第5話 騎士の精神

 サカキは険しい目で男を見上げた。

「断る」

「断るな。我らは騎士だ。手の届くところに助けられる命があるなら助ける」


 大男は右手で拳を作り自分の心臓の上をぽん、と叩いた。

「それがローシェ騎士の精神だ!」

 と、大男はドヤ顔で大剣を右肩に乗せキラリを歯を光らせた。


「ローシェだと?」

 サカキは驚いた。

 北方の獅子と称される大国・ローシェ王国。騎士と白魔法に支えられた、大陸でも最強クラスの軍隊を持つ国である。小国のフランツ公国の東側にあり、ローシェ家による王朝が100年以上も続いている。

 ということは、姫と言うのは――


「来られたか」

 大男が左へ一歩動いた。


 邸宅の向こう側から真っ白な馬が駆けてくる。

 乗っているのは最初に会った少女のはず、だが。


 先ほどの寝屋着とは違う緑色の外出着用のドレスで、令嬢の横乗りではなく騎士のように勇ましく馬にまたがっていた。

 腰まで届くほど長い金髪は結っておらず、風になびくままとなっている。

 少女は白馬に急制動をかけ、大男と粉屋のおやじの間にヒラリと着地した。


 小姓が前へ進み出て先端に輪が数本ついている錫杖を少女に恭しく手渡した。

 美しい手がそれを取ると――


 空気が変わった。


 先ほどとはまるで違う、気品と威厳に満ちた堂々たる立ち姿。

 瞳はいっそう青く輝き、金髪はゆるやかに波をうって風に揺れていた。

 まだ薄暗い空の下にあって、そこだけに太陽の光が差し込んだようだ。


 サカキは少女の顔を見、大男とロルドのほうを向き、もう一度少女の顔を見た。

「二度見しましたね」

「二度見したな」

 大男と粉屋が同時に言った。


 少女が錫杖の下先を地面にトン、と突くと先端に飾られている数本の銀輪がシャランと音を立てた。

 その場にいる全員が寸分たがわぬ動きで右手の拳を左の胸にあてる。

 衣擦れと装備の音がザッと鳴った。


「ローシェ王国イリアティナ・デル・ローシェ王女陛下である!」

 大男が地から空にまで響くような声で宣言した。


 サカキの目が鋭くなる。

 ローシェ王国は国王と王妃が11か月半前に事故死し、それから国全体が300日の喪に服している。

 その間は王位継承は行われないが、1人娘で第1王位継承者であるイリアティナが国王代理となっており、女王陛下と等しい地位であるため王女陛下と称されている。


 威厳ある姿に、サカキとアゲハは両膝をついて頭を下げる。

 秋津国での主君に対する臣下の礼である。

(標的がローシェの王女だったとは……オボロは俺にそんな忍務を……)


「ワシはユーグ・オスロー。ローシェ王国全軍総指揮官である。

 そちらの粉屋のおやじっぽいのはロルド・ヴァインツェル。これでも有能な宰相だ」

「ちょっとユーグぅ、気にしてるのに」

「褒めてるだろ、一応」

 ユーグはハハハと笑い、ロルドは眉毛をハの字に曲げて嘆いた。どうやらローシェでも彼の容貌は牧歌的で粉屋のおやじっぽいらしい。


(どちらも国のトップクラスじゃないか……)

 サカキは背筋が冷えた。


 王女はサカキを見た。

「事情は聞いた。そなたの里が襲撃を受け、女子供を人質に取られた、というのだな?」

 美しく、力強い声だった。

 さっきのふにゃふにゃとした甘ったるい声音とは全然違う。


「はい、……これから里に向かいますことをお許しください」

「許す。ただし、我が騎士団を連れて行け。それが条件である」

 サカキは慌てた。


「そんな、今日会ったばかりのあなたがたにそんな危険なことはしていただくわけにはいけない。

 上忍の壱は恐ろしい技を使います。あなたの騎士にも犠牲者がでるかもしれません」


「サカキ」

 と王女がたしなめるように言った。

「そなた、自分がしたことを忘れたか?」

「いえ、それは……」


「責めているのではない。事情がどうであれ我らは出会った。そして今、そなたの里が危機に陥っている。

 それだけの人質がいるならそなた1人でどうにかなるものではなかろう?

 女子供も連れてどうやって里から脱出するつもりか?

 だが、我らには荷馬車が数台ある。使えるものは何でも使うのが忍者、と聞いているが?」


 王女の青い瞳はまっすぐにサカキを捉えている。

 濃い青色は空のように澄んでおり、サカキの心を見透かしているようだ。


 その通りだ、忍者にとって人質など用が済めば殺してしまえばいい程度の価値だ。

 それに、助け出した後のことも考えねばならないとなると、今の自分だけでは助けられるものも助けられない。

 迷っている場合ではなかった。


 サカキの心は決まった。

 両手を地面に置き、サカキは頭を地面に付けた。

「王女陛下にお願い申し上げる。どうか…里の民をお助けください!!」


 王女が優しく微笑む。

「よく言った。その言葉が我が騎士団を守るであろう」

「それはどういう……?」

「それはあとで、ロルドが説明する。そなたは運がよいぞ、サカキ。

 喪中の我らは白の女神との契約により他国への侵略行為はできぬ。しかし!」


 王女が声高く宣言する。

「王女の寝所に忍び込んだ不届きものを捕えるために、その隠れ家まで追跡することは禁止されておらぬ! ユーグ・オスロー!」


「はっ!」

「第三騎兵隊を率い、生存者を関係者としてすべて我が国へ連行せよ!」

「ははっ!」


「ロルド・ヴァインツェル!」

「はい!」

「ユーグを補佐し、女神との誓約を逸脱せぬよう注意せよ」

「お任せください」


「感謝いたします」

 サカキとアゲハは両ひざと両手を地面につき、深々と頭を下げた。

 里に残った者たちをすべて救ってもらえるとは思ってもみなかった。


 里人は里に残れば殺されるか人質として活用される。かといって里以外に逃げ出したところで、戦乱の世である秋津では暮らしていける保証はまったくないことを知っているのだろう。

 15歳の少女とはとても思えぬ見事な判断力と鮮やかな采配であった。


「それでは私はこのまま馬で城まで帰る!サカキ、必ず生きて戻れ!」

 王女は錫杖を小姓に渡し、踵の高い靴で地面を軽く蹴り、軽々と補助もなしで白馬にまたがった。驚くべき身体能力だ。

 駆けだした王女の後を数名の騎士が馬に乗って追っていく。


「お城で待ってるわね、ダーリーン!!」

 遠くから王女が馬上でこちらに振り向き、投げキッスしているのが見えた。

 サカキは心の中でよろめいた。

(本当に、同じ人なのだな……)

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