第34話 2つの忍軍の事情

 ――忍軍仮詰め所――


 ローシェ忍軍の数は順調に揃って来たが、桔梗の者と山吹の者との規律の違いが軋轢を生んでいた。(※サカキの属していた龍田藩には2つの忍軍の里が存在し、それぞれが違う忍務を担っていた。サカキは山吹忍軍。里同士の交流はほぼなかった)


 ヒムロは、ある程度は抑えていたが、不満は徐々に溜まっており、それを一気に爆発させる方が解決は早い、と判断し、サカキに仲裁を依頼した。

 これはかしらがやるべきことなのだ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


「だから!俺たち桔梗の者は山吹の連中と同じ宿舎には入りたくないと何度言ったら……」

「わがままを言うな!我らは助けられた身ぞ。贅沢を言える立場ではない!」


 忍者装束ではなく秋津の農民の着物を着た2人の忍者が、言い合いをしていた。

 彼らの後ろにはそれぞれ桔梗の者、山吹の者が綺麗に分かれて見守っている。

 城内の一角に騎士宿舎があり、そこを忍軍たちの仮住まいとしていた。


「理由を聞かせよ」

 サカキがかなり遠くから跳躍し2人の間に着地して言った。


「「サカキ様!」」

 忍者たちに動揺が走る。

 サカキは忍服を着て完全武装していた。


「は……その……山吹の忍則は緩すぎます!失敗しても死を賜ることはない、敵に掴まったときも自死せず、生きて味方を待てなど、忍者とはとても思えない。そんなものでは隊が引き締まらぬ!」

 太い眉と黒くて硬そうな髪の男は桔梗の中忍・イスルギ。

 中忍の中でも上位の忍者で歳は35。その歳まで生き残れるのはかなり手練れである。


 サカキは腕を組んで静かに聞いている。

 この状態の上忍は最も恐ろしいことを山吹の忍者は知っている。


 上忍は目線を動かさず、正確に手裏剣や苦無を周りの的に10本以上すべてを真ん中に当てることができる。

 そのスピードはあまりに早く、まったく動いてないように見えるほどだ。


「……俺は、下忍の時に3度失敗をした」

「――え?」

「もし俺が桔梗の忍者なら今ここにいない。上の四・ムクロや上の三・ケサギもそうだ。彼らも下忍時代はなにかしら失敗している。

 これがどういうことかわかるか?」


「……それは――」

「思い出せ、桔梗の忍者になぜ上忍がいないのかを!才能が開く前に芽を摘んでしまうからだ」

 サカキの声がビリビリと空気を震わせた。

 容赦ない反論である。


「それに、ヒカゲとヒムロは襲撃がなければ近々上忍に階級が上がっていたはずだった。

 これだけ多くの上忍を育てた山吹の忍則が緩いだと?」


 イスルギはうなだれた。返す言葉もないようだ。

 サカキはみなまで言わなかったが、桔梗忍者は死を恐れるがゆえに失敗したことを報告せず、もみ消すものもいたのである。

 そこまで追求してしまうと、逆上するものもいると思い、サカキは指摘はしなかった。


「敵に掴まったとき、どうなるか、知らなかったか?ギザギザのある石の上に座らされ、何段もの石板を抱かせられたり、縛られたまま数人に暴力を振るわれて肋骨が折れ、顔が倍に腫れあがるのを耐えろ、というのが緩い、と申すか」


「……いいえ……」

「死を名誉だと思うな。我らは武士ではない、忍者だ。

 どんな卑怯な手を使っても、泥水をすすっても、己の血が作った血だまりに倒れ伏そうとも、最後の息を吐ききるまで望みを捨てるな、生きろ!生きて戻れ!それが忍者の本分だ!」

 騎士の精神とはまるで違う、これが忍者の、山吹忍軍の忍則であった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


「もう、桔梗も山吹もないのに……」

 様子を物陰から見ていたヒカゲがつぶやく。


「そうだな、まだ彼らは現実を受け入れ切れていないんだ」

 ヒムロは、ヒカゲの肩をぽん、と叩きながら言った。

 これは本格的に一つの忍軍としてまとめ上げないとな、と、ヒムロは身を引き締めた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 サカキの顔がふ、と緩む。

「イスルギ、不満があるのは悪いことではない。そもそも桔梗はいくさ、山吹は諜報が主な仕事だった。考え方が違うのは仕方ない。

 ただ、貯め込むな。これからは小出しにしてくれ。できる限り双方で改善していこう」


 イスルギは、軽く息を吐いた。

 サカキの折衷案にほっとしたのだ。


「はい、愚かなことを申しました。お許しください」

「この件はこれで終わりだ。それから、ロルド様から言い知らせが届いた。

 忍者宿舎の予算が降りてさっそく着工されることになった。秋津風の建物になるだろう」


「「「おお」」」

 と忍者たちから歓声が漏れる。


「畳もあるぞ」

「「「おおおおおー!」」」

 みな飛び上がって喜んでいる。忍者なのでかなり高く飛んでいる。中には宙返りするものもいた。


 桔梗忍者の一人が

「おい、イスルギ、山吹とは同じ宿舎になりたくないんだろう?お前はここに残るか?」

 と茶化した。


 イスルギは一瞬怯んだが、畳とプライドを天秤にかけた結果、畳の魅力には勝てなかった。

「何を言ってる、忍者宿舎に行くに決まってるだろう!」

 周りの忍者が呆れて笑った。忍者は手の平返しも早かった。


 苦笑するサカキにヒムロとヒカゲが走り寄って来た。

「サカキ、いい感じだ。まだ全部解消されたわけではないが、あとは俺でできる。残りは……騎士たちと忍者たちの間の軋轢だな――」


「相当か?」

「一部がな。たいていの騎士はまだ忍者をよくわかっていないので態度は保留が半分、忍者に興味津々なのが半分といった具合だ。


 ただ、爵位持ちで名門の騎士たちからはクレームが届いている。『護るべき立場である我々がなぜ異国の忍者などに守られねばならん。騎士として屈辱である!』とね」


 実際、その一部の騎士たちの拒否行動をモロに受けていたのがサカキである。目が合っただけで睨みつけて来る、教練を頼まれて指定された場所に行ってもだれもいない、道を歩いていると上から植木鉢が降って来る、などが日常茶飯事になっていた。


「まあ、そういうのもいるだろうと思ったが……これはユーグ殿のお力を借りるか」

「それがいい。ユーグ殿なら誇り高い騎士の御し方はよくご存じだろう」


「ああ。今日は午後から忍者の訓練の見学に騎士たちが来る予定だったな?」

「うむ。これは自由参加なのでどれくらい来るかはわからないが、手裏剣投げ、棒術の手合わせ、苦無の手合わせなど、軽めのものをお見せする予定だ。各所に説明役の忍者も配置する」


 サカキは戦闘に関してはエキスパートではあるが21歳で若く、こういったイベントを企画・準備し、根回しし、実際に運営するには経験が乏しい。

 ヒムロは実務に秀でており、サカキは彼が生き残ってくれていたことに感謝しかない。

 襲撃がなければ実務の優秀さで上忍になった初の忍者になったかもしれないのだ。


「ヒカゲ、お前は?」

「苦無の手合わせに……」

「そうか、うまい具合に手加減するようにな」

「そういうの、苦手……」

 ヒカゲは自信なさそうに下を向いた。サカキはその頭をぽん、と軽く叩いた。


 ヒカゲは17歳の若さであるがすでに戦闘能力は上忍レベルに達している。

 人間関係には不得手な反面、戦闘時では常に冷静沈着、無駄な思考がなく危機にも機械的に処理できる。

 なによりも彼の強みは、見た目がまったく手練れの者に見えない、ということであった。

 あとは、彼に足りない、人としてのふるまいをヒムロについて修行中なのである。


 明日は午後から初の騎士と忍者での合同訓練が予定されている。

 第1回ということなのでまずは1対1、2対2、5対5の手合わせである。

 忍者側も手始めなので特殊な攻撃はせず、忍者刀、苦無での応戦をする。

 騎士は盾と剣である。


 忍者の戦い方の基本を覚えてもらうための訓練である。

 サカキはユーグ大将軍にその旨と、忍者を拒否する一部の騎士たちのことで相談に行った。


「それはワシも気にしていた。ここは一発ガツンとやるしかないな、ガツンと!」

 とのことだったので、そのガツンに期待することにした。

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