第22話 政敵・王弟ワイス・デム・ローシェ

 先日の2人の姿を見ているサカキは、今のあまりの落差に時々吹き出しそうになったがなんとか抑え込んでいた。


(それにしても騎士の精神か……忍者とはずいぶん違うものだ)

 忍者は自分より強い者とは基本戦わない。裏切りも欺きも忍務ならやる。

 相反する存在だとサカキは思う。これで騎士たちといっしょに戦うことができるのだろうか。忍者の卑怯さを騎士が許せるのだろうか。懸念は尽きない。


 サカキは王女の後方、カーテンの陰で控えていた。

 両手を組み、後ろの壁にもたれかかっている。

 隣にはロルドもいた。


 これは騎士たちの儀式である。

 騎士ではない彼らは陰からこっそり様子を見守っていた。


「ご立派です、姫……」

 ロルドはハンカチを取り出して顔を拭いている。

 拭いた先から涙がポロポロとこぼれていた。

 まるで娘の晴れ姿を見守るお父さんである。


 鼻をチーン、とハンカチで噛んで、ロルドが説明した。

「これは騎士が騎士であるためのとても重要な儀式でしてね。

 今まで姫は騎士は従えていても忠誠を誓わせることはできていなかったのです。


 もちろん、騎士たちは全力で姫をお守りするのは変わりないけど、それはあくまで亡き王の騎士として姫を守るというくくりになってました。

 しかし、これからは騎士たちは姫自身の騎士として勤めを果たせるようになったわけです」


「”我が騎士”……」

「そう。その言葉は何よりも重い。美しいご婦人にそう呼び掛けられるのは騎士にとっては最高の栄誉であります」

 その言葉の通り、騎士たちの顔はみな紅潮し、飛び上がらんばかりに歓喜していた。


 しかし、中には苦い顔をしているものたちもいた。

 サカキたちとは反対側のカーテンの前に王弟一行が陣取っていた。


「王弟殿がこちらを見ている。殺気を抑えておらぬな」

 サカキが苦笑する。こちらの顔はあちらからは見えない距離だが、目が良いサカキはワイスの表情がはっきり見えた。


 金髪と青い瞳は王女によく似ており、気品のある顔立ちと立ち姿である。

 残念ながら今は憎しみに歪んでいて、下品さが勝っていた。


 サカキとロルドは極力会いたくはなかったが、ワイスは供の者を5人引き連れてサカキの側へやってきた。


「これはヴァインツェル卿、ひさしく会っていなかったな」

「ご無沙汰しております、王弟陛下にはご機嫌麗しゅう」

 ロルドの皮肉である。


「ああ、この上なくご機嫌極まりないさ。ところで、そちらの剣客殿を紹介いただけるかな? 姫君の愛人だそうだが」

 トゲのある言い方である。


「こちらはウェルバ・アイラド。秋津国出身で諸国を剣修行で旅していたそうで、たまたま我が国に立ち寄ったときにたいそうな実力を見せてもらって、その場で雇いました」

「ほほう」


 サカキが進み出る。

「お初にお目にかかります。今後ともよろしくお願い申し上げいたします」

 ロルドはサカキのために偽の戸籍を完成させていた。


「ウェルバ・アイラドという名前は聞いたことがないな……」

「その国ごとに名を変えておりましたから。ジリスやレイモンという名では多少知れ渡っているかと」


 これらの名前は実在の人物である。が、戸籍を偽造するために顔出しはしていない。

 それをサカキのものにすり替えたのである。

 ロルドはこのような偽の戸籍を数多く用意していた。

 そのための戸籍騎士団という集団が存在しているほどである。


「なるほどなるほど。いや、こんなに美しい若者なら年頃の娘は一目で参ってしまいそうですな。

 我がサロンにもぜひ顔を出してもらいたい」


「身に余る光栄です。王女陛下のご許可がいただけましたらぜひ」

 サカキはにこやかにほほ笑んだ。


 つ、とワイスが右手を伸ばし、サカキの髪に触れた。

 無作法このうえないが、サカキは動かなかった。


「美しい黒髪だ……さぞ高く売れるだろうな」

 と不穏な言葉をサカキの耳元に吐いた。

 サカキの瞳が獣の爪のように細くなる。不快感を隠そうとも思わなかった。


 王弟ワイスとそのご一行が離れたあと。

 ロルドがひそひそ声で言った。

「殺す気満々らしいですね」

「もうすぐ自分のものになっていた玉座が向きを変えましたからね。まあ、実際俺の髪は高く売れましたが」

「ほんとに売ってたの?」


「未忍や下忍のころは食べるのに精いっぱいで。

 農作物が不作の時は空腹に耐えかねて髪を売ってなんとか乗り切ってました」


「……苦労したんだねえ、よしよし」

 とロルドがサカキの頭をなでるフリをする。サカキの背がかなり高いのでロルドは背伸びをしている。


「親の気持ちになるのやめてください」

「わあ、反抗期!」

「ぶり返しそうな気がしてきました」

 サカキもロルドも笑っている。

 冗談も言い合える仲になっていた。


「まあ、君なら彼らの刺客に後れをとることはないでしょう。でも気を付けてね?」

「はい」

「あ、そうそう、クラウスに白魔法についての講義をお願いしておいたからね。

 時間できたら受けてみてください。けっこう重要なことがあるのでね」

「白魔法ですか……承知いたしました」


 衛兵がラッパを鳴らした。

「みなさま、宴の準備ができましたのでお庭へどうぞ!」

「「おおおおおお」」

 と騎士たちの雄々しい声が大広間に響き渡った。

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