第15話

  15・いろんな所へ



 ヒロミとは、ホントいろんなところへお出かけしたよ。

 茨城の、国営ひたち海浜公園は良かったなぁ。行ったのはゴールデン・ウィークの時だった。ちょうどネモフィラが見頃でさ、丘の上一面にネモフィラの青い花が咲き開いてたんだ。空も地面も一面、青・青・青、太陽の日差しでとても暖かったしね。大太が今いる「虹の橋のふもと」も、きっとあんな感じなんだろうな。

 群馬の榛名湖へも行ったよ。あれはNAからNBのロードスターに乗り換えた後だったな。ちょうどヒロミと一緒にDVDの「頭文字イニシャルD」を観た直後でさ、しかもあの頃は二人ともに無職プーだったんだ。威張って言う事じゃないんだけど、オレもヒロミも超気まぐれで、いい加減で、なんか嫌な事があるとすぐ逃げちゃう悪い癖があっから、あまり仕事が長続きする方じゃなかったんだ。それにオレたち二人とも、他人ひとにも自分にも甘いタイプだったからね。あの時はなんだか無性にお出かけしたくなって、……もう少しだけ正確に言うと無職だという事実から現実逃避したくて出かけたんだ。なんでそうだったのかはよく覚えてないんだけど、あの時はとにかくガソリンだけはタップリ入ってたし、天気も良かったしで、兎にも角にもロードスターをオープンにしてお出かけしたんだ。榛名湖でボートに乗って、榛名神社へお参りして。メロディーラインなんてとこもあったな、時速50キロで走るとタイヤとアスファルトの摩擦で「静かな湖畔」が聞こえてくるって道路が。んで、うどんとワカサギのフライを食べて。ああ、そういや二人で一緒に神社へ行ったのはこれが初めてだった。それはそれはものすごく大きな御神木が印象的だったな。群馬の山奥の方なだけあってアップダウンの激しく地形だったよ。おみくじの中に「小槌」とか「亀」とか「フクロウ」とか色んな縁起物の入ってるやつがあって、オレはどうしても「刀」が欲しくてわざわざ細長そうなヤツを手探りして引いたなんて事もあった。中身は案の定「刀」でさ、

「そんなズルをして何になるのよ?」ってヒロミに突っ込まれたっけ。あちこち出かけるたびに、そのご当地の神社・仏閣へお参りするようになったのはそれからさ。

 頭文字Dの真似をして、

「オレのロードスターで関東全部を制覇しよう。名付けて"プロジェクトD"、DはドライヴのDだ」、なんて言ったのも確かこの日だったな。

 栃木の日光にも行ったよ。スポーツカー、それもオープンカーの屋根を外して峠道をドライブなんてヒロミは初体験だったらしくてすごく喜んでくれてたよ。ヒロミは風通しがいいのが好きで、オレが「寒いから閉めようよ」と言っても平気で部屋の窓を開け放つようなヤツだったから、風に遊ばれてとても気持ちよさそうにしていたな。ヒロミの髪の毛の匂いが漂ってきてオレも楽しかったよ。中禅寺湖でやっぱりボートに乗って、お土産売り場でヒロミはオルゴールのCDを買ったな。クラシック曲のヤツ。家に帰って聞いたけど、なんかサウンドがそこはかとなく感傷的で、「もしヒロミと別れる事になったら、きっとこれを聞きながら酒浸りになるんだろうな」、なんて思ったっけ。まさかそれが現実になるとは夢にも思ってなかったけどね。その足で日光東照宮をお参りしたっけ。やたらめったら「ご利益があります、ご利益があります」って、お守りやらなんやらをセールスするお坊さんを二人で揶揄したな。

 栃木は他にも、尚仁沢の湧き水を汲みにも行ったな。ヒロミは川とか滝とか水を見るのが好きだったから。川の水をそのまま飲んだのは、あの日が初めてさ。美味しかったな。何せ「日本の効き水百選」で何度も一位に選ばれているぐらいだからね。その後持参していったペットボトルに湧き水を汲んで帰ったっけ。

 さらに次の日、茨城の大洗でハマグリを買ったな。そのハマグリと尚仁沢で汲んできた水で作ったお味噌汁は最高に美味しかった。

「海の幸と山の幸を一度で同時に味わえるななんて最高だね」

 なんで二人して笑ったっけ。

 大洗は他にも磯前神社に行ったな。神磯かみいその鳥居も見たよ。神様が降り立ったっていう例のやつさ。でも、贔屓するわけじゃないんだけど、なんか茨城よりも神奈川の海の方がキラキラ感が強いような気がしてならないんだよな。あれはなんでなのかな。

 水と言えば袋田の滝も見に行ったよ。中禅寺湖へ行った時に華厳の滝も見てるから、

「後は那智の滝で三代瀑布を制覇だね」

「遠いから難しいけど、でもいつか行って見たいな」

 なんて話を二人でしたよ。でもそれも叶わぬ夢で終わっちまったな。

 大洗は他にも水族館へ行った。イルカのショー、楽しかったな。ヒロミのヤツ、「さっき子どもみたいに喜んでて可愛かった」とかなんとか言って笑ってたっけ。

 イオンやイーアス筑波なんていったショッピングモールにももちろん足を運んだ。インテリア雑貨の店を見たり、靴や洋服を買ったり、レストラン街を徘徊して二人で店を選んだり、飯の後にサーティーワンのアイスも食ったな。

 茨城は他にも、五浦海岸が見える温泉も行ったよ。海が一望できる露天風呂があって、ものすごーく遠くの方に船が何隻か見えたのを覚えてるよ。それをオレ、しばらくスッポンポンのまま眺めたんだ。あれは壮観だったな。

 温泉といえば、ヒロミは超がつくほどの温泉マニアで、オレたち二人がその頃ハマってた進撃の巨人をパロって「お前は"温泉調査兵団団長、ヒロミン・スミス"だ」なんて言ったら、

「アンタってホント名前を文字ったりするの上手いよね」ってやけに喜んでたっけ。きっとそのニックネーム、満更じゃなかったんだろうね。

 温泉といえば群馬だ。

 さっきも言ったけど榛名湖はもちろん、伊香保や草津には何度も行ったよ。名前は忘れたけど草津の料理が出ないホテルは良かったな。食事が出ない代わりに、宿泊料がとにかく安いんだ。別に飯なんか出なくたって湯滝には徒歩でも行ける距離だったから食事にはまったく困らないし、飲食店でしっかりした物を食べる前に焼き鳥の美味しい店でつまみ食いもできた。そのホテルの人もとやかく話しかけて来ないし、お湯は源泉掛け流しだしで、あそこは本当に良かった。

 オレには温泉旅館へ泊まってしまうと、それまでずっと飲んでいなかったのに突然「飲酒スイッチ」が入っちまうという悪い癖があったんだけど、飲まずに過ごせた最初の温泉旅館は実はその飯が出ない草津の旅館だったんだ。草津には確か日帰りも含めて全部で5回は行ったんだっけかな? その飯の出ない旅館には二回泊まったんだけど、二回目の時は「飲酒スイッチ」が入っちまったんだよな。厳密には湯滝でヒロミがその焼き鳥の美味い店の列に並んで順番を待ってる時に入っちまったんだ。あの焼き鳥店は行列ができるほどの人気店だった。でも道路がものすごく狭いんでその対策として「1グループにつき1名だけ並んでください」というルールが徹底されていたんだ。実際にオレ、初めてその列に並んだ時、危うく初心者マークのついた車に追突されそうになった事があったし(店員さんがオレの服を掴んで引っ張ってくれたから怪我しなくて済んだけどね)。だからってわけじゃないんだけど、その時はヒロミが列に並んでくれたんだ。持ってきてもらうのを待ってる間、LEDのイルミネーションでライトアップされてる湯滝の光景を見たり、焼き鳥の香ばしい香りを嗅いでいるうちになんだか無性に飲みたくなっちまって、んで、つい近くのセブンでアルコール度数の高いハイボールを買っちまったんだ。焼き鳥が来るまでの間、だいぶ時間があったからそれはそれはゆっくり飲んだ。観光でやってきた外国人と英語で会話したりしてさ。

 英語といえば付き合い始めてまだ本当に間もない頃にこんな事もあったな。猫カフェ・Fが閉店した後、あの店の従業員だった人が新しく開いた猫カフェにもヒロミと一緒に行った時の事さ。その店にやっぱり外国人が来ていて、オレはその人に話しかけたんだ。

「What do you like about cat?」ってね。彼がなんて返事してくれたのかは良く覚えてないけど、

「ピョンピョン跳ね回っている所が可愛らしくて好きだ」って意味の英語を喋ったのは確かだ。 えっ? なんで英語で話しかけたかって? まだ付き合い始めて間もないヒロミに、英語ができるのを自慢したかったからさ。……悪いか? ちょうどその時、ボランティア会員で仲の良かったヤツが店に来てて、

「彼女できたんですね? 可愛い子で良かったですね」って言ってくれてたよ。ソイツ、ヒロミをジロジロ見てたせいでグラスを落として盛大に割っちまったのを今でもよく覚えてるよ。ヒロミのヤツも、

「お店の猫たちが怪我しなくて良かったね」って言ってたっけ。まったくそのとおりだよ、よそ見はいけない、特に他人ひとの女をジロジロ見るのは、ね。

 ヒロミとは千葉にも行ったよ。鹿島神宮へさ。境内の中にあるお蕎麦屋さんが美味しかったな。その足でそのまま、成田空港のすぐ隣にある航空科学博物館にも行ったよ。そこでたくさんの飛行機を見たんだ。芝生の上にズラっと並んでるいくつもの飛行機を。

「これって確か、戦後初の国産旅客機のYSー11ってやつかな?」

 なんて言いながら近寄ってったらやっぱりそのとおりで、

「すごい詳しいね」ってヒロミのヤツたいそう驚いてたよ。そのYSー11は中に入る事もできてさ、航空機のコクピットに座る事もできたんだ。飛行機は昔から好きだったけど、コクピットに座るのはそれが初めてだった。面白かったな。でもヒロミが「何か変な臭いがする」って嫌がっちゃって、あんまり長居はできなかったよ。まあ確かにちょっと臭かったのは事実なんだけどね。

 その後、さらに今度は零式艦上戦闘機、……いわゆるゼロ戦のコクピットにも座る事ができたんだ。あれはカッコ良かったな。

「これ見て! 九八キューハチ式射爆照準器だよ!」って叫んだらヒロミにちょっと引かれちまったのをよく覚えてるよ。

 そうそう、飛行機といえば奥日光の西ノ湖って所へも行ったよ。その湖、もともとは中禅寺湖の一部だったらしいんだけど、溶岩が流れてきて分離しちまったらしいんだ。その湖の一帯は大昔からの原生林がそのまま残っていて、「人工的な物は一切ない」、という触れ込みだったんだ。それが理由でゴミは全部持ち帰るようにってルールもあったぐらいだしね。オレは自分で作ったおにぎりをアルミ箔に包んで持っていったよ。オレのおにぎりは本当に美味しいんだ。なぜって母親が遠足の時に握るおにぎりがいつも塩っぱくてとても食えたもんじゃなかったからさ。

「塩っぱ過ぎる」って文句を言った事もあったんだけど、

「塩がないとご飯が痛む」とか言って聞かないんだよ。そうだとしても限度ってもんがあるだろ? 料理が下手だという事を認めたくなくてそう言ったのか、あるいは舌が馬鹿だったのか、今となっては永遠の謎だけど、とにかくあまりにもひどいんでオレは遠足の時、おにぎりは必ず自分で作る事にしたんだ。弟や妹にも好評だったよ。もちろんヒロミもオレのおにぎりは認めてくれてた。ガキの頃からの習慣どおり、その日もオレは手を石鹸で2回洗ってから全部で6個握ったよ。それぞれ鮭と昆布と焼きたらこが入ったおにぎりをね。そのうちの二つ目にヒロミがパクついた時、「ない」と謳っていたはずの「ゴーッ」という人工的な音が頭上から聞こえてきたんだ。ふと上を振り向いたら、旅客機が飛行機雲を引きながら空を飛んでいたよ。あれには笑ったな。

 近所のショッピング・モールに有名なジャズ・ピアニストが来た事があった。1日に二度、演奏する予定になってて、一度目の時はオレ一人で鑑賞したんだよ。二度目の時はいったん家に帰って、渋ってるヒロミを無理やり誘って連れ出したんだ。

「拉致っちまえばこっちのもんよ」ってオレが言ったら、案の定、

「最初の時と一緒ね」って、桜が咲く公園へ連れ出してそのまま部屋にお持ち帰りした時の事を蒸し返されちゃったよ。んなもんだから、

「きっとそう言うと思った」って返して、んで、二人で笑ったなんて事もあった。あの時に聴いたジャズの生演奏は最高だったな。

 ジャズといえば、ジャズバーへ行った事もあったよ。その時は「断酒スイッチ」が入ってて、酒を飲まずにジャズの生演奏を鑑賞したんだ。次の日その事を会社で話したら、「ジャズバーで酒を飲まずに音楽を聴くなんて変だ」って言われたよ。

「変ですか?」、思わずそう返してしまったよ。少なくともその会社では、「オレは酒を飲まない人間だ」って公言していたし、本当は飲んだり飲まなかったりを繰り返していたんだけど、とにかく「飲まない人間だ」という風に思わせたくてそう言ったのさ。

 音楽といえば、茨城の桃の花が咲く事で有名な公園に行った事もあったな。その時、ちょうどアマチュアバンドが1組につき三曲という縛りで演奏していたんだ。オレたちがちょうどその会場についた時、ステージにはプリプリと同じ五人編成のガールズバンドが立っていたんだ(ちなみに演目は全部相川七瀬の曲だった)。

「このバンド、ベースが上手いからまだごまかしが効いてるけど、ドラムが足を引っ張っちゃってるね」

 オレは感じたままを率直に話した。するとヒロミは、

「ああ、私には楽器の上手い下手って分からないんだよな」と答えたよ。

「すべてのパートは、ドラムの出す音に自分の音を重ねているんだ。もう少し詳しく話すと、他のパートが少々下手な音を出したとしても、ドラムが正確なら、その正確なドラムの音が他のパートの下手な音を補正してくれるんだよ。でもその補正する役目を、このガールズバンドはベースが担っちゃってるんだ」

「だから私にはそういうのは解らないのよ」

「解らない・解らないって言ってたらいつまで経っても解らないよ。オレでもいいし、他の誰かでもいい、とにかく誰がが、"このバンドはベースが上手いだのドラムが下手だの"って言ったなら、とりあえずそういう耳で聴いてごらん。そうすれば上手い下手が分かるようになるよ」

 オレはそう話したっけ。その後ステージには男のギターボーカルと、女のギターボーカル、それにベースとドラムという男女混成バンドが出てきた。オレはソイツらがスタンバってる音を聴いて、

「ああもうこれね、この時点で解る。このバンド、さっきのガールズバンドとは比較にならないくらい上手いよ」って断言してみせた。しばらくして本番の演奏(モンパチのコピーだった)が始まると、ヒロミは目を丸くして驚いてたよ。

「ああ、確かに、さっきのバンドよりも上手く聴こえる」ってね。



 ……他にもいろんな所へお出かけしたよ。それもこれも全部、二人で一緒に働いて、生活費を折半する事で得られる金銭的ゆとりがあったからさ。もちろん、東京・神奈川・埼玉にも行ったよ。さっきも大太に話したとおり、関東は全部制覇するってのが夢だったからさ。まあ、それについてはこれからおいおい話すとするよ。

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