第9話 ローシェ入り
――国境――
里人の生き残りは、忍者以外は子供5名男7名女性8名の20名であった。
負傷したものもいて全員荷馬車に乗せ、一行は再びフランツ公国との国境まで来た。
怪我は馬車の上で長衣を着た白魔導士が治療してくれた。
魔法でみるみるうちに傷が塞がって行くのを里人は驚いたが、「見かけは治っていますが、本当に完治するには実際の怪我と同じくらいかかるので安静に」ということだ。
馬を止めてサカキが空を見上げた。
はるか遠くで鷹が天空を舞っている。
その動きは不自然でくるくるとせわしない。
「北……国……待て……弐……後……。上の三と四だ。ケサギとムクロがいる」
サカキは空を見ながら説明する。
「あの鷹は上忍の三・ケサギが放ったもので彼が操っている。
鷹の視線は上忍の四・ムクロが写し見ることができる。彼らも里の状況は把握できたらしい。
鷹の合図は、『ローシェ国で待て。弐を助け出す』だ」
上の弐・ミヤビの救出にはサカキもすぐに行きたいところだが、それはロルドに止められた。
サカキはローシェ軍に捕らえられて国へ連行されている、という事実を作らねばならないという理由だ。
「彼らは俺よりももっと遠くの外国で忍務に就いていたはずだが戻って来てくれた。
ローシェで待っていればやがて接触してくるだろう。弐のミヤビのことも心配だが彼ら二人ならまず間違いはない」
「忍者ってすごい……異能、といいましたか、秋津の国では魔法とは違う特殊な能力があるとは聞いてましたが次元が違いますな」
ロルドが小さい目を丸くしてつぶやいた。
山吹の里の上忍ケサギとムクロはそれぞれが異能:
「白魔法のほうがよっぽどすごいと思うが」
空間と空間を繋ぎ合わせてそこを渡るなど、いったいどういう仕組みでそんなことができるのか、サカキにはさっぱりである。
「そうかな……なんか慣れちゃっててこれが当たり前、と思ってしまってるんだよね」
そう言ってロルドは薄くなり始めた頭をポリポリとかいた。
ロルドの計らいで、生き残った里人20名はヴァインツェル侯爵家所領の廃村となっていた場所に一時保護されることになった。
「王都には難民保護施設もあるんですけどね、そこは衛生管理が良いとは言えないし公用語が使えないとなにかと不便だと思いますので、当面こちらにいてください」
「お心遣い、痛み入る」
サカキは深く礼をした。
生き残りの忍者たちは村からはやや離れたところにある、騎士宿舎に仮住まいすることになるという。
大陸公用語は忍者の必須科目なので下忍以上は使えるが、里人は秋津語だけしかわからないのを知った上での、ロルドの配慮であった。
そこはドルミラという小さな村で、民家が10数軒とひときわ大きな集会所が1軒あり、近くに小川が流れていて水車も稼働している。
畑も荒れてはいたが十分な広さがある。
驚いたことに、サカキと里人一行が到着したときにはすでにローシェ騎士団が資材や食料を運んでいて、突貫で家々の修繕を行ってくれていた。
「私は民間人保護騎士団隊長のマックサスと申します。ここまでの道中大変でしたね。しかしご安心ください。生活が安定するまで必要なものはこちらがご用意いたします。
足りないものがあったらなんでも私におっしゃってください」
軽装鎧に身を包んだ若い隊長が、人好きしそうな笑顔を見せて言った。
里人は、大半のものが涙を流しながら「ありがとうございます」と頭を地につけて礼を言った。
サカキからも礼を言うと。
「サカキ殿、急がせてすまないが君と、そちらのアゲハさんはこのままいっしょに城内まで来てほしい。君たちの当面の家も用意してあるし、いろいろと取り決めたいことがあってね」
ロルドが言った。
「了解した。それとアゲハ、そなた、もしこの先行くところが決まっていないのなら俺の下に付いて繋に――」
「ハイ喜んで!!」
アゲハは食い気味に返事してしまって顔が赤くなった。
※
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
里にいた頃は下忍のアゲハは上忍とはほとんど接触がなかった。
ただ、サカキを見かけるたびにその美しい横顔にあこがれのような感情を抱いていた。
そんな人の側に仕えられるとは。
アゲハは熱を感じて頬を両手で押さえた。
「いい返事だ」
サカキが口元をほころばせている。
アゲハの頬がますます赤くなった。
――ハステアの丘――
サカキ、アゲハ、ロルド、ユーグとゾルの5人でそれぞれ馬に乗って王都へ向かう。
ドルミラ村から王城までにユーグが見て欲しいものがあるというので馬で移動することにしたのである。
ユーグは、馬に乗ったまま指を指した。
「おい、来てみろ。ここからは王都全体がよく見渡せる」
丘を上り、ユーグの隣に立つと、なだらかな丘陵の先に石の城壁に囲まれた城塞都市が見えた。
ここはハステアの丘といい、見晴らしの良い場所でこのあたりでよく騎士団が騎馬戦を行うのだ、とユーグが説明してくれた。
サカキとアゲハから「おお!」という歓声が漏れた。
はるか遠くに見えるのは5000ハロン(メートル)級の山が連なる聖峰・ブールランデン山脈。
その山々から雪解け水が、無数の白い糸のような滝となって大地を潤している。
その滝の前にそびえたつ尖塔群は白を基調にところどころに青いタイルで飾られていて、昼の日差しを浴びてきらきらと光っている。
目の前に広がるのは平和そのもののような風景。
どこにも争いの跡などなく、病気で放置された者も飢え死にした死体もない。
清潔で生きる力に溢れた大地だ。
「あれが我らの100年の都。麗しき王女のおわする王都リア・アルファテスだ」
わぁ、とアゲハが声を上げる。
「なんて綺麗なお城……。いちばん大きな三角屋根の建物の正面に白い薔薇の飾りの窓がありますね!」
「あれはステンドグラスと言ってね、小さなガラスを組み合わせて一枚の絵を作っているんですよ。白バラはローシェ王家の象徴なのです」
ロルドが丁寧に説明してくれる。
高い城壁に囲まれた中には城下街があり、街の中心にローシェ城があるという。
城壁の周りには黄金色に輝く麦畑や、緑の牧草地が見える。
曲がりくねった道ははるか遠く地平線の彼方まで続いていた。
「立派だろう?」
進みながらユーグがニヤリと笑う。
「ああ、正直気後れしている」
これほどの大国の姫を殺せという忍務を受けていたのだ。
あのまま遂行していたら、と、サカキは冷や汗ものだった。
「意外と素直なやつだな」
ユーグが呆れた。
サカキはユーグとロルドに好感を持ち始めている。
ユーグは、大将軍という役職にもかかわらず豪胆で快活、細かいことは気にしないが物事はよく見えている。
ロルドは見かけこそ粉屋のおやじだったが、頭脳明晰で1つの物事から10を、その10からもさらに情報を広げていく天才肌のようでサカキやアゲハの質問になんでも真摯に答えてくれる。
二人の会話のテンポも心地よかった。
秋津の国での扱いとは大違いだ。
忍者の身分は農民よりも下である。帯刀こそ許されているが苗字はなく、死んでも墓が作られることはない。
今の主君・
4人の後ろについていた高位の白魔導士ゾルが声をかける。
「結節点にまもなく到着です。どこに繋ぎますか?」
「城の裏口に頼む」
「了解しました」
「正面から入らないのか?大将軍と宰相なのに?」
サカキが聞くとロルドが答えた。
「ユーグはね、正面から入城するとラッパ鳴らされちゃうから」
「なるほど、それはちょっと恥ずかしい」
「だろ?」
とユーグは肩をすくめた。
大将軍も大変だな、とサカキは思った。
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