第37話 くノ一ショー後編

 べん、べん、べん、べん、べべんべべん!

 モモカの三味線が途切れることなく曲を奏でている。


 騎士たちは剣を抜いても味方に当たるほどの接近戦なためにむしろ大勢のほうが苦戦することになった。

 また、彼らにはリーダーがいない。統制が取れないために各個撃破されていく。

 味方と思って背を向けていたら足払いされる。

 悪夢のような一戦である。


「いよぉーーっ!」

 モモカが声をあげる。曲調が変わった。まるで嵐の海のような激しさである。


「ハッ!」

 マソホが付きだされた騎士の右手をひねりあげ、一本背負いを決める。


「ソイヤッ!」

 勢いの良い掛け声がくノ一たちからかかる。

 次々と転がされた騎士たちを黒子役の忍者たちが抱えて退場させる。

 人数が多いのでその場にいると危ないのである。


「がんばれーー!!騎士団!」

「くノ一がんばれーー!」

 見学者たちからも歓声があがる


(もう祭りだな)

 とサカキは苦笑する。

(ああ、祭りでいいんだよ)

 ヒムロは楽しそうだ。

 ユーグは壁際の物陰に座らされていた。まだ気絶している。


「ソイヤソイヤソイヤ!!」

「うぉりゃああ!!」

 三味線の音が鳴っている中での戦いは騎士たちの心を高揚させ、負けても不思議にそれほど悔しい気持ちはなかった。

 それこそヒムロの狙いであった。


 そしてついに。最後まで残っていた騎士がばったり大の字に倒れた。


 べべん!

 と三味線の音が止まる。


「これにて終いでございます!みなさま、くノ一たちに心ばかりの拍手を!」


 わあああああ、と万雷の拍手が起こる。

「モモカ姐さん!!」

「ツララ様ーー!!」

「マソホちゃん!!ヒスイさん!!!」

 それぞれファンができたようだ。

 くノ一たちはさすがに汗が流れ、呼吸も多少荒くなっていたが、4人揃って優雅にお辞儀をした。


「そして、勇敢に戦った騎士様たちにも拍手をー!」

 こちらにも大きな拍手が起こった。


 騎士に化けた忍者3人は、騎士団の人数が減った頃合いをみてわざと転び、そのまま騎士団たちの中にいたのである。

 終わってから顔出しをすると、周りの騎士たちに「うまく化けたな」や「お前だったのか!」とこづかれていたが、その顔はどちらも笑っていた。それも忍者の印象を変える出来事だった。


 最後まで残っていた騎士にはくノ一たちからほっぺにキスをもらうというご褒美まであり、大勢の騎士たちがうらやましがった。


 べん、べん、べん、とゆっくりした調子で三味線を弾きながらモモカたちは万雷の拍手の中、カーテンの奥へ歩いて退出していった。

「いやああ、おもしろい見世物だった」

「これはいい娯楽だ……」

 と鏡で見ていた観衆が思ったように、戦闘演習のはずがいつの間にかショーへと変わっていたのだった。


 騎士たちの高いプライドに傷を付けず、忍者の戦い方を学んでもらうためのヒムロの奇策は、ほぼ思い通りの結果を得たと言えた。

 この演習を期に、各騎士団から忍者への指導依頼が大幅に増えたのである。


 ユーグは気絶したあと、しばらくして気が付いたが、集団戦を見損なったことを大層悔しがった。

「刺激が強すぎたんだ……」

 と正直に気絶の理由を述べた。


 くノ一ショーの余波は各騎士団や一部の貴族たちにも波及し、数日間王都はなにかと騒がしい日が続いていたが、あと数日で12月に入る頃には落ち着きを取り戻した。


 ――剣客用コテージ1号棟――


 コテージは森の中にある。

 11月下旬、落ち葉が道に鮮やかな模様を描いていた。


 珍しくアサギリ(元桔梗の多重間諜)本人が報告にやって来た。

「サカキ様、般若衆の隊長の名が判明いたしました」

「よくやった!」

「……ウツロ。隊長はウツロというものでした。見た目は脇坂泰時ですが、側近の者が『ウツロ様』と呼んでいたのを手の者が確認しました。しかしそれ以外の情報はまだ……」

「十分だ、よく掴めたな」

「ただ、……2人、やられました」

 アサギリの声にいつもの元気がないのはそのせいだったか。


「そうか……見舞金だ」

 サカキは金貨がずっしり入った革袋を二つ渡した。

「ありがとうございます」


 見舞金とは言っても殺されたものは死体も回収できない状態であることがほとんどで、実際には諜(多重間諜)の情報網を修復するための資金となる。

 家族がいればそれらに渡るが、諜のものたちは孤児なのが常だった。


「アサギリ、お前も手傷を負っているな?傷が癒えるまで休め。代わりの繋ぎはヒシマルか?」

 かすかに漂う血の匂いをサカキは見逃さなかった。


「あ、いえ……彼は――」

 サカキは息を飲んだ。

「まさか彼が?」


「彼は……その、物乞いの恰好でなぜかドブに漬かって……腹を壊して療養中です」

 言いにくそうにアサギリが言い、サカキは心の底からほっとした。

「そうか」

(匂いをキツくしろ、とは言ったが無茶をしたものだ)


「代わりの繋ぎはアキミヤをお使いください。まだ新参で若いですが素質はあります」

「ああ、彼か」

 先日、少女騎士との手合わせで子犬のような目でサカキに助けを請うていた下忍だ。諜のものだったか。


「ではお言葉に甘えて数日お休みをいただきます。

 私もヒシマルも管理棟の職員宿舎におりますのでなにかありましたらお知らせください」

 サカキはうなずいた。


 アサギリの様子からだと彼らの手の者には他にも負傷者が出ているかもしれない。

 現在の松崎城を守っている般若衆(侍の軍団)は、一人一人が中忍以上の戦闘力を持ち、集団戦もかなり強い。まったく死を恐れないので忍者にとっては最もやっかいな相手であった。

 アキミヤに、アサギリ配下の者たちはしばらく般若衆に近づかぬように、と後で伝えることにした。


 それにしても。

 般若衆の隊長・ウツロ、か。

 やっと名が知れた。


 この者がオボロとミヤビの体を乗っ取り、今は脇坂泰時となって松崎藩に勢力を集中させようとしている。今ならわかる、なぜ山吹と桔梗を壊滅させたのか。


 松崎藩城主脇坂泰時になるために、二つの里が邪魔だったからだ。

 忍者であれば近くで見て話を聞けば偽物だと看破できる。

 それをさせぬためにウツロは里を襲撃したのだ。


(……この世にいてはならない存在だ)

 サカキは滅すべき標的の名を心に刻んだ。

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