第33話 おにぎりと手裏剣型のクッキー

 ――王女寝室――


 サカキとイリアティナ王女は揃いの薄物の襦袢を着て、王女は4人くらいは横になれる大きさの寝台の上に、サカキはその近くに椅子を持ってきて座っていた。

 襦袢はサカキのものを見て王女が自分もこういうのが着たい、とお針子騎士団に注文したものである。

 ちなみに、騎士団とは関係がない仕事集団でも「騎士団」と名をつけておくと予算が通りやすいので王国には200以上もの騎士団が生まれるはめになってしまったのだった。


「じゃーん!」

 と王女がドヤ顔で枕の後ろから差し出して来たのは――


「おにぎり……」

「そう!私が作ったの!アカネにあなたが好きだって聞いたから……お夜食にどうかなって」

 王女は期待に満ちた顔でニコニコ笑っている。


(アカネ……俺がおにぎり好きだったのは10歳の時の話だぞ)

 それに、今のサカキはおにぎりが苦手になっていた。


 初めての房中術訓練で乱暴されたあと、気を失って起きたら布団の中で寝間着を着て寝かされていたことを知った。

 枕の側には綺麗に三角に握られたおにぎりが2つ。


 担当はイヌイ、という中年の男だった。

 実直で今までそういったトラブルは一度も起こしたことのない男だったから、自分でも予想外の結果だったのだろう。

 おにぎりは彼の罪滅ぼしのつもりか。それとも別の人物か。

 しかし、イヌイはその日のうちに里を追放されたためにサカキにはそれを置いたのがだれかはわからなかった。


 王女が握ったおにぎりはかなり大きくて、しかも丸いのか四角なのか三角なのかよくわからない形をしていた。

 だが、ちゃんと竹の皮の入れ物まで用意していて力の入れようが見て取れる。


(……一生懸命、作ってくれたんだな)

 サカキにほろ苦い感情が浮かぶ。姫の気持ちは素直にうれしいと思った。

「ありがとうございます、姫。ええ、おにぎりは好きです」

「よかったー!食べて食べて!」

「はい、では1つずついただきましょう」


 過去に経験したことがもう一度経験してるかのように鮮やかに蘇ってしまう異能:写景刻。サカキはそれに対応できるように記憶を整理している。


 サカキは『おにぎり』の記憶の上に『王女が作ったおにぎり』という記憶を上書きした。

 次から思い出すのは王女の笑顔だ。


「中身はなんですか?」

「焼いたサーモン!サーモンはユークレア河上流で獲れるから、それを塩焼きにしてもらいました」

 とうれしそうに語る。

「いいですね、サーモンも大好物です」

「やった!」


 おにぎりは、小食気味のサカキにとってはかなり食べ応えがあったが、いい米を使っていて美味であった。

 サカキが絶賛すると王女はわーい!といって両手を上げて喜んだ。


 窓の外には上弦の月。

 サカキはおしぼりで手を丁寧に拭ってから篠笛を取り出した。

「姫、お礼に笛をお聞かせしましょう。これは篠笛といって横笛の中でも簡素な造りですがなかなかよい音がします」


 王女の目が思いがけない驚きで丸くなる。

「わっ、うれしい!秋津の国の笛なのね」

 うなずいて、サカキは椅子に座り、月の光を受けながら横笛に口づける。


 その様子を王女はうっとりと見た。

 サカキには月の光がよく似合う。


 サカキの笛の音は王女の部屋から外へ渡り、警らの騎士たちや白魔導士たちの胸を打った。望郷の曲である。


(サカキの失った故郷……やっぱり帰りたいよね……)

 イリアティナは、ローシェがいくら秋津風のものをサカキの周りに配置しようともそれは秋津ではない。

 故郷はなにものにも替えられないものだ、とわかってはいたが、改めて実感して悲しくなってしまう。秋津に帰してあげたい、けど、そうすると気軽に会えなくなってしまう。相反する心を悟られたくはないから、サカキの前では元気のないところは見せないようにしていた。でも。


(この音、なぜだろう……)

 王女は悲し気な旋律を遠い昔、どこかで聴いたような気がした。



 ――剣客用コテージ:翌日午後3時――


 サカキがドアを開けて居間に入ろうとすると――

「うわあーーっ、おいひいれす!ムクロひゃん、おいひいれす!」

「でしょう?姫のためにたくさん焼きましたからね」

「姫、こちらのお茶もどうぞ。オレ、お茶にはちょっと自信あるんです」

「ずびびびっ、すごい!渋みが上品で甘みが豊富!ケサギさん天才!」


 サカキの目の前が一瞬まっくらになった。

 せっかく威厳ある王女の姿を見せられたのに、こんなに早く素のモードもばれてしまうなんて。


「ひーめー、何をしてらっしゃいます?」

 頭を押さえながらドアを開けてサカキが問う。


「あっ、サカキー!見て見て、ムクロさんがクッキー焼いてくれたの!なんと手裏剣よ!手裏剣型のクッキー」

「今、会議中のはずですが……」

「いいのいいの、私だから!」


「この影武者さんすごいね!王女様そっくり!」

 ケサギとムクロがニヤニヤ笑いながらサカキを見る。

 とうとうサカキは右手で額を押えた。


「姫ー!!トイレ休憩もうとっくに終わってますよ、早く会議にもどってください!」

 とアカネがすごい形相でドアを開けて追いかけて来た。


 王女は器に盛ってあった手裏剣型のクッキーを敷紙ごと片手に抱え込み、テーブルの周りを走り出した。

 半周したところで軽くジャンプして振り返りざまに何かを3連続で投げて来た。


 シュシュシュッッ!


 王女の体が軽やかに一回転し、ドレスが花のように翻った。

 アカネは飛んできたものを身をかがめて躱し、上忍3人はそれが何か分かったので口で受け止めた。


「ばりばり。うまなこれ」

 飛んで来たのは手裏剣型のクッキーであった。

「ふっふっふ」

「ムクロはお菓子作り上手いよなあ。……しかし、今の振り向きざまの3連投、まだ狙いは甘いがもう中忍程度の技術もってないか?」

「……」

 否定できないサカキである。


「昨日の時は威厳はあるが運動神経はまったくない感じだった。なのに今は忍者並みになっている……」

 ケサギがつぶいた。


(やはり上忍、一目で見破るか)

 サカキは予想していた。


「そうだ、先日のは女王モード、とみなが呼んでいるが、運動能力も最低ランクだし、目の前に何かが飛んで来ても避けられないくらい動体視力もない。逆に素のモードでは頭のほうは残念になるが、運動能力は……今思ったのだが、おそらく異能:幻体目げんたいもくをお持ちだ。

 写景刻しゃけいこくに加えてそれまで俺と同じとは……」

 サカキが眉根を寄せた。


「「ええ……」」

 ムクロとケサギが目を丸くする。


 幻体目とは、自分のイメージしたとおりに体を動かすことができるという異能である。

 例えば、高い木の上に飛び乗れる、とイメージするとそのために必要な脚力が自動的に生成されて実際に飛べるようになる。


 ただし、自分の体力の限界を超えるようなことや、空を飛ぶといった実現不可能なことは別である。

 この能力の恐ろしいところは、他人の動きを見ることでそれを模倣することができる、つまり上忍の動きを見ればその動きを模倣することも可能である、というところだった。


 ムクロが顎に手を当てて小首をかしげた。考え込んでいるときの癖だ。

「それって……姫は基礎体力と訓練次第では忍者、それもかなり上に挑戦できる可能性を持っている、ということだよね?いや、それはあまりにも……」


 ケサギも浮かない顔である。

「幻体目は上忍の必須異能だが、自分の体力を知って正しい使い方ができないと危険だ。

 体の負荷が多すぎると骨折どころか足が吹っ飛んだりするぞ。

 サカキ、お前が幻体目の正しい使い方を教えて差し上げたほうがいい。

 もちろん、上忍まで、とは言わない。万が一、暴漢や暗殺者に狙われたときに身を守れるくらい強くなるのはいいと思う」

 ケサギの意見にムクロはうなずいた。


「それは確かに……」

 サカキもうなずいた。ロルドに一度相談しておくべきだろうな、と思った。


 真剣に考えている3人のことはそっちのけで王女とアカネはドタバタと部屋の中で追いかけっこをしていたが。

「姫さまー、私の分残しておいてください!」

「お前のものは私のものーー!!」

 と専制君主のような言葉を残して裏口から続く結節点に飛び込み、アカネもそれを追った。

 横にいた白魔導士が疲れた顔でぺこり、と頭を下げて続けて中に入り閉じた。


「「お供の方々も大変だな……」」

 3人もどっと疲れた。

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