第20話 驚異の実感

 イリアティナ王女とユーグの誓いの儀式のリハーサルが成功した翌朝一番にサカキは管理棟のフロントへ行った。


「クラウス、秋津から羊羹ようかんを取り寄せたいのだが」

「かしこまりました。昨日のうちにロルド様が手配してくださっています。じきに届くでしょう」

 クラウスはいつものシルクシャツとベストの恰好で優雅に微笑んでいる。


 クラウスの知識は大変広く、様々な手配の手練も驚くほど洗練されている。

 いつの間にかサカキは彼がフロントにいてくれることで安心するようになっていた。


「……もう知っていたのか早いな」

「昨日のことは白魔導士が各場所に魔法鏡で実況中継してくれていましたのでね。白魔導士はそのような魔法もございます。ロルド様は深夜の会議で現場にはおられませんでしたが、鏡を見て感涙してらっしゃいましたよ」

「白魔法は本当に便利なものだな」

「利点も多いですが、その分、敵にこの力が渡ってしまうと大変です。便利と危険は表裏一体でして」

「……確かに」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


「やあ、サカキくん、いたいた。昨日はありがとうね。君のおかげで誓いの儀式ができそうです」

 と言いながら、ひょこひょことロルドがやって来た。供は連れていない。

(フットワークの軽いお方だ)


 サカキは軽く礼をする。

「ご依頼を果たしたまで」

「まさかこんなに早く解決するとは思いませんでした」

「それは俺も思いましたが、姫と同じ異能を持つものでない限り、真相を理解するのはむずかしいでしょう」

「その異能だけど、物事を忘れられない、に加えて他人の考えてることがわかる能力が君にもある、ってことだよね?」


(おっと。やはりこのお方はそこを突いて来るか)


「――そうですが……、できれば内密にお願いしたい」

「それはもちろん!」

 ロルドは快諾したが、実はサカキの異能は姫よりも上で、触れていなくても強い心の声は聞こえてしまう。そこまでは知られたくなかった。


「その、写景刻しゃけいこく……でしたか。姫の記憶力はたしかに卓越しておられる。歌もダンスも一度で全部覚えてしまわれる。

 それゆえにレッスンというものがお嫌いで、よく家庭教師から逃げ回っておられました。一度見ればできるのですから納得です」


 軽やかな身のこなしで教師からヒラヒラと逃げ回っている王女の姿を想像してサカキは吹きそうになる。

 それを堪えて、告げる。

「その異能を持つものは、それゆえに嫌なことがあると、その思いに一生さいなまれることもあります。

 偶然ではありますが、俺が担当でよかった」


「ええ……本当に……心の底から礼を言います。ありがとう……」


 ロルドは右手で涙をそっとぬぐった。これこそが、ロルドたちローシェ上層部が10年間も埋めることができなかったパズルの最後の一つであった。これでイリアティナが女王になるための障害が取り除かれた。ただし、もう一つ、大きな問題の『預言の魔女』による終焉預言が残っている。それがサカキに知らされるのはもう少しあとになる。


「礼を言うのは俺の方です。貴殿らは里を全滅から救ってくれた。

 ローシェ騎士団が危険を冒して来てくれなければ人質も俺も命はなかった。

 オボロがアッサリ手を引いたのは貴殿らがいたからです」


「そうでしたか。不思議ですが、何もかもが運の良さだけでは片づけられぬほど多くの偶然が重なって、君を我が国に迎えることができました。


 白状しますが、フランツ公国のレイスル邸で王弟ワイスの陰謀に対して罠を張っていたのは、あわよくば忍者を捕らえ、解放する代わりに忍軍となにか繋がりが持てれば、という考えがありました。


 しかし、君はバリアに引っかかるどころか姫の寝所まで侵入して来た。今だから言えますが、そのことは我が騎士団と白魔導士隊に激震を走らせました。

 今はその対策にみな必死です」

「そうでしたか、それは申し訳なく……」


「いえ、むしろ逆です。私がいくら声を上げようと、騎士のほとんどのものが『どんな敵が来ようともわが軍の護りは最強!』との妄想に憑りつかれていました。


 だが、今は忍者の脅威を実感し、肌身に感じてくれています。なので、君には本当に感謝しています。今ここに君がいてくれることにも。白の女神の思し召しか、それともそういう運命だったのかはわかりませんが……」


「そう……結果的に良い方へ向かっているが、果たして――」

 サカキはそこで言葉を切った。


 なにか大きなものが動いている感じはする。アゲハが見たというあの光る玉もそのひとつなのだろうか。

 ただし、それが本当になのかどうかは今はまだサカキには判断できなかった。

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