第10話 剣客用コテージ1号棟

 ――ローシェ王城――

 城の裏口から一行が入ると。


「ユーグ様ああああああああ」

「ロルド様あああああああああ」

「「わっ、もう見つかった!」」


 手にハンコや書類を持った集団と、鎧を着た騎士の集団がそれぞれの長を取り囲み抱え上げて運び出す。

「ロルド様!ハンコください!」

「ユーグ様!早く総合騎士本部へ!あなたがいないから問題が大渋滞してますよっ」

「すまんすまん今行く、ってワシ自分で歩けるから!」


「ゾル君、クラウスのとこまで2人を案内してあげてーーーああああ、早い怖いすごい」

 そう言い残してザザザーーっと城の奥へ消えて行った。


「……ご案内します」

 しばらく絶句していたゾルが、同じく絶句していたサカキとアゲハに声をかけた。

「なんというか……冷涼な気候だと聞いていたが、国民は熱いな……」

 サカキは素直に感想を述べた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


ローシェ城は庭を含む宮殿部分だけで1000ヘクトス(㎡)(ベルサイユ宮殿とほぼ同じ)あり、全長5000ハロン(m)もある堅固な城壁に囲まれている。

その外側に居住区、遊興区、工業区、商業区、さらにその外に丘陵地帯と町や村、牧草地などがある。

 サカキとアゲハが案内されたのは、城から少し離れたところにある、森のような木々に囲まれた中の1軒の木の家だった。


 出迎えてくれたのは灰色の髪に緑の瞳と、綺麗に整えられた口ひげが印象的な壮年の男だった。

 丁寧に縫製された、白いシルクブロードクロスのシャツに黒革のベスト、黒いシルクのズボンを履き、右手を胸に添えて丁寧にお辞儀をした。

「ようこそいらっしゃいました。お二人のお世話をさせていただくクラウス・ハイアルと申します」


「サカキだ、よろしくたのむ」

「サカキ様の従者でアゲハと申します。お世話になります」


 挨拶をかわしてから、クラウスは二人の住処となる家の中を案内する。

 広いポーチから続く木の階段が5段あり、そこを登って玄関をくぐると木張りの床の広い居間だった。


 テーブルは6人掛けでイスが6つ。テーブルの上には果物と焼き菓子の入った藤編みのカゴ。その近くには長椅子と足置き(スツール)もある。

 内装は落ち着いた緑色を基調としていて、家具はどれも重厚で高価なもののようであった。


「ここが客間と居間を兼ねている一番広い部屋でございます。そちらの奥には主寝室、浴室と手洗いトイレと台所がありまして簡単な自炊も可能です。そちらの階段を上がると2階になります。従者様のお部屋と、予備の部屋がひとつ」


 サカキとアゲハは顔を見合わせた。

 広くて快適な空間である。高級宿屋でもここまで整っていないだろう、これではまるでお金持ちの別荘だ。


「こんなに立派な家を……いいのか?」

サカキはちょっと引いてしまった。秋津の時の貧しい生活とあまりにも違う。


「はい、こちらは剣客様用の長期滞在用宿(コテージ)1号棟でして。サカキ様は当面は剣客けんかくとしてご滞在いただきたい、とロルド様が」

「承知した」


「この家のすぐ隣には3階建ての管理棟がございます。私はそこの首席管理人を王家より仰せつかっております。

 管理棟の受付卓(フロント)には常時5名の職員がおり、24時間対応が可能です。


 管理棟には厨房も併設してありまして、食事は3食そちらよりお運びいたします。不要の時はお知らせください。

 洗濯物は所定のカゴにお入れください。係のものが定期的に取りにまいります。それと――」


 クラウスは小さな盆に革袋を乗せ、両手でサカキに差し出した。

「ロルド様からお支度金を預かってございます。お受け取りください。

 この先のお給料はこちらのフロントでいったんお預かりしてからお渡しする手はずになっております。

 また、貴重品などもお預かりできますのでお申し付けください。なにかご質問はありますか?」


「今はないがわからないことができたらその都度聞きに来る」

「わかりました、お気軽においでになさってください。

 フロント横のテーブル席ではお飲み物も無料で提供させていただきますのでご利用ください」


 サカキはうなずいて革袋を手に取った。ずっしりと重い。

「なにからなにまで至れり尽くせりで、申し訳ない。これでは恩を返すどころかさらに借りが増える一方だ」

「そこは、気になさらぬように、とロルド様が。まずは落ち着いてこの国を見て、できれば気に入ってほしい、とのことでした」

「お気遣い、痛み入る」

 とサカキが苦笑し、革袋の中を確認して絶句する。王国金貨が300枚(300万円)入っていた。


「――ひょっとして、俺は奴隷として買われた?」

 秋津の国の美形の青年の相場がちょうどそれくらいである。


「いえいえいえ、それは平均の支度金ですよ、我が国は他の国よりも給料は高いですが物価も高いので、決してこれが破格というわけでもないのです」

 クラウスが慌てている。

「それに奴隷制度は46年も前に廃止されております」

「把握した」

「ようございました。それでは、ゾル、ルゥ、君たちもご挨拶なさい」


「はい、改めてご挨拶いたします。管理棟の職員で副主任のゾルです」

 白いローブを脱いだ彼は赤味がかかった、肩に付くくらいの長さの金髪がゆるやかにうねっている。緑の瞳は勝気そうな強い光がある。

 クラウスと同じ服を着ている。

 それがここの職員の制服なのだろう。


「はーい、一般職員のルゥでーす。ルゥルゥって呼んでね♪」

 ルゥは16歳で、染めているのかピンク色の髪はくるくるとウェーブがかかり、丸くて大きな瞳は紫色。

 一度見たら忘れられない派手さだ。

 ルゥはベストの下には短いスカートだ。スカートには大きなフリルもついている。


 ゾルはどこか不機嫌な顔で一礼し、ルゥは両手の人差し指を頬にあててにっこり笑った。


「この2人は白魔導士では?」

「ええ、白魔導士兼護衛兼管理職員、と申すのが正確かと」


 クラウスが生真面目な顔で言った。

「ここは剣客様の滞在所。もしも剣客様の命を狙うものが現れたり、剣客様自身が寝返ったりなされた場合、上級の白魔導士で対処せねばなりませんので」

「なるほどそういうわけか……」


 事情はわかったが、どうもゾルという青年は自分に良い感情を抱いていないようである。

 こちらを見るときはいつも不機嫌な表情なのだ。


 忍務以外で塩対応というものをほとんど経験したことのないサカキにとっては、却ってゾルに興味が出て来た。

 折を見て彼と話をしたい、と思った。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 その日は王女からの伝言で「ゆっくり休め」ということだったので心遣いに感謝しつつサカキとアゲハは遅い昼食をコテージでとった。

 初めてのパンやローストされたチキンは、おいしいのだろうが二人にとってはあまり味わう気持ちにはなれなかった。


「そうだ、アゲハ、そなたに確認したいことがあった」

 昼食の後、二人で後片付けをしている途中でサカキが尋ねる。

「はい?」

「どうしてモクレンの場所がわかった?」

「あー、それは、ちょっと自分でも信じられないことなのですが」

 アゲハはテーブルを布巾で拭いていた手を止め、話し出した。


 アゲハが里を脱出できたのは上忍の六・ハヅキのおかげだった。

 異変を知った彼が真っ先に声をかけてくれたのだ。

 里を出ろ、しばらく戻るな、と。


「助けを呼んで来てくれ、とは言わなかったんだな、ハヅキらしい」

 壱が相手なら、それは正しい判断だった。


 アゲハは風遁の術を得意としており、下忍ではあるが風を体にまとわせて中忍よりも早く走ることができる。

 風に乗って駆け抜け、桔梗忍者の追手を振り切り里を出た。

 そのあとは恐怖で闇雲に夜の山の中を走り、体力が尽きて途方に暮れ、しばらくうずくまっていた。


 すると、蛍のような、小さな光る玉がすぅ、と目の前を横切った。

 この季節に蛍はいない。

 しかもその光る玉は尾を引いてアゲハの周りを一周すると、まるで付いてこい、というように進んでは止まる、を繰り返したという。


「その玉が、なぜか道案内してくれるように感じて、付いて行ったんです」

 その玉はまったく迷うことなくサカキの愛馬、モクレンのところまで導いてくれたという。


 アゲハが「お願い、あなたのご主人のところまで連れて行って!」

 と頼むと、モクレンは、ヒヒーンと嘶き《いななき》、アゲハを乗せてレイスル邸まで走った。

 彼女(牝馬)は人語を理解する賢い馬なのである。

 モクレンは今はコテージ専用の厩舎に預けられている。


「そんなことが……」

「今もあれがなんだったのかわかりませんが、光る玉のおかげで私はサカキ様に会うことができました。神霊の使いか何かでしょうか」


「わからぬ。だれかの異能の類か、もしくは白魔法でそういうものがあるのか。いずれにしても悪いものではあるまい」

 今のところはそういうもの、としか思うほかなかった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 その日の午後はコテージ周りの地形を把握したり、コテージ職員全員と顔合わせをしたり、ドルミラ村での状況を把握しに行ったりとせわしなく動き、日が沈んでから二人とも早めにそれぞれのベッドに入った。


 見慣れない、太い木で組み上げられた天井を見ながらベッドの上でサカキは里の風景を想う。

 今頃はトンボが飛び始め、子供たちがそれを追いかける季節。

 冬物の布団を干し、着物に綿を入れ、冬支度を始める。

 夜になればうるさいほどの虫の声。


 しかし今は。

(そうか……俺は故郷を失ったのか……)

 ようやく現実が追い付いてきた。

 コテージは静かで物音もしない。

 静かすぎると却って眠れなくなることをサカキは知った。

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