第31話 鎮魂の笛

 その日はサカキのコテージでローシェ風の昼食をケサギとムクロを加えて4人でとった。(アゲハは自室で休憩中)

 丸く焼いたパンと茹でたじゃがいも、ウズラのソテー、ソーセージ、ヤギのチーズ、飲み物はぶどう酒、デザートはリンゴの蜂蜜漬け。

 この食事にもだいぶ慣れてきた。


 ケサギとムクロは隣のコテージ2号棟に剣客として住むことになったという。

「ワタシたちは異能の仕様上、大抵出ずっぱりだから、街の宿屋でも別によかったんだけどね」


 ケサギとムクロの異能は2人いて真価を発揮するという稀有なものだった。

 ケサギの異能は「霊鷹れいよう」。右手の力を霊鷹(鷹の姿をした霊体。本物と見かけは変わらない)に変え、自由に操ることができる。

 ただし、その間右手は動かせなくなる。


 ムクロは「鷹目ようもく」。鷹や鳥類の視力を自分に写し見ることができる。

 しかしその間、本来の目は物が見えなくなるため、力を行使するときは周りの状況にかなり気を配らねばならなかった。


 2人の異能を合わせることで、空から戦場の状況を逐一捉えることができる。

 また、味方にも鷹の動きで状況を知らせることもできるという、破格の性能をもつ異能であった。


 その便利さゆえに彼らがもたらす情報は自軍に大きく貢献し、他国に多額で売ることもできた。

 泰時の理不尽な重税に持ちこたえたのも彼らの働きがあってこそである。


「オレたちが里が襲撃されたことを知ったのは、開始してから4時間くらいか。

 直前にオボロからローダンへ行くように指示されていたので、羅生港から船に乗ったところ、繋ぎの奴がぎりぎり間に合った。知らせを聞いてオレたちは船から海へ飛び込んだ」

「泳ぐにはちょっと肌寒かったね」


 ローダンは内海を越えた南にある国で、陸路を行くといくつもの国を通らればならないが、バラル内海を船で行けば秋津の港から半日ほどで着く。

 バラル内海は秋津、フランツ、ローシェ、ローダン他多数の主要な国が接している重要な内海である。


 食事を終えてケサギは椅子の背もたれを抱くようにして座り、笠木かさぎ(背もたれの上部)に顎を乗せている。

「そのあとはサカキにタマ子(霊鷹の愛称)を使って伝えたが、空から里の惨状はムクロから伝わった。

 ……遅れてすまなかった。もう少し早く着いていればまだ何とかなったかもしれない」

 ケサギの顔が曇る。


「オボロは邪魔な上忍を遠ざけ、六だけにした。あいつ1人なら倒せると思ったんだろうな。

 ミヤビは、アゲハちゃんの話ではオボロが肩に担いでいたそうだね。あの方が動ける状態なら結果はまったく違っていただろう」

 ムクロの顔も暗い。


「念入りに計画されていたんだな……」

 サカキはギリリと唇を噛みしめた。


「サカキ、お前がローシェ軍を率いてきた時は目を疑ったよ。

 ヒムロから聞いたが姫を暗殺しにフランツへ行ってたんだろう?いったいなにがどうなって――」

 ケサギが問うと。


「ひと目惚れされた」

「「あー」」

 その一言で2人は概ね察した。


「で、ミヤビの話に戻るが、彼女はずっと脇坂城の奥の部屋に寝かされていただけで特に拘束や無体なことはされていなかった」

「その様子をずっとタマ子の目で追って隙を伺っていたんだが、この異能、一日5時間が限界でね。

 自分の視線にもどったあともしばらくボヤけた状態になるんだ、頭痛もひどいしね」


 そういう条件があるゆえに、彼らは人目につかないところで行動せざるを得ないのだ。

 オボロは山吹の里の最強の忍者に加えて冬刹の使い手である。

 迂闊には近づけなかった。


 ムクロは長椅子を独り占めして足を延ばし、背を長椅子のひじ掛けにもたれさせてくつろいでいる。

 長椅子を奪われたサカキは椅子に普通に座っていたが脚が長すぎてうまく収まらず、脚を組んだり、伸ばしたり、椅子の上で胡坐をかいてみたりしていたがどれも落ち着かずにしょっちゅうポーズを変えていた。

 結局、左足を伸ばし、右足を腰板にかけ、右膝を両手で抱えてこじんまり座る、に落ち着いた。


 全員およそ忍者らしくない座り方である。これが畳の上なら胡坐ですむのだが。

 休憩が終わったアゲハはその様子を少し離れた、台所近くにあるスツールに座って笑いをこらえながら見ていた。

 彼女はあくまでも繋の役なので、話に入ったりはしないが、きちんと聞いておく必要がある。


「これはワタシの失敗だけど、休憩時間にやられた、ミヤビは自分で起き上がり、2名の武士を連れてローシェ城に乗りこんで行った……申し訳ない」

 ムクロの目が赤くなる。


「こいつは連続の鷹目でいつもより症状がひどくてな。と言い訳したところでミヤビは帰って来ない。

 オレたちのせいだ、心からすまないと思っている」


 ケサギも目が赤い。上忍たちは全員がミヤビの春誕鬼しゅんたんきに世話になっている。

 それ以外にも格闘術の稽古をつけてもらったり、精神的に追い込まれたときのケアもミヤビが担当してくれていた。

 山吹忍軍にとっての癒しの存在であった。


「謝るな。お前たちだけのせいじゃない。俺もどこかで勘付けていたら……。

 しかし、こうなってしまった以上ミヤビのことはいくら悔やんだところでどうにもなるものではない。

 今はこの国でバラバラになった組織を再編し、ローシェ忍軍を作り、戦力を上げる準備に取り組まねばなるまい」


「ああ、そうだな。そして山吹の里を取り返す」

 3人は互いの目を見てうなずく。


「それには壊滅した山吹と桔梗をひとつにまとめなければな……だが、桔梗の一部のやつら、山吹をかなりバカにしていたけどだいじょうぶかな?」

 ムクロが不安げな顔だ。


「いろいろと問題は持ち上がっていたが、そのへんはヒムロが上手くやってくれている……が最近、宿舎のことでまた不満が生まれているようでな、あとで行って来る。

 まずは、偽のオボロの他人の体を乗っ取る異能、とりあえず「転魂てんこん」とでもしておくか、その条件を早急に知りたい。あれが一番の脅威だ」

「同感だ。ああいう特異なのにはかなり厳しい条件があるはずだ」


「俺も動くが、アサギリの糸(情報網)にも探らせる。

 ケサギとムクロももう網は張っているんだろう?何かわかったらすぐ連絡してくれ」

「「わかった」」


「そうだ、忘れるところだった、ほら、これ。」

 ムクロは椅子から立ち上がり、手を後ろに回して取って見せたのは――


「俺の篠笛しのぶえ……燃えてなかったのか」

 サカキは驚いてムクロを顔を見た。


「ああ。お前の家は全焼していたが、不思議にこれだけ残っていた。

 あちこちに焼け焦げがあったが、職人に削ってもらって綺麗になってる。幸保殿の側室様にいただいたものだろう?」


 サカキがうなずく。

 20歳で上忍になったとき、脇坂幸保(前城主)から名刀月牙を、側室のカナエからは「古竜」の銘を持つ篠笛を賜っていた。

 幸保の正室トモエはサカキが生まれる前に亡くなったと聞いている。それ以来側室が正室の役目を担っていた。


「よかったら今度聴かせてくれ」

「ワタシたち、ほとんど里にはいなかったからね、聴く機会がなかったんだ。でも噂では聞いてたよ」


「今聴いて行け。礼だ」

 忍者に今度、が来るという保証はない。

 サカキが大きく息を吸いこみ奏で始める。


 それはたいそう物悲しく、時には優しく、時には凛とした美しい音――鎮魂の曲だ。

「しびれるねぇ……」

「たまらないね……」

 2人の口癖である。それが出るのは久々のことだった。

 やっとそういう日常の言葉が出る時間が戻ってきた。

 ケサギもムクロもアゲハも瞑目し死者を想った。

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