第17話 王女のトラウマの原因
――王城内:三日後:夜――
サカキは城の最奥エリアにある湯殿(風呂場)で支度を整えていた。
体は湯殿番という男2人に体の隅々まで磨かれた。
今は薄手の長襦袢1枚を素肌に羽織っただけの姿。
長い髪は寝支度用に毛先に近いところで結ばれている。
(これではまるで床入りのようだ)
サカキは困惑する。
(騙された、ということはないだろうな……)
王女の16歳の誕生日まであとひと月を切っていた。そのときまでに誓いの儀式を成立させないと王位継承権は失効するという。
それまでに王女のトラウマを解消し、誓いの儀式を可能にする、というのがサカキの使命である。
要するに、自分以外の男が、彼女の手に触れることができるようにすればいいのだが、それにはまず本人からトラウマの元を聞いてみよう、とサカキは思っている。
「サカキ、参りました」
イリアティナ王女の寝室に通されたサカキは、事前に教わった作法どおり、まずは部屋に入ってから跪いて声をかけた。
寝室の奥には大きな寝台があり、その手前には帳がかかっている。
カーテンにはうっすら人影が写っており、王女が寝台にすわっているのはわかった。
あとは王女から声がかかれば、帳を開けて対面するという流れだった。
しかし。
「サカキー!!会いたかったあああああ!」
帳を乱暴に開けて寝屋着姿の王女が両手を広げて飛びかかってきた。
(わっ)
サカキが驚いていると。
「はい、姫様、ストーーップ!」
アカネと侍女長が見事な連携で王女を両脇からガッシリ掴んで止めた。
慣れている。
「ぐぬう!」
「王族のお嬢様がはしたない!やり直し!」
灰色の髪をきっちりまとめた老年の侍女長がメガネを光らせて宣言した。
「はーい……」
王女はとぼとぼと帳の向こう側へ戻る。
(やっぱり最初に会った時の王女だ)
その変わらなさに呆れながらもほほえましく感じた。
「ではサカキ様、もう一度最初からお願いします。テイクツー!」
「承知した……あの、俺の表向きの役目は『寝かしつけ』ですよね?」
「そうですが?」
侍女長はけげんな顔をしている。
「それならよいのです」
ほっとしてサカキはもう一度部屋の外からやり直した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
今度は王女はちゃんと寝台の端に座り、サカキを待っていたので、サカキも傍に寄り、片膝を付き、王女の右手を取って手の甲に口づけをした。
「やはり、俺は触れても平気なんですね?」
「うん。サカキには触っても大丈夫なの。……不思議だなあ」
王女は首をかしげている。頬がほんのりと染まっていて実にかわいらしい。
「ほかの男との違いを何か感じますか?」
サカキは王女の手を見ながら言った。レイスル邸で見た時のままの、手入れされた美しい手。指輪はしていない。
(小さな手だ。この手に王国の命運が乗っている…………酷なことだ)
「……あなたからはおかしな感情が感じられないから……かな?」
「おかしな感情……ほかの男からなら感じられるのですか?」
王女は首を振った。
「ううん、ユーグやロルドや、おつきの騎士たちはそんなことない。
ないんだけど――触られると小さい頃の記憶が蘇っちゃって……」
やはりそれがトラウマの元だな、とサカキは見当を付けた。
寝台の端に座る王女の右隣に腰かけ、王女の右手を自分の左腿の上に置かせて、自分の左手をそっと被せた。
ゆっくりと2人の体温が混じりだす。
王女はさらに頬を染めて言った。
「なんだか……すごく落ち着くんだけど、ドキドキする……」
と矛盾することを言った。混乱しているようだ。
サカキは薄く微笑んだ。
「姫、少し俺の話をさせてもらっても?」
「あっ、聞きたい!」
「俺は……赤ん坊のころに山吹の里の入り口手前にある
なので名前をサカキと名付けられました」
「そうだったの……榊の木? 知らないや」
「いつか一枝お持ちしましょう。秋津では神への捧げものとしてよく使われています。
硬くて、緑が美しい、ツヤツヤとした葉です」
「大切な役目をもった木なのね」
話をしている間にドキドキが収まってきたのだろう、自分からもぽつりぽつりと語りだす。
「私にはずっとお父さまとお母さまがいらっしゃったから……去年二人一緒に亡くなられたときはとても悲しくて、今もさみしい。
サカキはさみしかった?ずっとご両親がいなくて」
王女が下を向いたまま尋ねた。
(そういえば王女は両親を亡くしたばかりだったな……)
サカキはほろ苦さを感じながら言った。
「いいえ。山吹の里では子供のうちは里の皆で育ててくれますのでね。
親のある子もない子も一緒くたです。むしろ、たくさんの父や母がいて、さみしくはなかった。
里の外の子供たちもやってきて毎日大勢で泥だらけになりながら遊んでました」
その中にはハヅキやヒカゲの幼いころの姿があった。襲撃で死んだたくさんの仲間たちの笑顔が浮かぶ。
「子供の頃は忍者もそうでない子も一緒に育ちますが、精通や初潮を迎えると本格的な訓練が始まります。
俺は13歳の時に精通があって、里ではそのときから房中術の訓練が始まります。
男子の場合、さすがに女性はまだ抱けないので、最初は男とです」
王女は目をぱちぱちさせた。
「忍者ってそういう訓練するの……」
「はい。忍務のうちですのでね、忍者には大事なことです。
それで最初の担当が決まり、夜になってことに及んだのですが……」
「……痛かった?」
「そこはノーコメントで」
うひぃいい、と姫が察して目をつぶる。
サカキは話をしながら注意深く王女を観察していた。
王女にはとても言えなかったが、当時の担当忍者が途中から欲を抑えきれなくなり、後半は強制のような形になった。
13歳のサカキにとってはトラウマがひどく、それから2年もの間、男相手の房中術訓練を拒否したほどだ。
「ですから――」
と、サカキは本題に入った。
「姫はおそらく、おれと同じ『異能』を持っておられる」
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