第4話 山吹の里襲撃

「傷は浅いけど首ですし、なるべく動かさないようにしてくださいねっ」

 指をぶんぶんと振りながらアカネが言う。


 サカキは無言でうなずきながら周りの状況を見る。

 この部屋と部屋の外も大勢の衛士たちに囲まれていた。


(この人数、大貴族、というレベルじゃないぞ。これはまるで国のトップクラスでは……)


 少々手荒くなるが今のうちに脱出したほうがよい、と判断する。

 特に名を知られてしまったのは最悪だった。

 しばらく里に帰れない。


 その時、遠くから馬のいななきが聞こえた。サカキの愛馬・モクレンだ。

 荷物一式を持たせて邸宅から離れたところに待機させていたはずだ。

 顔を上げて窓の外を見る。馬に乗ってこちらに駆けてくる女の姿が遠くに見えた。


「どうした?」

 大男が問うと。            

「俺の馬がこちらに向かっている」


 サカキは常人よりもはるかに遠くまで見聞きできる目と耳を持っていた。


 答えると同時にサカキは体を沈ませ、脚を回転させる。

 窓の前にいた衛士のすねをはらって転ばせると両手を交差させ、窓をぶち破って外へ転がり出た。

「おい、待て!」

 大男も窓に手をかけてサカキを追う。


 愛馬がレイスルの邸宅の垣根を飛び越えてサカキに向かって来る。

 モクレンに乗って来たのはアゲハという山吹の里の若いくノ一だ。


 サカキは外にいた衛士たちに、

「その娘は同郷のものだ、通してやってくれ!」

 と叫んで、モクレンの手綱たづなを握った。


あるじ様!」

 馬からヒラリと飛び降り、秋津語でアゲハが叫んだ

 2人を衛士たちが取り囲む。


「もう知られている、名で呼んでよい」

「は、はい、サカキ様、里が、桔梗の者20名に襲撃され、六様(六番目の上忍)と中忍様たちが討ち死にを……」

 アゲハの瞳から涙が零れ落ちた。


「な……んだと?」

 信じられない。つい半日前まではいつもの里であったのに……。

「まさか、あいつが……、桔梗のものなら何人だろうとハヅキ1人で十分だろうに――」


 桔梗とは、サカキの山吹の里と同じ松崎藩に属する桔梗の里の忍軍で総勢102名いる。

 桔梗忍軍は戦で武士とともに前線に出るのが主で、下忍と中忍のみで構成されており上忍はいない。

 山吹忍軍とは同じ藩の味方のはずだった。


「壱様(オボロ・サカキに外国での暗殺指令を出した)が、裏切られました、六様(ハヅキ・上忍)と中忍様5人は応戦中に動きを止められ、囲まれて斬られ、弐(ミヤビ・上忍)様は気を失って壱様の肩に担がれておられました。

 女子供が広場中央に人質にされております。家も次々と焼かれて……」


 サカキは言葉が出て来ない。

 上忍の壱、オボロが敵に回った?

 動きを止められた、というと彼が、異能「冬刹(とうさつ)」を使ったのか?

 あの、あらゆる体の動きと、呼吸さえも止める残酷な技を、彼を慕い長年共に里を守って来た仲間に?


「お話し中すまない、私は秋津語ができるのでね、事情はわかった」

 粉屋のおやじが走り寄って来た。サカキは首を振った。


「里に戻る、そこをどいてくれ」

「ちょっと待ちなさい。今、白魔導士の伝達魔法で姫に事情を伝えました。すぐにここへ来られます。姫の話を聞いてもらえませんか?」

「そんな暇は……」


「待った方が貴様たちのためになるぞ」

 大男も険しい顔で剣を担いでやってきた。先ほどまで持っていた剣とは全然違う、鞘に銀の装飾が施された豪華な剣だった。

 別の部屋へ行って取って来たらしい。

「ワシは秋津語はわからないが同時通訳で事情はわかった。そこのお嬢さんもいっしょに聞いてくれ」


 アゲハは大男とサカキを交互に見た。

 彼らが敵ではなさそうなのはわかったが事態を計りかねているようだ。


「関係のない方々を巻き込むわけにはいかない」

 サカキはもう一度首を振った。

「お前がここにいる、ということですでに関係はあるのだ。我々もその里とやらに行こう」

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