第36話 くノ一ショー前編

 次の日、忍者と騎士の合同訓練として告知された内容は衝撃的なものだった。

 『開催日時:本日より一週間後 時刻:深夜。内容が大人向けのため、15歳以下は参加禁止。

 特別出演:くノ一(女忍者)』


『くノ一』

 この文字に、騎士団に衝撃が走った。

 女性が忍者として戦う、など彼らには想像もつかない。

 そして、そこはかとなく漂うお色気の風味を感じ、空前の数の参加希望者が殺到した。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 秋深夜。風は冷たいが、会場は熱気に満ちている。

 屋内教練場は、前回訓練にならなかった50名が参加するが、500人以上が見学に来たため、扉をすべて開放し、外からもある程度見えるようにした。それでも人が溢れたため、各所に白魔法による写し鏡が設置され、入りきらない分はそちらに回ってもらった。


 イリアティナ王女も見学希望だったが15歳ということで却下されて、どうしても「観たい観たい」とうるさかったので私室で鏡を見るのだけは許された。それでもブーブー言っていたが。

 ケサギとムクロも観覧したがっていたが、ロルドお達しの極秘の任務があるということで涙を流しながら闇に消えていった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


「淑女&騎士のみなさーん!お集まりいただきありがとうございます!ではこれより、第1回忍者と騎士合同訓練・集団戦を開始いたします!」

 ヒムロが司会用の台の上に上り一礼した。今日は珍しく黒っぽい王国風のコート、ブリーチズという半ズボンに膝上まであるブーツを穿いていた。

 貴族風の衣装は着ていても肉屋のおやじっぽさは隠せていない。


 会場内は薄暗いが、ヒムロにはスポットライトが当たっていてよく見える。

 拡声魔法をかけてもらっているので、広い会場の隅々までよく声が届いた。


 騎士たちの期待に満ちた歓声が上がる。

「それでは!今回特別に出演してくれるくノ一たちをご紹介しましょう!!」

「「おーーーーーーーーーっ!!!」」


 全員の視線が、会場奥にある舞台にかかったカーテンに集まる。

 その舞台の中央からは秋津語で花道と呼ばれる細長い通路状の舞台が5ハロルほど会場にせり出している。


「一番手は、イメージカラー赤!格闘大好きなボクっ娘、マソホちゃん!!」

「はあーい!」

 と元気な少女の声とともにカーテンが開いてライトが当たる。

 黒く艶やかな髪をポニーテールにして、大きな瞳は自信に満ちている。眉毛もキリリと濃く、花のある顔である。


「「おおおおお、かわいいい!」」

「「健康的美人!」」

「「太ももがまぶしいっ!」」

 と歓声があがる。


 彼女の服装は、短い丈の花がらの着物に柔らかい帯を締め、太ももまでの短い黒スパッツ(股引)を穿いていた。

 マソホは花道の上をバク転で3回し、ピョーンと空中で1回転して花道の終点にある少し広くなった舞台の上で決めポーズをした。

 片手を腰にあて、片手は二本指を額にあてて片目をパチンとつぶって高らかに宣言する。

「ボクの得意は格闘だよ!腕に自信がある騎士様、ぜひボクと勝負!」


「「うおおおおおおおおおお」」

 と盛り上がる盛り上がる。


(よし、掴みはオッケイだな!)

 ヒムロは心の中でガッツポーズした。

 サカキとヒカゲとユーグはヒムロの陰で固まっていた。

((聞いてないぞ、おい……))


 マソホが手を振りながら花道を歩いて舞台のそでに戻るとヒムロがまた高らかに紹介する。

「さあ、二番手はイメージカラー緑!切れ味するどい苦無の使い手・ヒスイさん!!」


 サアアアアアア


 と笹の葉が会場内を舞った。

 騎士たちが驚いていると――


 いきなり花道の終点の舞台にくノ一が現れた。

 縮地を使ったのである。


「「おおおお?」」

 ヒスイの瞳は名前のように怪しい光を放つ緑色をしており、真っ赤な唇が妖艶な美女であった。

 緑色に竹の模様の短い着物の下には網タイツを穿き、胸と腰を強調するポーズで騎士たちに微笑んだ。

 長い黒髪はまとめておらず、縮地によって起こった風になびいていた。その髪をかき上げながら言った。

「私は……強い男が好き……」


「「ごくり……」」

 と騎士たちが息を飲む。


(正確に言うと強い男を『殺すのが』好き、だな)

 とサカキは心の中でつぶやいた。

 ヒスイは優秀な暗殺者であり、山吹の里では暗部としてヒカゲとともにサカキの下についていた。


「今宵はどの騎士様がお相手してくださるのかしら?」

 と視線を周りの騎士たちに舐めるように投げかけると、数人の騎士たちが鼻を抑えた。鼻血が出たらしい。


「うふふ……」

 と腰をくねらせると、来た時と同じように笹の舞い散る幻術とともに舞台のそでへと縮地を使った。

 まるで彼女自身が幻影のように美しい術だった。

「「おっふ……」」

 会場からはため息が一斉に漏れた。


「さて!3番手はイメージカラー・白!その氷の微笑は見る者の動きを止める!ツララ様だーー!!」

「おーほっほっほ!」

 と高笑いとともに登場したのは、漆黒の髪、銀色の瞳、白い肌に白い着物と網タイツという硬質な輝きのある美女である。


 ツララはものすごく高くて細いヒールの靴をコツンコツンと慣らしながら花道をゆっくり歩いた。

「わたくしの得意な武器はこれよ!」

 と、着物の胸の部分から取り出したのは鞭であった。バシーン!と手首のひねりだけでいい音をさせた。


(あいつ、普段鞭とか使ってないよな、あと『わたくし』とか言ってないだろ……)

 サカキはつぶやいた。

(演出ですよ、演出)

 とヒムロがフォローした。


「さあ、今夜はわたくしが新しい世界への扉を開いてあげる。お眼鏡にかなった騎士様にはご褒美をたーっぷりとね」

 と周りの騎士たちを上から目線でほほ笑んだ。


「うおおおー、ご褒美ください!!」

「ツララ様ーーー!!!」

「綺麗だ……」

「なんだかドキドキする……」


 すでに新しい扉を開いてしまった騎士がいる。会場の雰囲気に飲まれているのだ。

 会場内は薄暗く、舞台の上にいる彼女たちだけにライトが当たり、一挙一動に目が釘付けになってしまう。


「それではお待たせしました、いよいよ、真打登場!!!」

 ヒムロがより大きな声で宣言する。


「イメージカラーは桃色!芸者からくノ一になったという変わり種。その芸は一流!モモカ姐さんだーー!」


 ベン、ベン、ベン

 とカーテンの奥から三味線の音。その音とともに現れたのは――

「いよっ、モモカ姐さん!」

「秋津いちっ!!」

 と忍者たちから掛け声がかかる。


 秋津の伝統的な髪型に結い上げ、簪をたくさん刺し、桃色の着物はやや長め、帯を蝶々のように派手に結び、三味線を演奏しながらしずしずと登場したのは煌びやかに化粧をほどこした美女だ。


 べべんべん、べん、べん。


 と三味線を鳴らしながら花道をゆっくりと歩く。

 歩きながら口ずさむのは七五調の唄だ。


「一夜ばかりの この道なれど 桃の花びら 凛と咲く」


 べん!

 とひときわ大きく鳴らして三味線が止む。

「さあ、今宵は無礼講。みなみなさま、お手柔らかにかかっておいで、でありんす」

 なんとも艶めいた声である。


「「「うおおおおおおおおおお!!!」」」

 今までで一番の歓声が起こった。



(なんかいろいろ混ざってる……)

(あんな口調で今までしゃべったことないよな?)

(だから演出なんだって!)

(あっ、ユーグが目を開けたまま気絶した!)

(後ろから支えろ!)

 ヒムロの後ろでは大変なことになっていた。


「それでは、ルールの説明いたします!今回は集団戦です。手を床についたり、転んだら退場してください。武器は練習用のものだけ使用可能です。事前に告知してましたが、騎士側は最初は5名、次に10名、最後に35名で対戦です。35名のときは3人、下忍がくノ一側に加勢いたします」


 ざわざわとどよめきが起こる。

(だいじょうぶなのか?くノ一5人相手に10人とか35人とか……)

 花道は撤去され、忍者たちが見学者の前にロープを持って立った。

「これより後ろに下がってくださーい」


「それでは、最初の5名様、前へどうぞ!」

 再び三味線の音が鳴り始める。今度はかなり早いテンポだ。


 べんべんべべん べべんべべん


 おずおずと前に出た騎士たちの中には先日対戦しそこなったミルバもいた。

 まさか女性と闘うことになるとは……と不安だったが、

「まあ、転ばせるくらいなら……」

 と走り出した。


 すると――


 くノ一3人が、短い木刀を左右に抜いた。木刀は忍者刀と同じ長さだった。

「「「えっ?格闘とか苦無じゃないの?」」」

 騎士たちが驚いた隙を逃さず、3人のくノ一たちが二刀流で次々と騎士たちに飛び掛かる。


「うおっ」

 木刀がミルバの懐に飛び込んでくる。寸前で躱し、後ろから頭を狙って来た木刀を盾で受け止める。

「これは……すごいぞ」


 モモカの三味線が小気味よい速さの曲を奏でる。まるで戦いのリズムに合わせるような猛々しい曲である。


 ミルバの右斜め後ろからツララが木刀を投げる、それも躱すと、木刀には紐がついており、くるりと回転してツララの右手に戻った。

「投げ物にもなるのか……」


 ミルバの無骨な顔がほほ笑む。

 ミルバは生粋の歩兵騎士であり、この戦いが楽しくなっていた。

 しかし、気が付けばすでに3人の騎士が転がされ、退場して行くところだった。


「やるねえ」

「ミルバ様こそ、なかなかお強い!」

 何度か打ち合ってマソホが言う。


 くノ一たちも楽しそうだ。

 とうとう最初の5人はミルバだけになった。3人に囲まれるとさすがに防戦一方になり、上下から迫る木刀を避けるために、床に手をつき、体を一回転させると……


「ミルバ様、アウトーー」とヒムロがアナウンスした。

「あっ、つい……」

 ミルバは悔しがった。もう少し手合わせしたかった。それほどくノ一たちは強かったのである。


「はいはい、ケガ人はこちらですよー」

 とアカネとアゲハが騎士の1人を救護場所に誘導している。そこには敷物が敷かれ、白魔導士が待機していた。

 手をくじいたらしい。


「さて、次は10名様、どうぞー!」

「「おー!」」

 と次の騎士たちはやる気満々である。くノ一たちの強さを見て手加減など無用なことがわかったのである。


 その間もずっとモモカは三味線を鳴らし続けている。

 しかも、ときどき向かって来る騎士たちを足技で転ばせているのである。


 騎士たち10名は、まず5名が練習用の剣でくノ一たちに斬りかかる。時間差で5名が続くはずであった。

「「うわっ?」」


 騎士たちの足元に紐のようなものがいきなりピン、と張られ3人の騎士が避けきれずに引っかかって転ぶ。

 ツララの鞭であった。あらかじめ床に鞭を伸ばして置いておき、騎士たちの突進とともにツララとマソホが両端を持って左右に広がったのである。


「卑怯ですが、これが忍者の戦い方です!下に長い紐や小さな黒いものがたくさんなど、不自然なものが落ちていたら注意してください」

 とヒムロが説明する。


 3人の騎士が「いやあ、これはまったく気が付かなかった」「くううう」

 と悔し気に退場する。


 薄暗い会場では夜目の効く忍者がかなり有利なのである。

 残った7人はいったん態勢を立て直し、盾を構えた。


「いいですね!忍者にとって、盾はかなり脅威です。手元が見えにくいので攻撃が読みにくいし、手裏剣も防がれます。忍者との戦いでは小さいものでもいいのでぜひ盾を有効にお使いください」

 ヒムロのアナウンス。


 しかし。くノ一たちは盾に対する手段も持っていた。

 ヒスイが跳躍する。騎士たちの後ろに回ったのである。

 驚いて振り向く前にヒスイの木刀が盾を持つ左手を打ち、体を低くかがめて右足をくるりと回転させた。

 騎士2人が転がされた。


 ヒスイの動きはかなり早い。接近に気が付いて剣を振っても次の瞬間には別のところに移動している。

 騎士たちは平野での横に広い戦には慣れているが、忍者たちの縦の空間も使う戦い方は初めてであり、二刀流のように手数の多い攻撃も初めてだった。


 実際に戦っている騎士も見学の騎士たちも忍者の戦い方の恐ろしさを正しく理解し始めていた。

 残った5人の善戦もむなしくくノ一たちに尻もちをつかされてしまった。


「次!いよいよ忍者7人対騎士35名による集団戦です!」


「下忍3人はどこに?」

「騎士様方の中にいます!」

「「えええええっ?」」

 ちゃんと数えると騎士側に38名いるのだが、ヒムロに言われるまでだれも気が付いていなかったのである。


「忍者がよくやる戦法のひとつで敵と同じ装束をまとい、攪乱します。さあ、味方の中の敵をうまく見つけられますかどうか。集団戦、開始!!」

「「これはこわい……」」

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