第18話 王女の異能

「異能?なあにそれ?」

 王女はきょとんとしている。


「姫がお持ちになっているのは、一度見たこと、感じたことを忘れない、という能力です。秋津ではそういう特別な能力を『異能いのう』と呼ぶのです。……そうか、ローシェにはそういうものはないんですね」


「初めて聞いた!というか、それって普通じゃないの?一度見たら忘れないものじゃないの?」

「違います。普通はよほど強烈なものでない限り記憶は薄れていくものです。しかし、その能力、秋津では『写景刻しゃけいこく』と呼ばれていますが、見て聞いて感じたことを決して忘れることはできない。

 思い出すたびにその時と寸分変わらない感覚が蘇るのです」


「写景刻……」

 王女の大きな瞳がさらに丸く見開かれる。


「……5歳の時、何がありました?」

 サカキは核心へ斬り込んだ。


 周囲には王女の目に入らない位置に侍女や御付きの騎士たちがひそんでいる。

 サカキにはその配置は丸わかりだったが、その者たちに緊張が走るのがわかった。

 今までだれもそこまで聞いたことがなかったのだろう。


 王女は戸惑ったが、サカキの手をぎゅっと握ると話し出した。


「あのね……実はぜんぜん大したことじゃなかったの。だから、誰にも言えなくて……」

「大したことでなくてもいいのです。俺に話してください」


「うん。夜に寝るときは、小さかった私はいつも侍女にだっこしてもらって寝台に上るんだけど、その日はたまたま侍女が急に熱を出して寝室付きの者たちはバタバタしてたの。

 それで、護衛の騎士の一人が『代わりに私がお運びいたしましょう』ってだっこしてくれたんだけど……」


 そこで王女は言いよどんだ。そのときの感情を思い出したのだろう。

 サカキは両手で王女の右手を包み込んだ。


「だいじょうぶ。あなたはもう5歳の少女ではない。ちゃんとした大人です。対応できる力があるはずです」


 サカキはわかってしまった。

 サカキが持っているもう1つの異能。他人の強く思う心の声が触れることで聞こえてしまうのだ。


 その異能は夏凌我かりょうがという。触れた人間の心が読めるが、常時発動しているものではないし、たいていの者がその存在を隠す。心を読まれるなど気味が悪い。サカキも誰にも言ったことも言うつもりはなかった。


 その異能も、王女は持っているのだ。

(これは偶然だろうか?外国の、今まで何の接点もなかった少女と稀有な異能が2つも一致していたとは)


「そうね、私はもう子供じゃないものね。……その時騎士が心で思ってることが急に頭に流れ込んできたの。

 抱きしめて頬ずりしたいとか、イリアちゃんチュッチュ、とか。

 5歳の私はそれがもうこわくて気持ち悪くて吐いちゃった」


「……それは俺でも嫌ですね。5歳だったら一生モノのトラウマになるのわかります」

「でしょ!?」


「でもあなたは誰にもそれを言わなかった。言えばその騎士の御方が罪に問われることを恐れたのでしょう?」

「そうなの!すごいね、サカキ。あなたにはなんでもわかっちゃうのね」

 王女はうれしそうに言った。


「よい判断でした。心の中で何を思おうとそれは罪ではありません。幼いながらもあなたはそれがわかっていた。だが、それがトラウマが長く続いてしまう原因にもなってしまった」


「こんなこと、だれにも言えないよ……騎士の名誉を傷つけてしまうんですもの」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 控えていた者たちは息を飲んだ。

 10年間もの間王女が秘めていた思いを初めて聞けた。

 まさか『異能』とやらのせいだったとは、思いもつかなかっただろう。

 そして、彼女が頑なに守っていたものが騎士の名誉だったとは。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


「ご安心ください、姫。俺にはその対処法がわかる。それを実践すれば恐らく二度とその記憶が蘇ることはありません」

「えっ、本当?」

 王女は両手を挙げて寝台の上でぴょん、と跳ねた。

 感情を全身で表現するタイプのようだ。


 サカキは説明を始める。普段彼が行っている方法だ。


 サカキは自分の記憶の保管場所を書庫に見立てている。

 1日の記憶を1冊の本とし、1年分を書架に収めていく。

 サカキの書庫には20台の書架がある。さすがに0~1歳くらいまでの記憶はない。

 王女であれば図書館がしっくりくるだろう。


「嫌な記憶は、開かずの書棚に封じてしまうのです」

「……すごい!そういう方法があったのね。私ったら、記憶は絶対に忘れられないものとばかり思ってた!」

 王女は興奮している。


「写景刻を持つ者にとって、嫌な記憶は消えませんが、『思い出せなくする』ことは可能です。心の中で特別な書棚を作ってそこに本を収め、鎖と鍵を掛けてください」

「鍵……鍵、どんなのがいいかなあ」

 おかしなところにこだわる王女である。


「なんでもいいんですよ、なんならお菓子でできた鍵でもいい」

「それいただき、砂糖菓子でできたかわいい鍵できた!たべちゃお!」

 サカキは笑う。


「いいですね、食べてしまったらもうその本は二度と開けなくなりますね。あ、鎖は食べないでください。鉄製にしておきましょう」

「あっ、そうね、危ない危ない」

 食べるつもりだったのか。


 サカキは苦笑しながら続ける。

「それができたら、今度は人の強い感情が入ってこれないよう、扉をイメージしてください。」

「扉……扉……」

「それは、人と接するときにいつでも思い出せるよう、心の入り口、というイメージにしておいてください」

「できた!チョコレートドア!」


 思わずサカキは吹きそうになる。

 そんなにお菓子が好きなんだな。


「では、ちょっと実験してみましょうか」

 サカキの言葉に、お付きの者たちのうち、男性陣がぎくり、とする。

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