3-2.私の中の、呪い。
雲を内包したかのような、淡くまたたく薄黄色の鉱石。見る加減で青色にもなる、不思議な緑の宝珠。細かい金の針をちりばめた水晶は、バラの形をしている。
「不思議な石ばかり」
「もらいものだけれどね。思い出があるから飾ってあるんだ」
「きれいです、どれも」
ガラス越しに並べられた宝石の数々を見て、ヴィクリアは
昼食を終えた現在、オルニーイと共に図書室にいる。食事をした直後に激しく動くと、どうやら腹痛をもよおすらしい。なので忠告に従い、食後の休憩ということで珍しい石たちを見学していた。
オルニーイは近くの椅子に腰かけ、紅茶を飲んでいる。
青緑のカーペットやタペストリーに
「あ、これ、サンゴ? みたいな形してます」
「それは大陸南部の
「大陸南部……遠そうです」
「うん、砂漠と山を越えて行った。砂漠を横断したときは大変だったな」
「ここの大陸南部の端っこには、ユランがいたと聞きました」
「おや、知っていたんだね。そう、討伐のためにおもむいたんだ。色々、あったよ」
「騎士や戦士、魔女に傭兵。彼らや彼女たちの死の上に、今の平和はあるんだ」
ささやかれた声は重苦しいものだ。何を聞こうかで迷い、結局
「ユランは、強かったですか」
「ああ。分身とはいえ、さすが竜だ。炎のブレスを吐いてきてね。被害は百人を超えた。魔獣もいたよ。ワイバーンやオーク……勝てたのはほとんど、奇跡だろう」
「奇跡じゃないと、思います」
「……と、言うと?」
オルニーイがこちらを見た。どこか、厳しい眼差しで。ヴィクリアもまた体の向きを変え、彼の視線を受け止める。
「みなさんが自分のやるべきことをやったから。やらなきゃならないことを、したから。その結果なんじゃないかって、思いました」
「結果、か」
オルニーイの口元が、歪んだ。どこか
「ごめんなさい。何も知らないのに」
「いや、怒っているわけじゃないよ。……結果と呼ぶには、あまりにも大きすぎる犠牲を出しただけだから」
「それは、ルイさんのせいですか?」
「一応はね。指導者はわたしだし」
本当にそうだろうか、と心の中の疑念をとどめる。
確かに彼は英雄だ。『格好いい人』だ。けれどそこに、オルニーイ個人はいるのだろうか。彼は、自ら望んで英雄になったのか――ヴィクリアにはわからない。
聞いてみたい、と思う。自然とオルニーイのことが知りたいと感じ、唇を開いた刹那。
「ルイ、ヴィクリア。ここにいますよね」
扉の開く音がし、同時にキツァンの声が部屋に響いた。
「いるよ、キツァン。王都に行っていたんじゃないのかい」
「帰ってきたんですよ、さっき」
入口の方から顔を覗かせて、キツァンがローブをひるがえし歩いてくる。
首を鳴らしつつ、彼はヴィクリアのために用意された紅茶のカップを手にした。
「もらいます」
「それは彼女の分だが」
「喉
「はい、いいです」
ヴィクリアはうなずく。と、すぐにキツァンは、紅茶を一気に飲み干してしまった。
はあ、と吐息を漏らした彼は、カップを無造作に置いてヴィクリアを見る。
「二人とも、いつもの塔へ」
「何か判明したのかい」
「ま、ここじゃなんですし。雨が降る前に向かいましょ」
「わかりました」
今日の天候はあまりよくない。雷雨はまだないが、外は薄暗かった。
「ところでヴィクリア。どうですか、オドとマナの調子」
「だめです。まだオドははっきりしてないですし、マナが使える様子もなくて」
キツァンが首肯する。想定内だというように。
「……できてないのに遊んだりしてて、ごめんなさい」
「息抜きも必要でしょ。そこの英雄様に使われてるだけかもしれないですけど」
「今日の君も毒舌だよね。わたしはヴィクリアに喜んでほしいだけだよ」
謝罪を軽くいなされ、ヴィクリアは申し訳なくなる。優しい世界が、どこか辛かった。
重い足を引きずり、オルニーイたちの後ろを歩いて部屋から出る。やはり通路には軽い湿気があり、これから雨が降りそうな予感があった。
「キツァンさんは、王都に行って何を?」
「瘴気の卵をちょっと。これじゃないかなってやつを持ってきました」
「ということは……いよいよわかるかな」
「ええ、時間はかかりましたけどねー。さすが僕。天才。偉い。凄い」
眠たそうな顔で、キツァンは自分を褒め称える言葉ばかり述べている。
三人で軽い会話をし、主館から出て塔へと急いだ。いつの間にか暗雲が空に広がっている。どんよりとした空気は草の匂いを含み、どこか青臭い。
少し歩けば塔へと辿り着く。キツァンが手にしていたランタンをかざして中に入った。
最後に入ったヴィクリアは扉を閉じ、二人を追いかける。いつの間にか誰もが無言になっており、靴音だけがやけに大きく響いていた。
久しぶりに来た塔は、混沌を極めている。はじめて入ったときと比べ、書物や巻物は広がって転がり、鉱石や薬草の類いも瓶に詰められ、あるいは剥き出しで散らばっていた。
ものを踏まないよう注意し、辿り着いた二階――机にあるキツァン所有の銀の天秤が、ランタンの明かりにきらめく。
「さて」
ランタンを机の端に置き、キツァンはローブの内側から銀の卵を取り出した。
「見てて下さい。僕の推測が正しけりゃ、これがあなたに呪いをかけている魔獣です」
「……はい」
一見して、いつもの卵と変わりない。つるりとした表面には何もなく、模様も描かれてはいなかった。
それでもヴィクリアは注視する。どんな魔獣が、自分の体に呪いを与えたのかと。
小さく唾を飲む中、キツァンは静かに、天秤へ卵を置いた。
「あ……」
――釣り合った。二つの天秤が均等になる。
「……決まりですね」
「これがヴィクリアに呪いをかけたものか」
「私の中の、呪い」
「ええ。この瘴気を持つ魔獣は、ケルベロスです」
「ケルベロス……?」
聞いたことのない単語に、しかし身震いしてしまった。名持ちの魔獣だと覚悟は決めていたが、実際どんな存在かわからない。声を震わせながら問えば、キツァンが咳払いする。
「三つ首を持つ犬ですね。蛇や竜の尾っぽでできたたてがみを持ち、毒を吐きます。人語を理解するものも中にはいるとか」
「強敵だったことは覚えているけれど……あの一体ではなかったのかい」
「魔獣だって徒党を組むでしょ。同じ種族がいても変ではないですね」
二人の会話に、ヴィクリアは入ることができなかった。
卵を見て、揺れる指先を押さえつけるようにスカートを握る。
「そんな強い魔獣が、どうして私を」
「あなたのオドと波長が合ったからかもしれません。あなたを責めているわけではないですよ。大半の呪い持ちが、魔獣と波長が合うから狙われる、という事実からです」
「……それでは、この近くに生息しているのかな、ケルベロスは」
オルニーイの問いに、キツァンは首を横に振った。
「付近で怪しいところと言えばイルガルデ要塞ですが……ルイ、あそこは
「ローダ城をもらったときに確認はしてもらったよ。確かに、何もいなかったと聞いた」
「ふぅむ。こりゃまいりましたね。居場所を特定するにも……」
沈黙が降りる。静寂の中、ヴィクリアはただ、うつむくことしかできない。
自分の中に眠る強い呪いは、きっと、いつか誰かを傷つける――そう考えただけで、やるせなかった。怖くて、寒くて、どうしようもなかった。
「私、ここを出ます」
口から言葉が滑り出る。本音という名の言葉が。
「ヴィクリア……」
目が熱くなった。唇を噛みしめておもてを上げれば、心配そうにこちらを見つめてくれるオルニーイと視線が合う。
「私、ここ、気に入ってます。みなさんいい人たちだっていうのも、知ってます。だから、危なくなる前に出て……」
「だめですって。師匠にも頼まれてますし、何より僕自身、あなたを見放せば魔獣に負けた気がするので、許可できません」
「そうだよヴィクリア。あきらめてはいけない。まだ何か手はあるはずだ」
「それだけじゃ……ないから」
自分が出す声が、かすれた。呼気が浅くなる。
「何がだい?」
「私は、私のせいで……」
思い出す。過去という罪を。自分がなぜ一人で生きていたかを。そして早く自立しなければならない理由を。
ここでの生活は、短いけれどとても優しかった――そう思うと、薄い笑みが浮かぶ。
「シーテさんは亡くなったとだけ、最初に言いました。でも本当は」
瞳が潤むのを自覚しつつ決める。とても怖いが、誰にも言えなかった事実を話そうと。自分が犯した罪を、暴露しようと。
二人がそれぞれ辛そうな、あるいは怪訝そうな
「シーテさんが死んだのは、私のせいです」
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