第32話 ゾルの観光案内

 午後からはロルドに申し付けられていた町の散策に、道案内にゾルを伴ってアゲハと向かうことにした。

 ケサギとムクロはドルミラ村へ行くという。


「ぼ、僕が道案内ですか?なぜ……」

「方向音痴なのでな、頼む」

 サカキはバレバレの大嘘を言って笑った。

「おねがいします!」

 とアゲハも元気よく言った。


「……い、いいですよ……」

 ゾルは頬と鼻まで赤くしながらうつむいて承諾した。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 ローシェの首都リア・アルファテスは別名水の都、と言われるほど水路や噴水が多く、道路の側溝にも水が流れている。

 この、『流れる水』こそが白魔法の原動力らしい。


 3人は商業区:ポアーナを歩いている。

 この区は王城から続く大通りを真南に下ったところにある。

 区の東端には巨大な門が聳え、そこを通って外国からの通商隊がこの区へ流れ込んでくる。

 門を出て、さらに東へ進んで国境に達するとそこからは大通商路・アルスメイアに接続するという。

 大通商路はゴーデ大陸の約3分の2に達する長さがあり、20を超える国々の通商隊が引っ切り無しに行き来しているそうだ。

 今日は時間がないから見学はできないが、いつかまた行きましょう、とゾルが言った。


 ローシェ国内にある主要道は馬車5台が余裕で行違える広さがあり、円形を組み合わせた模様の焼レンガで舗装されていた。

 その道の上を、小気味の良い音をたてて荷車や馬車、よい身なりの人々が行き交っている。

 主要道は街の中心から放射状に東西南北へ伸び、その合間を小道が蜘蛛の巣のように張り巡らされている。


「ローシェは交易が盛んな国ですので、主要道はしっかりした建築基準に沿って作られています。

 この道も何度も修復しながらですが100年前のものが現存しております。

 また、この商業区は個人の行商人から大きな隊商、そして外国人観光客にも立ち入りが許されてまして、常に混雑しています」


 ゾルの説明はわかりやすく、若いのに非常に物知りであった。父親の影響だろうとサカキは思った。

 サカキとアゲハは街の構造を知るために何度か訪れているが、地面をちゃんと歩いて移動するのはこれが初めてである。


「砥石をご所望でしたね?この路地の奥に鍛冶屋があります。そこで購入できると思います」

「助かる。携帯用のものは持っているが小さくて不便でな。家に置くための大きいものがほしかった」

「アゲハさんのご希望のおいしいお菓子の店もその近くにありますよ、あとで行きましょう」

「はい!楽しみです!!」

 幸せそうなアゲハの笑顔をゾルもうれしそうに見ている。


 サカキは自分対象の人間関係ならたやすく見抜き、必要に応じて相手を篭絡したりもできるが、他人と他人の恋の行方、となるとさっぱりわからない。

 とりあえず二人が笑顔ならいいか、という感じであった。


「あーっ!アゲハちゃん!サカキ様!ゾルさん、お買い物ですかー?」

 と全員分の個人情報をバラしてアカネが駆け寄って来た。

 メイド服を着ているので勤務中なのだろう。


「アカネちゃーん!お買い物?」

 アゲハが手を体の前で小さく振る。

「うん、お城で使うものの買い出し。今終わったところだから、この先にオープンしたばかりのかわいい小物のお店があるんだけどいっしょに行こうよ!」

「わあ!ステキ!」


 とアゲハが声を上げ、くるりとサカキのほうを向いた。

 その目はキラキラと期待に輝いている。

 すでに店のほうへ気持ちが先に歩き出しているようである。


「いいぞ、2人で行って来い」

「「キャーー!!」」

 と2人が歓声をあげる。


 1時間後にここで、と約束し10代のキャピキャピ女子たちはササっと行ってしまった。

 残されたゾルのがっかりした顔に、サカキが同情する。


「こういうこともあろうかと女性の好きそうなお店いっぱい暗記したんだけどなあ」

 という独り言はサカキにはしっかり聞こえた。


「さて、俺たちは鍛冶屋で砥石を買うか…」

 男2人は地味である。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 鍛冶屋は騎士用の直剣や大剣の扱いが多かったが、日用的な道具もけっこうあり、砥石も美しい文様のずっしりしたものを見つけ、サカキは喜んで購入した。


「次はお菓子の店へ行く予定でしたが……」

 元気がなくなったゾルが言うと。


「ではそこへ行こう」

「えっ、男2人でですか?恥ずかしいですよ」

「アゲハへの土産を買おう。彼女も俺もその店は始めてだ。買って行けば喜ぶだろう。

 ちょうどいい、いつも世話になっている管理棟職員にも個別包装の菓子があれば買いたい」

「そういうことなら……」

 ゾルはちょっと元気が出たようだ。


 お菓子の店は女性もいたが意外と男性客も多い。おそらく女性への手土産だ思われた。

 秋津国もそうだったが、ローシェ王国も女性の人口は男性の5分の1と少ない。

 これは大陸全土の国に言えることで、各国は出生数を増やしたり女性の国外からの移住を増やすためにあの手この手で必死である。

 サカキが驚いたのはローシェでは1妻多夫制が条件付きで許可されていたことだ。


 街を行く人の中にも女性が両脇に男性を連れて歩くものが何組かいた。

 女性は税制で優遇されており、ある程度財力があれば2人以上の夫を持つことができる。

 秋津人にとっては信じられないことだが、未婚の男性を少しでも減らすため、ということならアリなのかな?とサカキは思った。


 サカキはアゲハが好きそうな菓子を選び、他に男性女性問わず食べられそうなクッキーをたくさん買った。

 ゾルもサカキに教えられた、アゲハが好きだという乾燥フルーツをふんだんに使った焼き菓子とヴァラッタというパイ生地を何層にも織り込んで焼き、甘い蜜をかけたローシェ土産の定番を買った。


 やがて1時間が過ぎたが2人が帰って来ない。

 アカネはともかく時間を忘れるようなアゲハではない。サカキとゾルは新店舗とやらに向かって走る。


「うわー、ほんとにかわいいねえ、お嬢さんたち」

「お茶くらいいいでしょ、もちろんおごらせていただきます!」

「ハイ、おー茶!おー茶!」


「そこどいてください、あとお土産返してください」

「お茶してくれたら返すし、この分も払ってあげるからさあ」


 2人は大勢の男たちに店から出てすぐのところで取り囲まれていたのである。

 アカネがサカキたちに気が付いた。


「あー!サ!むぐっ」

 アゲハがとっさにアカネの口をふさぐ。


「ウェルバ様ー!助けてー!」

 サカキは心の中でアゲハ、いいぞ!と親指を立てた。


「その子たちは俺の連れだ。去れ」

 サカキが人混みの中をずい、と進んだ。

 殺気をまとっており、男たちは「ひっ」と声を出して離れた。


 幸い彼らの中に血気盛んなものはいなかった。

 アゲハは取りあげられていた紙袋を取り返し、アカネといっしょにそそくさとサカキの元に駆けこんだ。


「ケガはないか?」

「はい、だいじょうぶです。びっくりしました、あんなに大勢の人が来るなんて」

「いつも数人くらいは声かけてくるけどあんなにいっぱいなのは初めてだなあ」


「ふむ、まあいい、あいつらの顔は全部覚えた」

「あれだけの短時間で?」

「ああ、そういう鍛錬をしているからな」

「忍者すごい……」

 ゾルが驚いている。


「アゲハ、その袋貸してみろ、変なものを入れられていないか確認する」

「は、はい、おねがいします……」

 サカキが取りあげられていたアゲハの紙袋の中身を確認していると、

「旦那様……どうかおめぐみを……」


 物乞いが足を引きずりながらやってきた。髪は伸び放題、着ている服もぼろぼろで汚れにまみれ、この寒空に裸足であった。

「いくらほしい?」

「……175」


 この物乞いが情報を持っているという符丁ふちょう(合言葉)である。

 サカキはうなずいて銀貨を一枚、男に放ってやった。


「ひえええ、これはお大尽様ーお大尽様じゃあ」

 と物乞い男はサカキの近くで両膝を付いて大げさにお辞儀を繰り返した。


(サカキ様、このところかなりの数の新顔が街に流入しております。商業区、工業区、遊興区と幅広く散っているようです。)

(どこからのものかわかるか?)

(秋津とアラストル。秋津は白露のものと思います。それ以外はまだわかりませぬ)

(よい、上出来だ)

 忍者にしか聞こえない矢羽音で会話し、

(そうだ、お前、その格好のわりに匂いが少ない。もっとキツい匂いにしないと目ざといやつにはバレるぞ)

(は、はい)


 サカキは金貨1枚を追加で放ってやった。

 物乞いは金貨を両手で包むようにして、また何度も頭を下げた。


 それを見ていたアカネが、傍まで歩いてきた。

「これで靴買ってください……」

 と銅貨1枚を物乞いに渡した。


 サカキとアゲハには彼が情報要員の忍者であることがわかるが、アカネは純粋に物乞いとして同情していたのだった。

(悪い子ではないのだが――これほど忍者に向いていないのは却ってすごい。あと、銅貨1枚では靴は買えないぞ)

 と心の中で突っ込んだ。


「おありがとうございやすううううううう」

 と物乞いは感極まってうずくまった。


 物乞いは来た時と同じように足を引きずりながら物陰に引っ込んだ。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


(これ以上の匂いかあ、あー変装するって厳しい……)

 物乞いの正体はヒシマルであった。


 忍者は普段は毎日風呂か水浴びをして極力己の匂いはしないようにしている。

 潜入が仕事の忍者にとって、体臭がキツイのはよくないのである。

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