第8話 山吹の里脱出

「忍者たちよ、よく聞け!我らはローシェ王国軍である!お前たちの里の忍者の1人が我が王国の姫君の寝所に押し入り、逃走したので追って来た。

 この里の者はすべて容疑者としてわが国まで連行する!」

 ユーグの声は里の隅々まで響き渡った。

 白魔法で拡声しているのだ。


 忍者は下忍以上であれば大陸公用語が必須だそうなので問題ないと判断した。

 残っていた桔梗忍者たちは、攻撃してくることなく引いて行った。


 サカキが戻ってきた。

「ユーグ殿、この先の枯れ井戸の中に生存者がいる、助けてやってくれ」

「わかった、おーい、だれか縄梯子を持って来てくれ」

「俺は他に生き残っているものがいないか探してくる」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 ほどなくサカキは上の六・ハヅキの遺体を見つけた。

「ハヅキ……!」


 目を開いたまま、刀傷もおびただしく無惨な有様だった。

 遺体の横に膝をつき、目を閉じさせてやってから両手を合わせた。


『上忍になってサカキ殿といっしょの忍務に就きたくて、すごくがんばったんですよ』

 とハヅキの無骨な笑顔が浮かぶ。山吹の里の掟では、上忍になるには、上忍に手試合を申し込み、相手に勝つか、負けても上忍の技量に足ることを証明せねばならない。

 彼は30歳でサカキよりも9つも年上だったが、上忍になかなかなれず、何度も何度も挑戦して今年やっと上の六になれたのだ。

 努力と執念の男であった。


 だが、同じ忍務はついに回ってこなかった

 サカキが初の外国の忍務へ行く前、何か予感があったのだろうか。

『この忍務が終わったら、次は同じになるといいな』

 とサカキが言うと。


『だといいんですけどねえ……。あ、そうだ、サカキ殿、もし私が死んだらこれをもらってください』

 と苦無を見せた。

 それにはハヅキの印・月にクヌギの葉をあしらった紋が柄の部分に刻まれていた。

 山吹の忍者は、親しいものに形見をあらかじめ伝えておく習慣があった。


 サカキはハヅキの着物の中の隠しに手をいれ、苦無を取った。

 印の入った苦無は、留一とめいちと言う。

 手持ちのすべての武器を失ったあと残った最後の一本、の意である。

(※留一は筆者の造語)


 これを振るう時は命があるかないかの瀬戸際の時だが、ハヅキの留一は使われていなかった。

 使うヒマもなく、オボロの冬刹とうさつで動きを封じられ、そこを桔梗の忍者に斬られたのだろう。


 代わりにサカキの留一・さかきの葉の紋が入った苦無をハヅキの手に握らせる。

「これで地獄の鬼どもと渡り合っていてくれ。俺も、それほど待たせずそちらへ行くだろう」


 忍者の寿命は短い。

 30の歳になる前にいずれ自分も戦いの中で果てる、とサカキは思っている。


 すぐそばには中忍5人が冷たい遺体となって転がり、その少し奥には無造作に里人の遺体が積み上げられていた。

 それには老人も女もまじっていた。特に外傷はなく、冬刹によるものだと思われた。


『サカキ様、今年は豆がよい出来ですよ』

『それはよかった』

『炊いて豆餅を作りましょうね』

『ああ、楽しみだ』

『サカキ様ー、遊んで!遊んで!』

『ほっほ、サカキ様は子供に大人気ですな』


 忍務は過酷だが、里での暮らしはおだやかなものだった。

 修羅の道を歩みながらも人の心を保てたのは里人のおかげだ。


(苦しかっただろうに)

 手を合わせて頭を下げる。

 涙が一筋流れた。

「すまない、埋めてやることもできない」


 涙をぬぐってサカキは立ち上がった。

「だが、必ず敵は取る。取って、いつかここに戻り、そなたらの塚を建てる。それまで待っていてくれ」


 サカキの横顔に日の光が差し込む。夜明けだ。人生で一番長かった夜が明けたのだ。


 サカキはローシェ軍と生き残った者たちとともに山吹の里を出た。

 秋風が山の冷たい息吹を乗せ始める10月4日。山吹の里は落ちた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 ――山吹の里――


冬刹とうさつか……期待外れだったな。条件がややこしい。無辜むこの民ならばたやすく殺せるが、さすがに上忍が相手では一筋縄では行かぬ。まあ、もともと殺すつもりはなかったが――」

 己の右手を見ながらオボロが言う。


「サカキめ。忍務に失敗するどころかローシェ軍を味方に付けて戻ってくるとは。読めない男だ」

 独り言のようにつぶやいていたが。


「お前は……誰?」

 赤く波打つ髪と赤みのある黒瞳を持つ南方系美女は上忍の弐・ミヤビである。

 山吹の歴史で唯一、上忍になったくノ一だ。


 彼女は両脇を桔梗の忍者に支えられながら憔悴した風情で立っていた。

「誰って?上の壱・オボロだよ。そなたの愛した唯一無二の男だよ」

 と面白そうに答えた。その端正な顔は下卑た笑みで歪んでいた。


 ミヤビはカッと目を見開いて体を揺らして掴まれた腕をほどこうとしたが、オボロの一にらみであっさり気を失った。

「ほう、まだ動けるのか。さすがは弐。まだこやつは利用価値がある。城へ連れて行け、丁重にな」

「「ははっ」」


(まあ当初の目的は達した。引き上げるか。

 それにしてもあの大太刀……月牙げつがの美しさよ。ずっと追っていたがようやく見えたまみえた

 欲しい!あれこそ私にふさわしい逸品――)

 オボロは目標の姿を確認し、歓喜に身震いした。

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