍隊が展開している場所に魔法障壁隊をがバリアを配置していた。その白魔導士たちを五番隊が分散し守っている。


 ローシェ軍第2騎兵隊は王城内で群衆を守るための警備についていた。

 そのすぐそばでは白魔導士10人の障壁隊が待機している。

 その背後から。


 ザザザッ


 陰に潜んでいた忍者たちが障壁隊の背後から飛び掛かる。その数5人。

 その眼前を白いローブが視界を阻んだ。


「「?!」」

 襲撃者たちは驚くと同時に全員、昏倒していた。

 ヒカゲは昏倒した5人を確認し、部下に彼らを地下牢に運び込むよう指で示した。


 騎兵隊の隊員たちと白魔導士たちが「もうこれで3回目……」と呆れるようにつぶやいた。

 彼らにはヒカゲの動きが速すぎて見えず、気が付けば襲撃者たちがゆっくりと地面に倒れるところだけしか見ていない。


 ヒカゲはまた、もそもそと白いローブを着て、無言で白魔導士たちの間に膝を抱えて座った。

 その姿はただの根暗な少年にしか見えない。

 しかし、彼は襲撃者たちの視界を自分のローブを投げて目をくらませ、その隙に素手と足技だけで一瞬で5人を倒していたのである。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 ――キーアの丘――


 夜香忍軍二番隊は大将軍ユーグとともに迎撃部隊に付いていた。

 国境を挟んでアラストル軍とにらみ合う。


 現在、アラストル軍は2万、対するローシェ軍は1万5千。

 ユーグ軍には白魔導士隊50名もいて障壁を張って対抗する予定だが、もしも黒魔導士20人の黒魔法が『真っ当に』こちらに撃てば壊滅の可能性もある。


 ケサギは今回の作戦で最も危険かつ重要なところを任されていた。

 ロルドが言うには、喪が明けたとたん、王城内で混乱が起こり、同時にアラストル軍が国境を越えてくる。それを迎撃するのがローシェ軍の中でも最強を集めたユーグ率いる騎兵騎士団であった。


「今回はおそらく、戦争にはなるまいよ」


 馬上のユーグは敵軍を見つめたまま言った。

 堂々たる白銀の鎧姿だ。

 国境にある、戦神の名を冠した広大なキーアの丘では、本格的な冬の始まりを告げる冷たい風が枯草を舞い散らせている。


 ローシェ軍は寒さには慣れているが、アラストル軍にはさぞ冷たかろう、とユーグは笑った。

 ケサギは足回りの不具合を修正して完成したロングコートを纏い、ユーグを見上げた。

 コートの裾が風になびく。


「作戦がうまく行きそうな感じかい?」

 ケサギは完全武装でユーグの傍らに立っている。

 伝令役の白魔導士たちからひっきりなしにユーグに報告が届いている。


「ワシの勘だがね。サカキと姫、それに夜香忍軍の動きがうまく嚙み合っておる」

「スパンダウ殿もそのようなことを言っておられたな。風はこちら側に吹いていると。ならばその勘は当たりだな」


「それに、アラストル軍の総指揮官はなんと第一皇子様だ。あの軍の中におられるのだろうが、指揮系統が素人で隅々まで届いておらん。せめて自軍の歴戦の将軍に任せればいいものを」


「あーどうりで。今回借り出された紫藤派の白露忍軍の動きとアラストル軍の動きがチグハグだが、ひょっとして協力すらし合っていないのか?」

「恐らくな。皇子は忍者のことなど知らないだろうから、お互い自由に動く、程度の話しか通っていないようだな」


 ケサギとユーグは苦笑する。

「皇子が阿呆で助かったな」

「だが、その阿呆な皇子が指揮をとったところで、黒魔導士部隊がきちんと仕事をすれば我らは亡国の将となるところだった」

 そこがアラストル帝国の恐ろしいところである。


 さらにユーグは思案する。

 もし、指揮官がダールアルパではなく、全盛期のヨシュアルハンであったら?

 脇坂泰時ウツロと手を組み白露忍軍(桧垣藩の忍軍 紫藤派に付き、泰時と協力関係にある)が得意とする諜を動かし、般若衆(松崎城を警護する屈強で残酷な侍集団)に内部で騒動を起こさせてローシェ城内での戦闘に持ち込み、王女を捕らえるなどという甘い目的は捨て、100人の黒魔導士の高位攻撃魔法を王城と周辺にぶち込むだろう。


 もちろん、それを黙って見ているローシェ軍ではない。

 ロルドが秋津に手を回し、光川方の大名に松崎藩を襲撃させてこちらへの戦力の集中を分散させるはずだ。


 実際、今回も同様の手を使っている。

 ロルドは松崎藩の周辺で光川方に怪しい動きをさせていた。

 ただし、それは単なる陽動であり実際に戦わせることはない。


 今回、光川方を味方に引き入れられたのはサカキの功績だ。

 彼は、新しく雇った元桔梗の諜・アサギリとヒシマルから繋いでいた。


 数日前――

『今週の給料だ』

『ありがとうございます。わ、こんなにいただけるとは……』

『ローシェは金持ちだな。光川殿によろしく頼む』


 ――ヒシマルはうっかり返事してしまったことにすぐに気が付いて固まってしまった。

 その様子を見てサカキの肩が震えだす。


 アサギリが渋い顔をしてげんこつでヒシマルの頭をバコッと叩いた。

『こんな初歩の手に引っかかるとは……』

『うう、頭も心も痛い……』


 アサギリが首を振る。

『サカキ様もお人が悪い。とっくにご存じだったのでしょう?』

『まあな。しかしヒシマルは俺の言葉を真摯に受け止めすぎる。少しは疑ったほうがいいぞ』

『返す言葉もございません……』

『というわけで、この糸(情報網)を光川慶忠みつがわよしただ殿まで繋いでもらおうか。ロルド様がご所望だ』

 というやりとりがあったのである。


 アサギリとヒシマルが光川家に連なる者、と看破したのはロルドである。

 彼らの正体は光川家に仕える武士であり、苗字も持っている。

 光川家の当主の命で桔梗の里の忍者となり、山吹の里にも繋がりを持ち、時には白露にさえも接触していた。諜(多重スパイ)としてかなり優秀な2人である。


 本家本元を知られるという、ヒシマルの大失敗ではあったが光川家当主慶忠は許した。

 光川家にとってローシェは悪くない相手であったからである。

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