第29話 過去の因縁

 サカキは腕を組んだまま答える。

「別に怒ってない」


「いや、怒ってる!だって、あれからずっとオレたちにしゃべりかけてくれないし、目すら合わせてくれなかったじゃないか!」

「いや、あれは……」

実際、6年もの間、サカキは忍務以外では2人との接触を極力避けていた。


 適当な言い訳をしようと思ったが、サカキは自分がやっていることが10代のゾルとそう変わりないことに気が付いて改めた。

(正直に言うか……)


「確かに、15歳の時点で男相手の訓練をサボってた俺に、あんたら2人がかりでたっぷり稽古つけてくれたな」

「その節は……本当に……」

 2人がシュンと首を縮めた。


「絶え間ない快感と終わらない絶頂、まさに地獄だった。

 だが、後になって俺が訓練を付ける側になってようやくわかった。

 あれはやる方にとっても地獄だったんだな」


 ムクロとケサギが顔を見合わせた。

 サカキの言葉が意外だったようだ。


「だから、怒ってない。2人が我欲によってあんなことをしたのではないのは最初からわかってはいたし。

 それに、2人が教えてくれたことは、全部役に立った。1つも例外なく、だ。あんたらがいなければ俺は上忍にはなれなかったはずだ」


「わかってくれたのはうれしいけど、じゃあなぜずっと目を合わせてくれなかったんだ?」

「……一矢も報いることができなかったから……」

 けっこうな間を開けてからぽつり、とサカキが言った。少し頬が赤い。


 ムクロとケサギが立ち上がり、互いを見て苦笑した。

「サカキ、お前、覚えてないのか……?」


「……何を?」

「訓練が終わったあと、ムクロがぐったりしてるお前に服を着せようとしたら、お前、ムクロの胸倉をつかんで体を返したんだよ。右手は喉元にかかってた」

「……覚えていない」


「無意識だったのかな?だからワタシも読めなかったのかなあ。

 もし君が右手に暗器を持ってたら、ワタシは間違いなく死んでた。

 君は下忍でありながら上忍に一矢報いたんだよ」

 ムクロは、自分の喉に人差し指をトントン、とあてた。


「そうだったのか……俺は、ちゃんと……」

 サカキの口元にほろ苦い笑みがこぼれた。

 6年もこんなくだらない気持ちを抱えていたのか――


「そのあと、気絶しちゃったけどね」

 とムクロはどこかうれしそうに言う。


「俺は、もっと早く話し合うべきだったな……」

 後悔するサカキの言葉に続いて。


「はい、みなさま、お茶が入りましたよ。秋津産の緑茶です、どうぞ」

 アゲハが淹れたてのお茶を持って来た。

 おおお、と3人から歓声が漏れた。


「アゲハちゃん、いいタイミング!完璧!」

「お茶ありがとうね、久々の緑茶だー、うれしいなあ」

 ケサギとムクロは口々にアゲハを誉めたたえた。


 サカキはアゲハが茶を出すタイミングを計っているのは目の隅で見ていた。

 ケサギもムクロも長身の美形だからか、アゲハの顔がほんのり赤くなっている。


 山吹の里でも三、四、五の上忍は背格好がよく似ていると言われていた。

 ケサギは身長188、ムクロは186、サカキは187(cm)とほとんど差がなく細身であるところなど。

 実際、忍者装束を着て頭巾で髪を隠すと、後ろ姿だけで3人を見分けることはむずかしいほどだ。


「話合えていればもっと早くわだかまりは解けていたかもしれん。

 ただ、あんたたちと話は極力するな、とオボロに言われていたのでな」


「えっ?初耳だぞ」

 ケサギが驚いている。

「6年前のことだからな、ちょっと待て、思い出す……。そうだ、俺が2人の命乞いに行ったときだ」

 山吹の里の規則では、本人の同意なしの性行為は訓練目的であっても死罪になるほど重い。


「俺は俺の同意があったこと、俺の体にかすり傷ひとつ付いていない事を証明しにオボロの元へ行った。

 オボロは静かに怒っていたが、『わかった』と了承してくれた」

 そのときのオボロはおそらく本来のオボロだったとサカキには思えた。思いたい。


「そうか、それでオレたち助かったのかも」

「どういうことだ?」


「翌日、オボロからきついお仕置きをもらったんだよ……冬刹とうさつを使われた」

「初耳だ……」


「誰にも言ってないからね。あのときの恐怖は忘れられない」

 ムクロが顔をゆがめている。


「全身が石のように固くなって冷えて、呼吸もできない、声もあげられない、心臓も止まったと思う。

 数秒のことだったけど、冬刹が止まってオレたちは地面に転がってしばらく動けなかった。手足の感覚が完全に無くなってた」

「あと数秒続けられたら確実に死んでたね」


「地面?地面と言ったな?屋内ではなかったのか?」

「ああ、外に出ろ、ってオボロに言われたんでね」


「そうか――なるほど、わかったかもだ。

 冬刹の条件は地面、つまり土だ。土を通して冬刹をかけていたんだ。

 アゲハ、そなた、里から逃げるときは風遁を使っていたか?」


「はい。風で足元を覆いますので地面には着いていませんでした」

「オボロが崖の上にいるのが見えたとき、俺は桔梗忍者の体の上に乗っていた。あれで冬刹を免れたのだろう」

「そうか、ワタシたちに屋内では異能が使えないから外へ出ろ、と言ったんだね」

 特殊な異能は、例え味方であってもその条件や、時には持っていることさえ秘密にするのが常だ。


 サカキは思い出す。

 不運中忍のサギリは敵の攻撃を避けて跳躍し、運悪く枯れ井戸にホールインワンして首の骨を折った。

 だが、そのことで冬刹を免れたのだろう。

 井戸の底には横穴が掘ってあり、そこに生き残ったものたちが隠れていたが、ヒスイ(くノ一 サカキの部下)のおかげで白魔導士たちが早く発見できた。


「そうか、それがわかれば我ら上忍であればなんとかなる。

 中忍・下忍にも冬刹の気配に気づけばすぐに地面から離れることを徹底しておこう。

 ただ、奴が泰時に乗り移った時点で冬刹はもう使えなくなってるのかもしれないが、用心には越したことはない。アゲハ」


「はい!すぐにクラウスさんに連絡しますね。彼から全情報網に流してもらいます」

 アゲハが席を立った。


 今の彼らの情報網はアサギリたちの桔梗グループ、サカキたちの山吹グループ、ロルドのローシェグループが入り交じり、複雑な様相になっていた。そこでクラウスのような白魔導士たちによる魔法通信網を取り入れ、クラウスから各グループの頭に情報を流すようになっていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


「失礼します。王女陛下がおいでになられました」

 と従者がドアの外から先ぶれをした。


「「えっ?」」

 一同が驚いて立ち上がった。

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