第35話 美少女騎士登場
――ローシェ王国騎士団演習場――
「お初にお目にかかります、
ヒムロは一礼した。忍者装束である。頭巾はしているが口布はない。
ギョロリとした大きい瞳、がっしりした体格と四角い顔、硬めの髪を一つにくくっていて毛先は茶せんのように揃えている。
ぱっと見は肉屋のおやじのように見えるのがヒムロの特徴であった。
この演習場は城の中にある広場で、200人が一度に戦闘を行えるほどの広さがあり、周りを高い城壁に囲まれている。
演習を行うのは忍者側15名、騎士団側は50名。騎士団は全員が手合わせ希望してきた者たちである。
他に見学に来た騎士も10名ほどいる。
その10名の鎧はすばらしく華麗で、かなりの名家の出身であることは見てとれた。
ただ、顔はにこやかとはとてもいえない、むしろ今からどんなクレームを付けようかと狙っている嫌な表情だった。
サカキは今日は忍者装束で髪と口元を隠して見学に回っていた。
王女の愛人としてサカキの名と顔は城中に知れ渡っており、訓練に影響を与えるのはよくない、との判断である。
「昨日、忍者が使う武器のうち、手裏剣、槍、苦無のご紹介をいたしましたが、今日は忍者刀と苦無のみでお相手することになっております」
若い忍者が一人進み出てくる。
「彼はアキミヤ。まだ若い下忍ですが、彼が忍者の基本の戦いをお見せいたします」
ヒムロが紹介し、アキミヤは初々しい所作でぺこり、と頭を下げた。
「さて、初戦のお相手は……」
騎士団たちの中から数名、手を上げた。
「では、第一歩兵隊隊長、ミルバ・マルロンド様、どうぞ」
顔にいくつも傷のある、立派な口髭の騎士が前に出た。
「私の名を知っておったか」
「はい、ご勇名よく存じております」
そう言われて悪い気はしない。
ミルバは軽装鎧ではあったがベテラン騎士のようで直剣と小さめの盾を持ち、丁寧に頭を下げる。
「よろしく頼む」
礼節を重んじる騎士に相応しい所作である。
アキミヤもミルバに対して恭しくお辞儀をする。
「よろしくお願いします」
ヒムロがうなずき、手を上げた。開始の合図である
「では――」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ちょっと待ったアアア!!」
2人の間から急に白煙が湧きだし、男の声がした。
忍者たちは何事か?!と武器を構えたが、騎士たちはなぜか目を背けている。
煙の中から現れたのは。
「宮廷一美しい吟遊詩人にして白魔導士!我が名はピエ~ル!」
と巻き舌気味に声高々に宣言して右手を胸に、左手を空に向けてポーズをとった。
白ユリの花があたりに舞い散った。幻影魔法である。
「そして!!」
煙の中からもう一人湧いた。
「宮廷一優雅な宮廷絵師にして白魔導士!ジャック!!」
白いハトたちが一斉に空へ飛び立った。右手を顎に添え左手はくの字に曲げている。
「さらに!」
まだいた。
「宮廷一強い宮廷調理人にして白魔導士!ニコル!!」
なぜかセロリが舞った。自前のエフェクトらしい。彼は両手の平を後頭部にあて、腰をクイッとひねった。
「「「3人合わせて我ら、美少女騎士ヴァネッサ・ヴァレリー様の婚約者にして麗しき親衛隊、参上!」」」
3人とも金髪や、薄い茶髪を綺麗にカールさせ、青や緑灰色の瞳でそれなりに美形とはいえるが、化粧過剰であった。
忍者たちはポカンとしている。
騎士たちの数人が頭を抱えている。
「「「さあ、ヴァネッサ様!その華麗なお姿を皆様にご披露してください!!」」」
見学者の中で最も立派な鎧を着た騎士が座り込んだ。
「だれが……呼んだ……」
いまにも気絶しそうである。
今度はピンクの煙がモクモクと立ち上り、その中から現れたのは……。
「「「騎士?」」」
始めて見たものたちは首をかしげた。
ヴァネッサ様とやらは騎士の鎧らしきものは着ていたが、胴の真ん中にピンクのリボンを付け、鎧の表面はキラキラ光るビーズで埋められていた。
「ヴァネッサ・ヴァレリーである!」
シャキーン!と自分で名乗りと効果音を口で言いながら、右足をくいっと上げ、腰をひねり、両手の人差し指で自分の顔を指さした。
彼女が考える、最高にかっこよいポーズだった。
声はまだ子供のものだ。10歳くらいだろう。
頭には兜ではなく額飾りをつけている。柔らかそうな金色の髪は大きなピンクのリボンでツインテールに結んでいる。
瞳は青く、なかなかの美少女であるのは間違いない。
「「「ヴァネッサ様、かわいいーー!!」」」
親衛隊が鳴り物入りで応援している。ドンドンパフパフ。
ヴァネッサが歩くとガションガションと音がした。
鎧が大きいのだろう。
「ちちうえ!!見ててくださいね!ヴァネッサが今からわるいニンジャどもをバッタバッタと倒して見せます!!」
「ああああああああ」
立派な鎧の騎士が頭を抱えてのけぞった。
「ほら、見て!ちちうえが感激してらっしゃるわ!」
のけぞっているのは彼女の父親シルバス・ヴァレリー終世公爵であった。
ローシェ王国において、王家以外で最も格式の高い名家であり歴代大臣を出す家柄であり立法最高機関六合会の1員でもあった。
その彼の一人娘、ヴァネッサはなぜか騎士になりたいと、周りの声も聞かず、勝手に見目の良いものを婚約者にし、好き放題を行っていた。
「忍者ども!そんな同情するような目でワシを見るなあああああああ」
ヴァレリー公爵、魂の叫びである。
忍者どもは彼から目を逸らした。
ヴァネッサはミルバを見て、首をくいっと横へ動かした。
「ひょっとして、私、これで退場?」
ミルバはがっくりとうなだれてトコトコと騎士の群れの中に帰って行った。
公爵令嬢には逆らえない。
「さて、ニンジャ!じんじょうに勝負ううううう!」
「ひっ!」
アキミヤはすっかり腰が引けている。
ヴァネッサは自分の体の半分以上もある剣を両手でよっこいしょ、と持ち
「やあああああ!」
と突進し、剣を突き出した。
「はれ?よけられた?」
アキミヤは避けてはいない。ヴァネッサが目をつむって突進しているのでアキミヤのいないほうへ自分が勝手に突撃しただけである。
「よけるとはヒキョーなり!」
恐らくそういう理由で卑怯と言われた忍者はアキミヤが初めてだろう。
アキミヤは捨てられた子犬のような目でサカキを見た。
その目は
(……ケテ……タスケテ……)
とサカキに訴えかけている。
サカキもあまりのことに意識が飛びかけていたが、なんとか自分を取り戻した。
少し考えて、
(やられたふりしてやれ)
とアドバイスした。よく里で子供と遊んでやっていた経験が役に立った。
(わ、わかりました……)
「はっ」
頭がショートしかけていたヒムロも自我を取り戻した。
「困ったことになったな……この次の対戦もあの子が独占する気じゃないか……?」
「今度こそ!やあああああああ」
とまたヴァネッサがアキミヤに突撃する。今度も別方向へ突進しようとしたのでアキミヤは彼女の進行方向へ回ってやった。
チョン、と剣の先がアキミヤの腹を突っついた。
「わあ、やられたー」
とアキミヤが腹を抑えながら倒れる。
「まあ、当たった?やったーー、やりましたよ、ちちうえーー!!」
満面の笑みで飛び上がって喜んだ。
ガッションガッションと鎧の音が鳴る。
「ヴァネッサ……、よ、よくやったな、そなたの雄姿は十分見せてもらった。ほら、危ないからこっちへ来なさい……」
この数分ですっかり老けてしまったヴァレリー公爵が助け舟を出してくれるが。
「いえ、まだまだです!さあ、次は2対1ですよー!」
忍者たちは「「なんだこれ……」」と呆然とし、騎士たちは「「またこのパターンか……」」と諦め顔である。
今までにもこのようなことがあったらしい。
しかし――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「うあああ。まいりましたー」
「やられたー、騎士様はお強いですな!」
対戦相手の忍者たちは最初こそ戸惑っていたが、なんのことはない、子供の遊びに付き合うだけだ、と思い直して彼女が喜ぶような演出をしてやることにしたのだった。
わざとゆっくり木刀で斬るふりをし、「騎士様、ここです。ここ」と彼女の剣を誘導し、木刀をうまく止めたかのように見せたり、彼女が満足するまで遊んでやった。
特に、ヴァネッサが剣を持って一回転すると、周りにいた忍者たちが一斉にぶわっとふっとぶ遊びが気に入ったようだ。
そのあと自分がコロンと転んでいたが、忍者たちの絶妙な吹っ飛び方が小気味よく、晩秋の晴れ渡った空に幼い少女の笑い声が絶えまなく続いた。
その様子を見て騎士たちも、忍者に対して認識を変えることになる。
ただの暗殺者集団だと思っていたが、忍者も同じ人間であり子供にも対応できる度量も持っている。
なによりも子供が笑っている姿は大人たちにとっても代えがたい宝石のような価値がある。
子供たちが、女性たちが、老人たちが。
弱き者たちが笑っていられる国を守る。それが騎士の本分である。それを思い出したのだ。
ヒムロが頃合いを見て訓練の終わりを宣言すると、美少女騎士に向かって拍手が起きた。
ヴァネッサは小さな顔を真っ赤にして、鎧のフリルの部分を両手で持ち、右足を斜め後ろ内側に引き、左の足の膝を軽く曲げるという、貴婦人の挨拶をした。10歳でもきちんとしたレディーのふるまいであった。
親衛隊は感涙していた。
さすがに疲れて眠くなったようでヴァネッサは
「ちちうえー」とシルバス・ヴァレリーのところへてってって、と駆け、公爵は愛おしそうに1人娘を抱き上げた。
ばつが悪そうな顔で公爵は忍者たちに向かって
「娘がすまぬことをした。いずれ借りは返す。扱いに感謝する」
と声をかけ、共の者たちを引き連れて退場していった。
父親にだっこされながらヴァネッサが振り返り手を振る。
「今日はありがとー!ニンジャ、だーい好き!」
「「「ほわあ……」」」
忍者たちは疲れていたが、子供のだーい好き!は疲労感を吹き飛ばす威力がある。
「演出か……これは使えるな」
ヒムロが何やら考え込んでいる。
訓練が終わったあと、ユーグが
「ガツン、と来ただろう?」
と笑いながらサカキに語った。ヴァネッサをあの場に呼んだのは彼らしい。
「ヴァレリー公爵にはかなり効いたな。だが騎士たちどころか我らにもガツンと来た。おかげでヒムロに変なスイッチが入ったぞ」
「へ?」
その意味をユーグは後に知って卒倒するはめになる。
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