第19話 実験結果は……
「はい、そこのでかい人、出てきてください」
「えっ、ワシ?」
ユーグ・オスローである。
「天下の大将軍が何をこそこそやってるんです。諦めて投降してください」
サカキが笑いながら言うと。
両手を挙げてしぶしぶと熊のような大男がテーブルの下から出て来た。
(よく入れたな)
「ひどいぞ、サカキ」
ユーグは苦笑している。
「ユーグ、いたんだ」
王女は気が付いていなかったようだ。
「あなたなら姫に回し蹴りをされてもだいじょうぶでしょう。物は試しです。誓いの儀式のリハーサルしてみましょう」
ユーグは息を飲む。
「だ、だいじょうぶですか、姫……」
王女の顔に緊張が走る。
「だ、だいじょうぶかな……足が出ちゃったらごめんね……」
「ひぃいい」
2人とも顔が青ざめているがサカキは容赦しなかった。
「だいじょうぶ、もし姫の手や足が出るようなら俺が止めます」
「そ、そうか……」
ユーグはごくり、とつばを飲み込んで片膝を付いておそるおそる手を差し出した。
「お、おおう、おおう」
王女はおかしな唸り声を出しながら、右手をユーグに向かって伸ばす。
両足を肩幅以上に開いて腰を落とし、まるで右手からなにかを出すような体勢だ。
周囲のお付きの者たちはもはや姿を隠すことをやめて立ち上がっていた。10人以上いる。
全員が固唾をのんで見守る。
「ちょ、ちょっと待ってね、サカキ、左手を握ってて」
「承知」
サカキは王女の背後に回り、後ろから軽く抱きしめるような形で左手を握った。
ユーグの差し出す手がぶるぶると震えている。
見かねた侍女長とアカネ、騎士たちがユーグの背後に回って支える。
(……真剣の手合わせか?)
騎士が淑女の手の甲に口づける、ただそのための動作を大勢が緊張しながら見守っている。
王女とユーグは手を伸ばしたまま互いに膠着状態に陥っていた。
その緊張具合がすさまじい。
「姫」
サカキは後ろからそっと話しかける。
「うまく行ったら秋津のお菓子をご馳走しますよ。
「うおおおおおお!」
王女が吠えた。
王女はいきなりユーグの右手首をガッ、と握った。
「うぎゃああ!」
悲鳴をあげたのはユーグだ。
のけぞって後ろに倒れそうになるところを侍女長たちが果敢に支えた。
「ふんす!」
「ユーグ様!しっかり!」
「キスして、キス!」
「騎士の誇りを思い出して!」
「そ、そうであった……」
ユーグは真っ青な顔だったが、ゆっくりと体勢を立て直し、自分の手首を握る美しい手の甲に、ゆっくりと顔を近づけ、チョン!と唇を付けてすぐに離す。
ユーグは王女の顔を見る。
王女もユーグの顔を見た。
しばらく無言で見つめ合ったあと。
「……クリアー!!!!」
王女が叫んだ。
「「「うおおおおおおおお!!!」」」
と周囲から歓声が上がる。成功だ。
右手を挙げて勝利を宣言する王女を取り囲み、近衛騎士たちが
「ローシェ王国に栄光あれ!!」
「ローシェ万歳!!」
と口々に祝福の言葉を叫んでいる。
「姫様、ユーグ様……とうとう成されましたね……」
侍女長までが涙ぐんでいる。
当のユーグは放心状態で正座で座り込んでいる。
(あ、半分魂出てる)
サカキは騎士たちに囲まれる前にそっと抜け出し、壁際でこの熱狂を観察していた。
侍女たちの数人が頬を紅潮させて部屋の外へ駆け出していった。
各部署に知らせに行くのだろう。
(羊羹が効いたな……)
熱気が収まるまで壁に背を預け、しばらく腕を組んで待っていると。
ドドーーン パーーン!
外から大きな音がした。
「花火?」
秋津にもささやかな花火はあって、見たこともあったが、ローシェの城内から打ち上げられたそれは大輪の花を空いっぱいに咲かせている。
王女もユーグもお付きの者たちからも歓声が上がる。
王女のトラウマの克服を、多くの国民が待ち続けていたのだろう。
深夜というのに王城内は大騒ぎだ。
サカキは羨ましいと思う。
秋津ではこんな騒動は考えられない。
ローシェの民はみな王女の身を案じ、その心を傷つけないよう、敢えてトラウマの原因を聞き出そうとはしなかった。
それだけ王女を大事に思っているのだろう。
(……いい国だ)
サカキは手の動きで侍女長に『俺はこのまま戻る』と合図を送り、侍女長は涙ぐんだ目でサカキを見て、深々と頭を下げた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その日のうちに、姫が誓いを受けられるようになった一報が城中を駆け巡った。
ほとんどの者たちが祝杯を上げて喜んだが、王弟ワイスと彼に与するものはギリギリと唇をかんで物や従者にあたったりした。
その日より、王弟派の暗殺対象は王女に加えてサカキもリストに載ることになったのである。
後日、ご近所の老人会から音がうるさい、というクレームが城に入ったらしい。
それ以降深夜の花火は禁止になった。
それはそうだろう、とサカキは思った。
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