第30話 王女来訪

 一同が開いたドアを見ると、錫杖を持ったイリアティナ王女が立っていた。女王様モードだ。

 美しい青い瞳が興味津々に輝いている。

 左右にユーグとロルドが控えていた。3人は恐らく新参の上忍たちを検分に来たのだろう。


 王女は今日は淡い水色のドレスに袖や襟元に白いレースを何重にも縫い付けた可憐な出で立ちである。

 先ほどまでぜんぜん気配がなかったので、今、結節点を通って来たところなのだろう。


 この剣客用宿舎は高位の白魔導士が大勢控えているので、王族の一時避難場所としても使用されることもあり、王族専用の結節点が作られているという。


「アポイントもなしで申し訳ない。上忍の方々が来られたと聞いて急ぎ参った」

 王女はにこやかに微笑んだ。

 その微笑みはまるで大輪の白薔薇が花開くようで、周りの空間まで輝きを増したように見える。


「あれ?後ろに豪華絢爛な宮廷が見えるよ……」

 ムクロが目をしばたたかせてつぶやいた。


 ケサギも

「眩しい!すごい眩しい!なにこれ!」

 と周囲には聞こえないほどの声で慌てていた。


「サカキ、そのお2人を紹介してくれないか?」

「では僭越ながら。こちらの3つ編みのほうが上の四ムクロと申します。狼の尻尾みたいな髪のほうは上の三ケサギです」


(ちょっと、もっとマシな紹介してよ!超強いです、とかさ!)

(これで十分だ)

 忍者にしか聞こえない矢羽音という会話方法でこっそりやりとりする上忍たち。


「ケサギ殿とムクロ殿。私はローシェ王国の王女、イリアティナ。

 こちらの大きい熊みたいなのはユーグ・オスロー将軍、粉屋のおやじみたいなのはロルド・ヴァインツェル宰相です。どうか楽になされよ」


「「姫えええ、もうちょっとマシな紹介を……」」

 どっちもどっちだった。


 ムクロが右ひざを着き、右手を左胸にあてて深くお辞儀をした。

「お目にかかれて光栄です。太陽の光のようにお美しい王女陛下。

 私は騎士ではありませんがどうかあなたの僕(しもべ)の一人に加わることをお許しください」

「それは願ってもない、許します」

「ありがたき幸せ」


 ムクロは迷いなく王女に忠誠を誓った。彼は即断即決なところがある。

 サカキがそっとケサギに呼び掛ける。

「……ケサギ?」

 ケサギが挨拶する番だが、彼はしばらく固まって動かなかった。と思うと。


「失礼いたしました。王女陛下のあまりのお美しさに呼吸をするのを忘れておりました」

 と、華やかな笑みを見せた。彼は男性的な美貌の持ち主である。

「まあ、ホホホ」

 と王女が口元に手をあてて笑った。


 女王モードの姫が声を上げて笑うことなど滅多にない。

 このケサギという男、なかなかやるな、とユーグとロルドは小声で言った。


 ケサギは山吹の里でも女好きで有名で、その守備範囲は赤ん坊から老女まで。

 つまり女性であればだれにでも優しく親切にするタイプであった。


「お上手ですこと」

「私もムクロ同様、忍者ではありますが、あなた様に忠誠を誓います。どうかお許しを」

「許します。忍のものとして私に力を貸してほしい。が、まずはこの国をよく見て知ってほしい。

 いったい何が起きているのか、そして何が起ろうとしているのかを」


「「ははっ!」」


 深く礼をするケサギとムクロにうなずいてから、王女はサカキを見た。

 目の合図だけでサカキには意味がわかる。

 さっと王女の側へ寄ってひざを着き、耳を王女の口元に近づけた。


「今宵、空いておるか?」

 小さな声で王女が問う。

 サカキはうなずいた。

「では、これで」と王女が下がろうとしたとき、サカキが王女の耳元にささやいた。

「新しいドレス、よくお似合いです」


 王女の顔がパッと輝いた。

 本当はサカキに新しいドレスを披露するほうが目的だったかもしれない。

 うれしそうに笑みを見せてドレスを翻した。

 サカキは王女のドレス200着以上をすべて記憶していた。


 錫杖の硬質な音を響かせ、3人は来た時と同じように、コテージのすぐ横に開いた結節点を通って消えた。


(あのモードで誘われると、ぐっとくるな……)

 サカキは密かに思った。

 誘われる、とは言っても寝かしつける役目だが。


 3人が去った後。

「うわあ、オレ、王女様に見とれてロルド様とユーグ様にご挨拶してなかったよ!」

「ワタシもワタシも!直にお会いしたの初めてだったのに」


 ケサギとムクロが2人して頭を抱えている。

「今回は、用があるのは姫だけだったから別にいいんじゃないか?」


「「そういう問題じゃない!」」

 と二人に同時に怒られてしまった。

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