1-3.頼るやり方を、知らない。

「呪い、だと?」


 口にしたのはオルニーイだ。形のよい眉をひそめ、顎に手を当てている。


 一方のヴィクリアは混乱し、戸惑っていた。なぜ、賢者キツァンが自分の名前だけではなく、呪いのことを知っているのだろうかと。何も言えず、ただ口をつぐむ。


「シーテ様からの手紙にあったんですよ。娘、ヴィクリアは呪いを受けているってね」

「待ってくれ、キツァン。シーテどのはもう亡くなっている。手紙など書けないはずだ」

「手紙は自らに何かあるまでの期間、封印されていました。開いたのは二年前くらいだと妻が。僕もいろいろ忙しかったので、今まで確認するのが遅れたんです。あなたと同じく国の復旧に借り出されてたでしょ。そのせいですよ」

「確かに。ここ最近だからね、休むことができはじめたのは」

「ま、国に対する文句はさておいて。ヴィクリア」

「……はい」


 声が思わず小さくなる。返答が聞こえたかどうかの心配より先に、緊張がまさった。


 知られてしまった、他人に。呪われていることが――そう思うと自然に総毛立つ。


 呪いとは、悪竜ユランの配下である魔獣の『加護』を受けた状態のことだ。魔獣本人のにえとなるさだめであり、呪われた本人が移動する町や村への目印ともなる。端的にいえば、魔獣の動く縄張りそのもの。


 強大なオドを体に秘めたものが狙われ、呪いを受けたものの血肉を食うことで、魔獣たちはさらなる力を得るという。


 これらはシーテから教わったことだ。幸いにしてヴィクリアは生まれて十七年間、魔獣にさらわれることも、彼らと出会ったこともないのだが――


「強力なオドを秘めた人間が狙われる、それはヴィクリア、あなたも知ってますね?」

「……聞きました、シーテさんから」

「今までなんで無事だったのかが疑問ですが……多分、シーテ様、ことお師匠が結界術を使うなりして、どうにか持たせていたんだと推測します。けどですね、二年前に師匠が亡くなっているとすると、その結界はとっくに切れているはず」

「結界ですか?」

「ええ。そんなん使えるの、僕と師匠くらいのもんですが。あなたの住まい近くに何か媒体があるはずですよ」


 キツァンの言葉で、ヴィクリアはシーテが裏庭に、黒水晶をいくつか埋めていたことを思い出す。掘り返したことがないため、現在どうなっているかはわからない。


「それではヴィクリアどのは、魔女という認識であっているだろうか?」

「オドがあるならマナを操れますから、間違いではないですね」

「違います、私はマナを扱えません」

「は?」


 はっきり答えれば、キツァンが間抜けな声を上げた。オルニーイもまた、目をまたたかせている。


「ちょっと待って下さいよ、ええ……あー……状況を整理します。ヴィクリア、あなたはまず、魔獣の呪いを受けている」

「はい」

「魔獣の呪いは、オドを巨大に秘めている人間がかかる。オドはマナを使う際に必要な要素。それでも、あなたは基礎のマナたる火と風、どちらも操ることができないと?」

「できないです。ごめんなさい」

「師匠が教えなかった、わけではなく?」

「教えてくれたことはありました。でも、何も起きませんでした」


 静寂せいじゃくが辺りを包んだ。キツァンも、オルニーイも、何も言わない。遠く、フクロウの鳴き声だけがむなしくこだまする。


「どんな魔獣の呪いか、師匠が言及したことはありますか」

「いいえ。でも、動物たちは近寄ってこないです」

「それは呪われたものに共通する項目なので、想定範囲なんですが。えー……一体全体、どこの魔獣に呪いをかけられてるんだか」


 わからないことばかりを聞かれ、ヴィクリアは申し訳なさで縮こまった。「あー」だの「うー」だのと唸っていたキツァンが、再び咳払いをする。


「ルイ、そこの森、どこでしたっけ」

「シェルビだよ。クイーシフル領に近い、比較的古めの森だね」

「あーそうだ、シェルビだ。うーん、迎えにいくにも準備が必要ですね、こりゃ」

「迎えってなんですか」


 ヴィクリアは、キツァンの声に小首を傾げた。一体、何を迎えるというのだろうか。


「なんですか、ってそりゃヴィクリア、あなたを迎えるための場所と時間ですよ」

「私、どこに迎えられるんですか? なんのために?」

「……師匠、そういうことも話してないんですね。まいったな」


 キツァンのため息が大きい。だが正直、ヴィクリアは今、何が起きているのか理解ができないでいた。


 呪いのことを暴かれた事実は理解しているつもりだ。呪いの件があるからこそ、他人と関わらず、ひっそりと生きてきた。これからも何事もなく、繰り返しの生活が続くのだと。しかし、どうだ。思いとは裏腹に、現実では勝手に話が進められようとしている。


「ヴィクリアどの」

「あ、はい」


 指を組んで悩む自分に、オルニーイが優しく呼びかけてきた。


「わたしたちがユランを殺したため、魔獣たちは今、散り散りになっている。ただ、魔獣全てを倒しきったわけではない……それは理解してくれるかな」

「わかり、ます。一応」

「となると、いつ君が狙われはじめるかわからない、ということだ。君が狙われる、すなわちここの森と領地に、なんらかの被害が出る可能性もある」

「……あ」


 周りに迷惑がかかるのか、と思い至り、ヴィクリアは視線を机に落とす。だが、どうすればいいのか考えがまとまらない。そこまでの知識が、自分にはない。


「師匠、シーテ様の手紙はこうあります。『ヴィクリアの面倒を見てやってほしい』と。ルイが言うとおり、魔獣がいつやってくるか不明にすぎますし」

「面倒……私、どうなりますか? どこに連れて行かれるんでしょう」

「それを今考えてるんですよね。どこかないか……万が一、魔獣が来ても迎撃できるような……学校は生徒たちが危険に過ぎるし……」

「キツァン、それならわたしの居城はどうだろう」


 見えないだろうに律儀に手を挙げ、オルニーイが口を開いた。


「え、クイーシフルのですか?」

「そう。わたしのローダ城なら兵士も多く駐在している。何より、わたし自身がいる。ヴィクリアどのを狙うものが来ても安心だ。腐っても英雄だしね」

「はあ、ま、そりゃそうかもしれませんけどね」

「それはとても、英雄さんに迷惑をかけるのでいやです」


 すらりと断りの言葉を出してしまい、ヴィクリアはまた、うつむく。オルニーイの穏やかな笑い声が響いた。


「大丈夫。言ったろう、英雄だと。君一人守ることができずに何が、だよ」


 握りこぶしを作って微笑む彼に、ヴィクリアは首を横に振る。


「英雄の心配をしているわけじゃありません。私、ルイさんの心配をしているんです」

「それは、どういう……?」

「あ、なるほど。ヴィクリア、あなたはルイ個人の立場などを案じているのですね」

「はい」


 多分、という単語を飲みこんだ。


 英雄というからには強いのだろう。事実、悪竜を退治している話も聞いた。しかし、オルニーイ個人のことをよく知らない。呪い持ちの女なんてものをかくまったら、それこそ大変な事案になるのではないだろうか。


 ヴィクリアの懸念をさておき、オルニーイは呆気にとられたような顔になるものの、すぐに明るい笑みを浮かべてみせる。


「ありがとう、ヴィクリアどの。優しいのだな、君は。だが大丈夫だよ」


 怖々と顔を上げ、そんなことはない、とヴィクリアは思う。


 人に迷惑をかけることをしてはいけないと、シーテはよく言っていた。それに自分は、罪を犯した。他人には口外できない、罪を。


 多分、と心の中で付け加え、一人ささやいた。


 ――私はきっと、人に頼るやり方を知らないだけです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る