第17話

17・今度こそ!



 オレは再び別の派遣会社に登録をした。そんで下水道の配管を作る工場を紹介してもらった。派遣先の会社の名前はKケミックス。トラックの会社のように、「早くやれ、早くやれ」「正確にやれ、正確にやれ」「失敗するな、失敗するな」と無茶な事を要求するようなパワハラ気質の職場じゃなかった事もあって、オレはそこでみるみる主戦力の一部になる事ができた、……自分で言うのもなんだけどね。オレにはトラックの会社のような管理教育よりこのKケミックスのような放任主義の方が合ってるんだろう、とも思った、……って、これ、昔の親父に言い聞かせてやりたいよ、まったく。ともかくオレは残業にも早出にも、それから休出にも積極的に協力したよ。「働きやすくていい会社に入れたんだから、今度こそここで頑張ろう」って決めたんだよ。するとすぐに事務のおばさんからも、

「アンタが居てくれてとても助かる、まさか短期じゃないよね? 数ヶ月でいなくなるとないよね?」とまで言ってもらえるようになった。

「人を殴ったとかお金のトラブルを起こしたとか、よほどの事をしない限りは大丈夫ですよ」

 オレはそう答えたよ。もちろんそんなトラブルを起こすはずもなく、おかげでオレはようやく腰を据えて働く事ができるようになったんだ。

「オレ、そんなに優秀な人間じゃないんです。じゃあなんでここでこんなに働けているのかというと、それはたまたまここの仕事が合ってたからなんです。もしここを解雇クビになって他所で働かなければならなくなったとした、と思うとゾッとします。だってその仕事が自分に合ってるなんて保証はどこにもありませんもん。だからこそ、ここでベストを尽くすしかないんですよ。何よりそれが自分のためなんです」

 上司にそう、面と向かってハッキリそう言った事もあった。ただ、そこでよく話をしていた同じ班の後輩の女から、こんな意味の事を言われた事があったんだよな。

「先輩は彼女と同棲していて、共働きで生活費も折半している、……つまり金銭的なゆとりは相当あるはずなのに、なんでそんなにカツカツになってやれ残業やら休出やらをしようとするのか、もっともっと稼ぎたいと公言するのか、私には分からない、……ちょっと贅沢し過ぎなんじゃないんですか?」

 いや、これ、全くそのとおりだと思ったよ。確かにあの頃のオレたちは、何度も言うようにお互いがお互い、自分にも他人にも甘いタイプだったから、その収入に見合わない贅沢をして遊び惚けていたんだ。



 ところでオレが「心が叫びたがってるんだ」というタイトルのアニメを初めて視聴したのは、Kケミックスでの仕事が安定し始めた頃の事だった。花田少年史の時もそうだったけど、このアニメにもかなりハマったから、きっと大太も覚えていると思う。「山の上のお城」に憧れる、夢見がちな小学生の女の子、成瀬順というキャラが冒頭部分に登場するアニメだ。

 主人公である少女・成瀬順は、「山の上のお城」を間近で眺めながら、「いつか私も、『山の上のお城』で、素敵な王子様と舞踏会に参加したい」と妄想してしまうんだ、……その「山の上のお城」が、実はラブホテルだったとも知らずに、ね。しかもそこから自分の父親が出てくる現場を目撃してしまうんだ、よその女を車に乗せて運転している父親をさ。でもまだ子どもだったせいで事態を正しく把握する事ができなかった順ちゃんは、それを、「お父さんは舞踏会に参加していたんだ」と誤認してしまって、しかもそれを母親に話してしまうんだ。それが理由で両親は離婚。しかもその事を父親から、

「全部、お前のせいじゃないか」と咎められ、順ちゃんはその精神的なショックから失語症になってしまうんだ。

 時は過ぎて順ちゃんは失語症のまま高校生になる。その高校では毎年、「ふれあい交流会」なる催しが開催されていて、その女の子は他のそれぞれ訳ありな生徒たち計四人と共に実行委員になるよう担任から強引に指名され、紆余曲折を経てその女の子はミュージカルのための物語を書くようになるんだ。

 それを見るまで、オレは長い間、小説を書く事をやめていたんだ。若い頃、それも約20年前、学校の先生になりたがっていたヨシコと付き合っていた頃に愛用していたワープロなんてもうとっくに処分しちまってたしね。その頃書きかけていたの長編があるにはあったんだけど、自分でも「面白くない」と思っていて筆が途中で止まってしまってもいたし。でもその、いわゆる「ここさけ」を見てなんだか主人公の順ちゃんのように物語を書きたいと無性にそう思うようになってしまったオレは、もう一度書いてみる事にしたんだ。その小説のタイトルは、「忘れ花火」。この話はオチまでキチッと決まっていたし、アイデア自体は決して悪いものではない、むしろ良いぐらいだと思っていた。それもあってタイトルは絶対に「忘れ花火」にしようと決めてはいたんだけど、何せ納得いくレベルにまで書き上げられた試しがなくて、そのままそのネタは頭の中に放置しっ放しになっていたんだ。んで、オレはこれにもう一度取り組んでみようと思った、ってわけ。

 いざ取り組んでみたら、自分でもびっくりするぐらいサクッと書き上がってしまったんだ。若い頃の自分がまだ持っていなかった車への知識を注ぎ込んでいる部分もいいアクセントになっていて、オレはその点も含めて原作者として大変満足だった。。Kケミックスのおかげで、仕事と収入が安定していた事も手伝っていたのかもしれないね。世界で1番最初の読者になってくれたヒロミからの評判も悪くなかった。むしろ逆に「文章キレイ!」と絶賛してくれていたし、ネットを介して読んでくれたヒロミの妹も同じ感想だったらしい。でもオレはそれだけじゃどうしても満足できなかった。せめて後もう一つぐらい、誰がなんと言おうと「これは傑作だ」と思える小説を書きたくてムズムズし始めてしまったんだ。そんなある日、ふと思ったんだ。「忘れ花火がリメイクなら、若い頃に書いたはいいものの、納得いかなかった他のものをもう一度、今の自分の知識と技術を総動員してリメイクするのも有りなんじゃないか」ってね。それで書き上がったのが「あの日の二人はもう居ない」だった。この小説を書くに当たっての様々な問題点は、ヒロミと一緒に行った温泉旅館でお湯に浸かりながら構想に構想を重ねてブレイクスルーした。源平合戦に敗れた平家の落ち武者伝説が残る、栃木県は湯西川の温泉旅館の屋上にある露天風呂を二人で貸し切りにした時の事だった。温泉旅館で小説の構想なんて、なんだかまるで純文学がもっとも盛んだった頃の大文豪みたいな話でこそばゆいんだけど、でもまあとにかく寒凪の空の下で朝風呂に浸りながら、「これなら行ける!」って確信が持つ事ができたオレは、家に着くなりさっそく執筆に取りかかったってわけ。

 こうして書き上がったのがオレの一番の自信作、「あの日の二人はもう居ない」だった。ヒロインの父親がアルコール依存症だったせいで引き裂かれてしまった中学生の純愛カップルの悲恋の物語だ。

 この小説を書くにあたり、オレは「歌祈かおり」という名のキャラクターを考案した。名は体を表すということわざどおりの歌唱力と美貌を持つ女の子だ。「祈る」という文字を「おり」と読ませる事は決して苦しくはないと思えたし、俗に言う、「キラキラネーム」だとも思えなかった。ついでに本屋さんへ行って名前辞典で引いても見たけど、少なくともオレが調べた限りではこの「歌祈」という名前は見つからなかった。その事もあってオレは、「この名前とキャラを、『あのふた』だけでワンオフにしてしまうのはもったいない。コイツをもう一度活躍させたい」と思ったんだ。

 ある日。「いつか男性四人組のロックバンドの物語を書きたい」と若い頃からずっと思っていて、ぼんやりとではあったけどオチまでのおおよその構想ができていたオレは、ふと閃いたんだ。「ああ、だったらこの男性四人組のグループに歌祈が合流したという事にして書いてしまおう」ってね。それで書き上がったのが「真夏の風の中で」だった。商業的に成功した架空のロックバンドのメンバーたちの手で書かれた自伝、……という体裁をとった小説さ。筋書き的に三人称の方が相性が良さそうな気もしたんだけど、いかんせんオレは一人称は大の得意なんだけど三人称がとにかく苦手で、その苦肉の策として考案したのが、「自伝という体裁をとった小説」という手法だった。そのせいで、時間軸の前後が激しい上に、物語の語り手が次々に変わるというやや複雑な仕組みの小説になっちまったんだけど、あれはまあ、あれで正解だったんだと自分ではそう思っている。そんなこんなで途中で一度筆が止まっちまったりもしたんだけど、でもまあおかげ様でちゃんと最後まで書く事ができてオレは満足だった。

「忘れ花火」や「あのふた」の時と同じように、「まなかぜ」も、「若い頃の自分にはできなかった事を盛り込んで書こう」とオレは考えた。それが理由で、想新の会を徹底的に批判するという事をこの小説の重大なテーマの一つにして書いた。その頃にはもうとっくの昔に、しかもこれでもかってぐらい完璧に、想新の会の宗教的マインド・コントロールを超克していたオレにとって、それはむしろライフワークとも言えるぐらい重大なテーマだったんだ。

 この「まなかぜ」について、大太に聞いてもらいたい大事な話がもう一つある。歌祈というキャラが登場するという性質上、この「まなかぜ」はしぜん「あのふた」の後日譚という立ち位置の小説になってしまった、んで、それが理由で「あのふた」に登場するヒロイン・コスモの受験のエピソードが重複して描かれる事になってしまったんだ。その事を、やっぱり世界で一番最初の読者になってくれたヒロミから突っ込まれてしまったんだよ、……それも、きちんとちゃんと最後まで読みもせずにね。

「なんで受験の話がまた出てくるのかが分からない」

 んなもんだから、オレは思わずこう言っちゃったんだ。

「なんでそれが分からないのかが分からない。だって後日譚こっちを先に読む人だっているんだし、その人にも分かるような書き方をしなくちゃ相手にちゃんと伝わらないでしょ? だいたい、あの大文豪の太宰治だって、違う小説に同じネタ(婚約者に浮気された話)を何度も出してるじゃないか。確かに読んでるこっちからしたら、『またその話かよっ』ってなるよ。でも、書く方はそれが必要だと思ってるから書いてるんだ。もちろん、反対意見があるなら聞くよ、ただしちゃんと最後まで読んだ上であればね。とにかく、原作者が目の前にいるからって、ちょ〜っと気になったぐらいですぐにあーだこーだ言うのは止めてくれよ。情報が重複していようとなんだろうと、とりあえずちゃんと最後まで読んでから批評してくれよ」ってね。でもヒロミは結局、ちょっと気になるとすぐにアレコレ言い出すという事をやめてはくれなかったんだ。まあ、ヒロミには編集者的な視点から小説を読んだり感想を言ったりするって事は不可能なんだろうと思って、この問題については諦める事にしたよ。

 ちなみに例の「プロジェクトD」でまだ行けてなかった埼玉は、「ここさけ」の聖地巡礼で制覇したよ。確か埼玉は「ここさけ」の舞台地である秩父を含めて全部で合計10回くらいは行ったと思う。イオンへの買い物とか、川越とかにね。

 神奈川県にも2回行ったよ。「あのふた」の舞台地である葉山の聖地巡礼にさ。この葉山にある森戸大明神(この神社はファーストキスのシーンで使わせてもらった)へお参りした時、オレは海を見ながらヒロミにこういう意味の事を言ったんだ。

「自分の彼氏が書いた小説の聖地巡礼なんて、なかなかできる事じゃないだろう?」ってね。更にオレはこうも付け加えた。

「これからも色々と迷惑をかける事はきっとあると思う。でもほら、オレって自分で言うのもアレなんだけど引き出しが広いし、こんな風にオリジナル小説の聖地巡礼とか、他の男じゃそうそうできない体験をさせてあげられるというアドバンテージがあるっていう自負があるんだ。良くも悪くも変わったところのある人間だからね。それにほら、オレは正真正銘の天涯孤独だしさ。だからどうかこれからも一緒に居て欲しいんだ」

 実を言うと、大太、この時のオレには、「今のまんまのペースで酒を飲み続けたら、いつかヒロミに見捨てられてしまうかも知れない」という本能的な不安があったんだ。オレがこんな風な事を言ったのは、そのものズバリ、見捨てられたくなかったからなんだよ。だったらなおの事、オレはヒロミを大事にするべきだったんだよね、間違っても酒欲しさに彼女を利用するべきじゃなかったんだよね。

 ……そう、見捨てられたくないのなら、そもそも酒をやめれば良かったんだよ。

 ……頭ではその事をちゃんと分かっていたのに、オレにはそれが実行出来ずにいたんだ。

 ……悲しいけど、「本心では止めたいと思っているのに止められない」、オレはそういう病気だったんだよ。

 それから東京へも一度行ったよ。小学生の頃、オレが住んでいた西東京は郊外にあるA市という街を見にね。

「東京って言うからもっと都会っぽいイメージを持っていたんだけど、意外と栄えてないんだね」

 車から降りて10分ほど歩くと、ヒロミはそういう意味の事を言い出した。

「いや、ここから東に二駅ほど行ったT市って所はかなり栄えてるよ」ってオレはそう反論したけど、きっと北関東の田舎町で生まれ育ったヒロミにとって、東京っていう土地はビルとか人ゴミとかで埋め尽くされているっていうイメージが強かったんだろうね。ともかくオレは、「まなかぜ」のラストの舞台になる、そのA市の公園の陸上競技場を見に足を運んだんだ。その頃はまだ執筆し始めていなかった「まなかぜ」の舞台であるグラウンドは、幸いその日整備をしていて、競技場の入り口が開いていたから自由に出入りする事ができた。……つまりその日は、幸運にも取材するのにうってつけのチャンスだったってわけさ。整備していた人も、

「競技場内に入るのは構いませんが、ここから内側には入らないでくださいね」と制限をかけるくらいで特に文句を言ってきたりもしなかったしね。

 その競技場では毎年夏に「イルカ祭り」って名前の祭りが行われていて、オーバルコース一面に出店が出るんだ。自分の幼少の頃の記憶と、今目の前にある競技場の光景を重ねながら、オレは更なる構想を膨らませたよ。んで、帰ってきてからいよいよ「まなかぜ」の執筆に取り掛かった、ってわけさ。

 オレはこの「あのふた」と「まなかぜ」の二つを、魔法のiらんどネット小説大賞に投稿したよ。後は大太も知ってのとおり、この二つは同時に予選を通過した。あの時はもう最高にいい気分だった。特に、自信作だった「あのふた」はともかく、自分の趣味や主義主張だけで突っ走って書いた「まなかぜ」が通過した事についてオレは驚きと喜びを同時に感じたよ。なぜって「まなかぜ」は実在するカルト教団・想新の会を批判しているからさ。想新の会が実在してるって事は、よほどの世間知らずじゃない限り分かるはずだし、そんな事すらも分からないような人に小説の選考員なんて務まるはずがないんだ。つまり選考員はその事を承知の上で予選を通してくれたんだよ。「まなかぜ」が予選を通過して多少なりとも社会に爪痕を残したという事の意味を、想新の会や会の信者たちにはきちんと考えてもらいたいもんだよね。それにこの「まなかぜ」は、その後に起こる事になる「安倍元総理大臣銃撃事件」以降、何かと注目されるようになった「宗教二世問題」を扱ってもいるんだ。想新の会はもちろん、それ以外の宗教団体の信者たちにもぜひ考えてもらいたいんだよね。



 オレはもちろん、予選を通過した事をKケミックスのみんなにも大っぴらに話したよ。

 何よりオレはあの頃本気でこう思っていたんだ。

「若い頃から夢に見ていた作家デビューが現実味を帯びてきた」ってね。ヒロミにも、

「心配すんな。有名になったからってお前を捨ててよその女に走ったりはしないから」

 なんて意味の事を話したりもしたっけ。……事実オレは本気でそう思っていた。お互いわけありである以上、釣り合いの取れるパートナーなんてそうそう見つかるわけがないと思っていたし、あの頃オレは曲がりなりにもヒロミの事を本気で愛していたんだ。

 今までの中で一番長く、そして強い「断酒スイッチ」が入ったのはちょうどその時の事だったよ。

「『あのふた』でアルコール依存症の事をテーマに小説を書いているのに、その作者であるオレが酒を飲むなんて言行不一致もいいところだ」

 そう思った結果、「断酒スイッチ」が入ってオレはピタリと酒を止める事ができたんだ。歳を取ってすっかり贅肉のついてしまったお腹と脳味噌を研ぎ澄ますために、オレは酒のないクリーンな頭でたくさん本を読んだ。また酒をやめた事で当然、体重も次第に落ち始めた。アルコールという、本来なら体に全く必要のない「毒」を処理するという余計な仕事をしなくても済むようになった分、肝臓がその本来の仕事をする事ができるようになったからなのは言うまでもないよな。おかげでポッコリお腹はすっかりへっこんだよ。ヒロミからもエッチの後に、「確に最近お腹へこんだよね」と言ってもらった事もあった。もともと痩せ型だった事もあったはあったんだけど、よく通っている近所のショッピングモール洋服屋の店員さんからも、「なんか毎回見るたんびに痩せてるように見えるんですけど、大丈夫ですか?」って心配された事もあったよ。まあ、職業柄、客の体型に敏感だったって事もあるんだろうけどね。

 ただ、そんな風に少しばかり調子に乗っていたオレが、ヒロミにはちぃっとばっかしウザく見えてたみたいでさ、ある日こう言われちまったんだ。

「アンタは承認欲求が強すぎる」ってね。

「確かにそうかもね……」、オレはそう答えたよ。

「……子どもの頃さ、親父の目の前でバットの素振りをさせられた時の事なんだけど、親父のヤツ、それはそれはすげえキツい口調でこう言ったんだ。"なんだお前のその女の子のようなヘッピリ腰は!"ってね。オレがその女の子のようなヘッピリ腰になっていたのは、自分よりも圧倒的に力が強い大人の男から、腰を引き回されたり手首を引っ掴まれたりして怯えてたからなんだよ。親父からすれば、"子どものためを思ってそうしたんだ"って話にきっとなるんだろうけど、そういうのを『教育虐待』って言うんだよ。しかも、そのくせ親父はこう言うんだ。"親には子どもの事なんてなんでも分かる"って。もし本当に分かっていたなら、あんな事にはならなかったと思うなんだけどね。そもそもオレ、親父に対して、"野球が上手くなりたい"なんて言った覚えは一度もないのにさ。んで、そうかと思うとオレの書いた作文が先生から褒められたり、宮沢賢治の銀河鉄道の夜の感想を表現して書いた詩が新聞に載ったりしてもウンともスンとも言って来ないし。……体育会系の父親と、芸術家肌の息子、オレたち親子は要するに、相性が最高に悪かったんだよな。でも、もし親父がそれはそうだと認めた上で、作文とか詩とかも認めてくれていたなら、オレはこんな風に承認欲求の強い人間にはならなかったのかも知れない……」

 オレは更にそう付け加えた上で、ヒロミに謝ったよ。

「……オレは確かに調子に乗り過ぎてたね。ごめんね」ってね。ただし、ヒロミからは同時にこうも言われたんだよ。

「でもアンタ、最近あまり怒らなくなったよね。もの言いが穏やかになったっていうか、気の短かい性格が治ったような感じがする」

 やっぱり、長期間断酒する事で前頭葉の麻痺が回復して心が穏やかになり始めていたんだよ。

 ともあれ大太も知ってのとおり、結局、オレの小説が最終選考を通過する事はなかったよ。それからもしばらく断酒は続けていたんだけど、誕生日を過ぎたあたりから、「これだけ断酒していたんだし、ま、いっか」、と、オレは再び酒を飲むようになっちまった、ってわけ。



 ……猫用トイレのおしっこマットが、一週間経たずにパンパンに膨れ上がるようになり始めたのは、ちょうどそんな頃の事だったよな。あの時に目を覚ましていれば、あんな事にはならなかったのにな。本当にごめんな、大太。

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