第38話 その名はウツロ

 ――剣客用コテージ管理棟職員宿舎――


 アサギリとヒシマルは同室だった。

 2人でそれぞれのベッドに横になり、サカキから休暇をもらった旨や見舞金の使い道の話をしていた。


「「失礼しまーす」」

 ゾルとアゲハがやって来た。

 アサギリとヒシマルが驚いて立とうとすると。


「あ、そのままで。お二人とも治療します。アサギリさんは上脱いでもらっていいです?」

「それはー、すみません、サカキ様が?」

「ええ。深手なので治療魔法を、と」


 アサギリは頭をかいた。背中をわりと深く斬られたことは秘密にしておきたかったが、サカキにはバレバレだったのだ。

 アゲハは包みを渡した。

「お見舞いのお菓子と果物です。携帯用のおかゆもありますよ。お腹が緩いときはこちらを食べてくださいね」

「ありがとうございます」

 ヒシマルは感激してお見舞い品を受け取った。


 治療魔法では、傷を塞いで表面を清潔に保つようにするのは可能だが、傷がすぐに完治するわけではなく、脳には傷の負荷の記憶が残っているので3日ほどは安静に、と包帯を巻きながらゾルが説明した。包帯は万が一傷が開いた時のためのものだ。

 ヒシマルの腹痛には、手を当てて痛みを取り、消化の良いものを食べて2日安静に、と言った。

 ゾルとアゲハが出て行ったあと。


「……サカキ様、お優しいな」

 ヒシマルがうなだれて言った。


「そうだな。今までいろいろな雇い主がいたけど人間的な扱いしてくださるのはサカキ様が初めてだな」

「それに……すごくお綺麗だし……」

 ヒシマルが神妙な顔で続ける。


 アサギリも同意した。

「『立ち姿 月輪のごとし 眼差し 刃のごとし』と他の忍軍に詠われるだけあるな。

 それに、あの方が少年のころは『十歩一袖』という言葉が里で生まれるほどすごかったらしい」

「『十歩一袖』?」

「あの方が15、6歳の頃か。美少女のような姿の上に妖艶さが加わって10歩歩くごとに里の女どもが袖を引いたそうだ」


「それはすごいな……」

「今は滲み出る色気を抑える術を使っておられるらしいが」


「そう……なのか?なんか……初めて手合わせしていただいたとき、押し倒されてから……あの方を見るとドキドキするのだが……」

「おい待て、ヒシマル。それはきっと気のせいだ、気のせいにしろ!」

 (サカキ様との初手合わせの時、ヒシマルが精彩を欠いていたのはそのせいだったのか?)

 アサギリは慌てた。


「そう、だよな。うん、気のせいだ、変なことを言ってすまない……」

 こういうことは気のせいにするのが一番だ、とアサギリは思っている。


「うまい!この粥、すごいうまいな、アゲハさんが作ったのかな?よけいにうまい!!」

 ヒシマルは早速見舞いの粥に手を付けている。

 それはゾルが作ったものだとアサギリは知っていたが黙っていた。

 忍者はよけいなことは言わないのだ。


 ――宰相執務室――


「ウツロ……ですか」

 サカキの報告にロルドも驚いた。ようやく一連の事件の元凶の名が知れたのだ。


「よく探れましたね、さすが忍者の諜」

「犠牲者が2人出たそうです。けが人も数名。これ以上の深入りは危険なのでアサギリたちの糸(情報網)は般若衆(現在松崎城を警備している侍たち)周辺から一旦引かせます」

「それがいいですな。般若衆はこちらの網で外巻きにしておきましょう」


 ロルドは顎に手をあてて考え込んだ。

「ウツロ、という名でなにか記録に残っていないか、文献を調べさせてみます」

「ありがとうございます。それと、姫の異能についてですが、またしても俺と同じ異能:幻体目げんたいもくをお持ちであることが判明しました」

「ええええ、あ、いやよく知らないけど」

ロルドは勢いで声を上げていた。


 サカキは幻体目について詳しく説明した。

 写景刻しゃけいこくはそれほど珍しくなく、程度の差があるが、秋津の国民対象なら100人に1人の割合で見かけられる。幻体目となると1000人に1人くらいの割合だろうか。


「それってすごく危険では……?」

「ええ、扱い方を誤れば死にます」

「うわーー!」

「なので、俺が適切な使い方を指導しようと思うのですがよろしいか?」

「それはもう!すぐ始めちゃって!」


「わかりました。幻体目も程度がありまして、元の体力が普通であればそう大したことはできないのですが――」

「……姫は?」

「最強クラスです」

「うああああああああ」

 ロルドが頭を抱えて唸っている。

「あのお方はもおおおおお、次から次へとぉおおおおおお!」


 初めて姫と会ったフランツ公国のレイスル邸で、姫の転んだ拍子のタックルでクマのような大男のユーグが体を大きく揺らされたのはこのせいだと思うと納得が行く。

身体能力が異常に高いのだ。


 サカキも姫もやるべきことは多かったのであまり時間は取れなかったが、昼間の明るいときにサカキに会える口実が出来てイリアティナ王女は喜んだ。

 実のところ、サカキは姫に対しては好ましいとは思うがそれは恋愛という感情ではないと思っている。

 あくまでも自分の使命としての愛人の立場だし、己の身分をわきまえねばならない。


 だが、彼女の明るさにサカキの昏い感情が救われているのは自覚し始めていた。

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