第14話 給料3倍

 ――ローシェ城王女執務室――


「サカキに会いたいな~~~」

 サカキたちが就職試験戦闘を行っていた同時刻、ローシェ城ではイリアティナ王女が素の状態で足をブラブラさせながら椅子に座って焼き菓子をほおばっていた。

 午後の政務の途中休憩である。


 王女は黒髪黒瞳の美形忍者サカキに一目会った時から夢中になっていて、暇さえあればサカキのことばかり話して周囲には「またか」と呆れられていた。


「まだ会っちゃいけないのぉ?(バリボリ)」

「まだダメですよぉ」

 似たような口調で答えるのは王女付きメイドで元山吹の里のくノ一・アカネである。

 言いながら、アカネはテーブルの上にある焼き菓子の入ったカゴを自分の近くに引き寄せた。

 今日のおやつは薄く切ったアーモンドを砂糖で煮て固めて焼いたもの(フロランタン)である。


「松崎藩に例の血の付いた布を送ってサカキ様が侵入罪と暗殺未遂罪で処刑されたことを証明しないといけないんですからね。

 こういうときは白魔導士の証がとっても便利ですね!」


 サカキの首に巻いていた血まみれの布は本人の血であることを証明する印章魔法を付ける。

 そして書面には処刑されたと記す。

 こうすることで第三騎兵隊が国境を越えて秋津に侵入し、里人を連行した事実を「やむを得ない事情」だったことにする詐術だった。


「だから、処刑された人が王女様の側にいちゃダメなんですよ」

「むーーん。むむーーーーん」

「偽の戸籍が完成するまでのがまんがまん。

 でもまあ、じきにご挨拶にいらっしゃいますよ。剣客として実績も作らないとですしね!」


「わかった……じゃあサカキのこともっと詳しく教えて。歳は?背は?体重は?好きな食べ物は?」

 尋ねながら王女も「うりゃ!」とお菓子カゴを自分の手元に引き戻す。


「どんだけいっぺんに聞くんですか。えーと、歳は21歳、背は187ハルツ(cm)、体重は76.9テル(kg)で好きな食べ物は……なんだろ?好き嫌いができるほど里は豊かではありませんでしたからね、あっ、おにぎりが好きって言ってたような!」


「おにぎり……食べたことないや。……食べてみたいなあ」

「そうですね、ローシェはパンが主食ですしね、お米作りにはあまり適さない土地柄ですし」

 アカネは再びカゴに手を掛ける。


「お米?それって秋津から輸入できるかしら」

 王女もカゴに手を掛ける。


「そうですね、ロルド様にお願いしてみましょう、あの方ならなんとかできますよ」

(※秋津国とローシェ王国は国交を結んでいないため、本来はツテがないと個人輸入は難しい)


「やったー!たくさん手に入ったらサカキのところにも届けてあげたいな!」

「いいですね!きっと喜ぶと思います!」

 2人同時に手を掛けたカゴは力が拮抗して動かない。


「それにしても、今まで男の人全然ダメだったのに、サカキ様だけは触っても平気なんですよね?」

 

 イリアティナは5歳ごろから一種の男性恐怖症になっていて、自分に触れた者に反射的に回し蹴りをしていた。その威力はすさまじく、周囲の騎士や男性の小姓たちは触れないように最大限の注意をしている。


「うん、自分でも不思議なの。あっ、そういえば最初に会ったとき、私ぐっすり眠って夢見てたのよね」

「夢?」

「そう、なんだかとても素敵な夢。あまり内容は覚えていないんだけど、光が見えたの」


「光……妖精さんかな?それとも天使様?」

「妖精さんだったらいいなあ。丸くて小さな白い光が私の周りをふわふわ飛んでて、まるで『起きなさい』って言ってるように感じて目が覚めた……目を開けたらまるで月が輝いている夜空のような、黒くてとても綺麗な瞳が私を見てて……一目でこの人だ!!ってなって……それから彼のことで胸がいっぱいになって……『絶対に逃がさない!!』ってなって……」

「ほほう……(こわっ)」


 カゴを掴む2人の両手がプルプルと震えだし、疲れて同時に手を離したタイミングで侍女長が部屋に入って来た。

「姫様、休憩時間が終わります。ご支度なさってくださいませ」

「ええーもう?早くない?」

 王女のほっぺがぷくーっとふくらむ。

「早くないですよ、ささ、これをどうぞ」


 老年の侍女長が王女の腰に付けたのはシャトレーンという貴族女性の腰飾りで、携帯用の10ハロル(cm)の長さの錫杖が揺れている。形は大きな錫杖と全く同じで、サイズだけが小型になっているものだ。


「待たせましたね。では政務に戻りましょう」

 と背筋を伸ばし、先ほどとはまったく違う落ち着いた声で王女が言う。


 それは、周囲の者が「お姫様モード」と呼んでいる状態だった。

 清楚で可憐を体現したような物腰。

 女王モードのような威厳はないが頭もよく、経済、特に商才に長けていて勤勉な性質。性格はかなりの恥ずかしがり屋で、はにかんだ笑顔で周りを魅了する理想的なお姫様は、しなやかな足取りで執務室へ向かった。


「毎回思うけど、3人の姫君に仕えてるみたい。ほんとおもしろいなあ。あとできたらお給料3倍ほしい」

 とアカネは思ったことを口に出し

「何をバカなことを」

 パァンッっと侍女長に頭をはたかれた。

「いったーい」

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