第45話 新型戦闘ロングコートと実験試合

「では、第1回仮縫いで戦闘・上忍編を行います!」

 お針子騎士団団長ダン・ミューゼルが宣言した。無駄に筋肉を見せつけるポージングをしている。


「「わーーー!!」」

 パチパチパチ

 とまばらに拍手が起こる。


 ――ローシェ城内:屋外教練場――


 上忍同士の真剣の手合わせは危険なので実際に行われることはほとんどない。

 それを見られる、とあってお針子騎士団10名、ロルド、ユーグ、スパンダウ、ゾル、ヒムロ、ヒカゲ、アサギリ、ヒシマル、アゲハ、そして王女までお忍びで来ていた。


 対戦するのは夜香忍軍二番隊隊長・ケサギと三番隊隊長ムクロ。

 2人は揃いの真っ黒なロングコートを着ていた。


「「「かっこいい……」」」

 見学人から感嘆の声が漏れた。


 長身・細身の二人に新型忍者用コート(試作品)はよく似合っていた。

 立襟で、襟の丈はあごに触れるくらい長い。襟、袖、足元には細いベルトが巻かれている。

 手足のベルトには手甲と足甲が止められていて、表からは見えないところに長針や苦無、手裏剣などの暗器がぎっしりと収められているのでかなりの重量になっている。


 2人とも腰のベルトの後ろに忍者刀を2本、左右から交差させて刺し、肩には長い刀をかけている。

 コートは足の動きを邪魔しないよう、前の部分30ハルツ(cm)ほどは腰のベルトより下の裾がない。

 裾は4枚仕立てとなっており、回し蹴りのような足技を邪魔しないような構造になっている。


 コートの胸部には2列の金ボタンが付いているが、上から2番目と3番目はダミーであり、その隙間から胸の隠しポケットに忍ばせた暗器を取り出せる。


 今回はコートの性能試験として本気の力を出すため、ケサギとムクロを中心に広範囲でドーム型の透明な物理バリアが貼られている。サカキも同じコートを着て完全武装しており、2人が危険な状態になったときに止める役目があるのでバリアの内側にいる。


「武器はすべて真剣です。気を付けて」

 ダンがバリアの外から注意する。


 ケサギはうれしそうだ。

「まさかムクロ、お前と真剣で手合わせができる日が来るとはな」


 ムクロも目を細めて笑っている。

「いつもは木刀か素手でしかできないからね」


「フルスピードでいいんだろ?」

 ケサギがダンに問う。

「ええ。それがコートにどれくらいの負荷をかけるか知りたいので全力でお願いします」


 ケサギとムクロはうなずき、首に巻いていた布で口元を覆い、フードを頭にかけた。

 お互い、生身が見えるのは目だけになる。


「では、始め!」


 ダンの掛け声とともに2人の姿が消えた、と思うとすさまじい金属音が聞こえてきた。

 しかし、どちらの姿も見えない。


 上を見ると、2人の姿は空中にあった。

 2刀を抜いた二人が刀を打ち鳴らしていたが移動のあまりの早さに常人の目が追い付かない。


 地面に先に降りたムクロが足元から抜いた長針を10本同時に投げる。

 それらはケサギの残像を超え、バリアに刺さり、ビイイインと不穏な音を立てる。

 その前にいた見学人が「ひぃい」と声を上げて尻もちをついた。


「いつ投げたのか見えなかった」

「いつ避けたのも見えない……」

 アサギリとヒシマルが恐れおののいている。


 ヒュッと縮地でムクロへの距離を詰めたケサギが足で回し蹴りをするが、ムクロは軽々とジャンプで躱し、上空から手裏剣を投げた。

 その数20本。


 カカカカカッと雨のようにケサギに向かって手裏剣が降り注ぐ。

 見物人たちにはそれらがケサギに当たっているかのように見えたが、すべて彼の残像だった。


「手裏剣ってああいう使い方するものだっけ?」

 ロルドが目を丸くしている。


 2人の戦い方を見てサカキは気づいていた。

(二人とも中途半端な足技しか使っていない……いや、使えないんだ。ズボンに難があるな)


 次に2人は接近し、今度は地に足をつけて2刀流で打ち合いを始めた。

 驚くべき速さである。


 キキキキキキン!!

 と鋭い音が途切れなく続いている。


 ケサギは打ち合いの途中でムクロのわずかな隙を見つけ、右手の忍者刀を口に咥え、空いた右手左肩から大刀を抜き、袈裟懸けにムクロに斬りつける。

 ムクロは下がったが、わずかにケサギが早く、大刀の切っ先が間合いに入り込み、ムクロの胸を右斜め上から下に向けて斬る。


 ザシュッ!


 と音が鳴った。だが、コートの装甲が体を守っていた。コートに浅い傷はついたがムクロは無傷であった。


 2人は驚いて一瞬止まる。

 ケサギは大刀を背に収め、口に咥えた忍者刀を右手に戻す。


「いいコートだ、しびれるねえ」

「たまらないねえ」

 と2人から口癖が出る。


「次は投げ物を体で受けてみてください。突き通さないことはわかってますが、どれくらい生身に衝撃があったか、あとで教えてください!」

 ダンが無慈悲なことを叫ぶ。


「ええー」

 文句を言うケサギに向かってムクロが長針を投げた。

「避けるなよ?」

 と笑った。


「ちっ」

 ケサギは舌打ちしながら体を回転させ、背中で長針を5本受けた。

 裾の翻りで2本が地面に落ち、背中に3本が刺さった、かと見えたが跳ね返ってこれも地面に落ちた。


「けっこう痛い……」

 一瞬、膝を着いた。そこを狙ってムクロが手で印を結ぶ。

 カンカン!

 と音がした。

 高位の忍術だ。


「おいおい」とケサギが跳躍する。

 地面がごぉおおっと燃え上がった。周辺の地面が焼け焦げている


 見物人が「「おおお?」」と驚いている。

「『火遁の術:ほのお』だ。低位の術なら音はしないが、高位になるほどカン、カンという拍子木を打ち鳴らすような音がする。この音が聞こえたら何を置いてもまず逃げろ」

 とヒムロが解説する。


 ケサギも負けじと跳躍しながらカンカンカンと音を鳴らした。

 ムクロの周辺につむじ風が生まれ四方から体を切り刻む――前にムクロも後転する。

 コートの裾に切り傷がついた。


「『風遁の術:あらし』。なかなかの速さだな」


 スパンダウとユーグもあっけに取られている。

「忍者やばいな……」

「黒魔導士に匹敵してないか?」


「残念ながら、忍術の場合、効果は一瞬です。しかもけっこうな音がする。

 黒魔術のように密かに呪文を唱え、遠距離から炎の柱を長時間出現させるようなことはできない。射程距離も範囲も狭い」

 ヒムロが答える。


 一般的な手合わせでは忍術は危険なので使われないことが多い。

 炎や嵐もまともにくらえば死ぬからだ。


 後転しながらムクロがさらに、カン、カン!とけたたましい音をたてて印を結んだ。


「まじかよ……」

 ケサギが両手の忍者刀を鞘に納め、背の大刀を鞘ごと抜き、両手に持ち地面に付きたてた


 ヒムロが驚いた

「いかん、『土遁風遁合わせ:流砂』だ」


 サカキがいち早く反応していた。右手の手甲から何かを射出する。

 ケサギは地面に突き立てた大太刀の鞘に乗り、そこから高く跳躍し、さらに飛んだ位置から縮地を使った。


 サアアアアアアアア


 とケサギのいた位置に砂煙がたつ。

 砂粒の一つ一つが恐ろしいほどの速度でその空間にいるものを粉々にする恐ろしい遁術であった。


「俺の銀河(刀の銘)あああああ」

 着地したケサギが嘆く。


「無事だ」

 サカキが射出したのは先端にかぎがついた細縄で、ケサギの大刀が砕かれる寸前に巻き付き、サカキの手元に引き戻していた。

 この射出機構もコートの袖に付いていた。


「あっ、ごめんごめん、楽しくなっちゃってつい……」

 ムクロが両手を合わせて謝りながら走って来る。


「ここまでだな。ムクロがヒートアップしかけている」

 サカキが宣言する。


 上忍同士の真剣の手合わせは神経をギリギリまで研ぎ澄ますため、理性が飛ぶことが多々ある。

 味方に対して本気で殺しにかかり、実際人死人が出たことも過去にあるため、必ず手合わせの2人以外にもう1人上忍が必要であるが、山吹の里時代は上忍3人が集まることは滅多になかった。

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