第40話 使者に混じって来たのは

 ――ローシェ王城・謁見の間――


 半年に一度、各国の使者が貢物を持ちローシェ王国にやって来る。それに対応するのも王族の重要な役目である。

 王女は今日は腰に小型錫杖を下げており、お姫様モードである。


 喪中なので灰色を基調としたドレスに黒いリボンや白いレースで飾り、頭にはボンネットと呼ばれるヘッドドレスをつけ、顔には黒いベールがかかっていた。


 王女のうちは外国の使者や国民にさえも顔を見せないしきたりである。

 それでも美しさは各国に届いていたが、おかしなことに王女は顔に傷がある、や、実は醜いという噂も同時に流れていた。

 それは、美しさはこの時代では諸刃の剣であり、美姫を得ようと戦争が起こることもあるため、国側でわざと攪乱のために流しているものだった。


「スルード国アジュア様」

 小姓が国名と使者の名を読み上げる。

 呼ばれたものは王女の前へ進み、ご機嫌を窺う挨拶と貢物の目録を王女の従者に渡すのである。

 王女はその使者に礼と、ねぎらいの言葉をかける。


 ローシェ王国の周辺には10か国以上の小国が点在しており、ローシェ辺境騎士団が他民族の侵入や大規模な野党群から守っていた。

 貢物はその代金、というわけである。


 サカキはカーテンの後ろから使者たちの列を注視していた。

「……あれは――」


 列の中に気になる顔を見つけた。

 頭に布を巻き、口元も布で覆っているが。


 間違いない、写し絵で見たあの男――

 サカキは隣に控えていたアゲハを呼んだ。

「急いでロルド様を呼んでくれ」

「はい!」

 アゲハが足音を立てずに駆けだす。


 サカキはイリアティナ王女の後ろにひざを着き、彼女にだけ聞こえる声で囁いた。

「姫、使者の中にアラストルの第一皇子が紛れ込んでます」


 王女は何事もなかった様子で答えた。

「……よく知らせてくれました」


 王女は、手に持っていた黒い扇を従者に向けた。

 従者はうなずき。

「それではご使者の皆様、余興のご用意ができましたので、しばらくご歓談くださいませ。飲み物のご用意もございます」


 それはいわゆるトイレ休憩を暗に意味していた。

 王女は「みなさま、ごゆるりとお楽しみください」

 と、優雅に腰をかがめ、カーテンの後ろへ退場した。


 カーテンの奥の扉を開けると控室である。

 ロルドも到着していた。

「アラストルの第一皇子ですと?」

「ああ、間違いない、現皇帝ヨシュアルハンの第一皇子ダールアルパだ」


 王女がうなずいた。

「わかりました、すぐに第一級の椅子と台を用意してください。彼がわたくしより下になることは絶対になりません」

「一体皇子は何をしに?」

「わたくしの顔を見るためでしょう。それと、わざと無礼を働かせ、アラストルがローシェに攻め込む理由を付けたいのだと思います」


「王女の意見に同意します」

 ロルドの顔が曇っている。


「アラストル帝国には”美女は国のもの”、という法律があります。宝石宮ハレムという宮殿を作り、大勢の女たちを住まわせそこには世界一の美女がいる、というのが彼らの矜持でしてね。しかし、断言します、ハレムの美女たちよりも姫のほうが美しい。それを皇子が見た、となると……」


「攻め込む理由になるわけか」

「攻め込んで姫を強引にハレムに連れて行くつもりでしょうね」

「……させてたまるか」

「当然です」


 サカキとロルドが怒りに燃えている間にも、謁見室には楽団によるなまめかしい音楽が流れ、舞姫たちがくるくると長いベールを揺らしながら踊っていた。


「ここまで来られたら、見せないわけにはいかないでしょう」

 王女も浮かない顔をしている。


「いずれはこうなるとはわかってましたけどね。予定よりも早い。すこし計画を前倒ししなくてはなりません」

 ロルドの言葉のすぐあと、従者がやってきた。

「姫様、そろそろ余興が終わります、御仕度を」

「はい、では参ります」


 件の皇子は使者の列で言うと3番目、東の小国ベルドウィン国の使者団に混ざっていた。

 王女は玉座の階段を降り、使者たちと同じ床に立つ。

 使者たちが戸惑っている。


 従者たちが豪華な椅子と人が5、6人も乗れるほど広い台を運んで来た。


「アラストル帝国第一皇子ダールアルパ・イル・バラバー様。ようこそいらっしゃいました、こちらの椅子へお座りください」

 王女が臣下の礼をし、台の上に置かれた椅子へ右手で優雅に指し示した。

 台には階段もついている。

 その言葉を聞いて、場がざわめき立った。


((アラストル帝国だと?その皇子がなぜここに?))


「なんと……」

 皇子が言葉を発した。流ちょうな公用語である。


「よく私がお分かりになりましたな?イリアティナ王女陛下。いや、驚きました」

 王女が立膝をついて、皇子が椅子を座るのを待った。アラストル風の淑女の仕草であった。


 王女が臣下の礼をとるなど初めてでサカキは驚いた。

 115年めのローシェ王国よりも200年以上の歴史を持つアラストル帝国は格が上なのである。


「御身の威光はこの国まで届いております。この度はローシェ国をご訪問いただき、大変な名誉でございます」

 王女の挨拶も堂々としたものである。


 皇子は頭と口元に巻いていた布を取った。

 黒い髪に青い瞳、浅黒い肌に彫りの深い顔立ち。歳は30歳くらいだろうか、見事な口髭を生やしている。

 アラストルでは男子はひげを生やすのが礼儀であった。


「ご挨拶、痛み入る。では、失礼して座らせていただく」

 謙虚なことを言いながら、皇子は椅子に深く座り、脚を組み、まるでこの国の王であるかのような態度になる。


 王女は従者に大きなクッションを持って来させ、床に横座りし、片手をクッションにもたれかけた。

 これもアラストル風の女性の座り方であった。

 サカキとロルド、それに王女の従者たちは「王女を冷たい床に座らせるとは」とますます怒りが爆発していた。

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