第8話

8・断酒会・1 〜オブザーバー編〜



 サカタとフジムラ。

 二人の宇宙人と縁を切った後、オレはもう一度断酒会のみんなと電話で連絡を取ったよ。そして断酒例会に参加したんだ。んで、サカタとフジムラ、そしてもちろん例のナマポ野郎の話をしてやったのさ。みんな大笑いしてたよ。別に笑わせようと思って喋ったわけじゃないんだけど(そもそも笑い話なんかじゃないと思うんだけど)、なんか知んないけど昔からそうなんだ、オレが喋るとみんな笑うんだよな。古い友達にも言われた事があるんだ。

「お前のボケはどうツッコんでいいのか分からない時がある。もしお前にツッコミ役がパートナーがいたら、今頃きっとテレビに出てるぞ」ってね。とにかくみんな笑ってくれたよ。オレも決して悪い気はしなかった、……かといっていい気もしなかったけど、喜んでもらえるならいくらでも喋ってやるとすら思っていたんだ。

 サカタとフジムラの話をし終えると、それを受けてある妙齢のおばさんがこんな話をしたっけ。

「彼の話にもありましたけど、お酒を飲む人ってホンットわがままなんですよね……」って。さらにそのおばさんはこうも言っていたよ。

「……私の旦那は、結婚前、毎晩一杯だけでいいから酒を飲ませてくれって言っていたんです。でもまさかその一杯がこ〜んなに大きいとは夢にも思っていませんでした!」

 と言いながら腕を大きく振り回してたよ。これもこれで笑ったな。

 そういやオレが、どういう経緯でそうなったのかは謎なんだけど、とにかくビールが24本入ってる段ボールのケースが丸ごと道路に落ちてるのを見つけて、「ラッキー!」と叫びながら飛びついて拾った事があってさ、その話をしたらやっぱりみんな笑ってたよ。

 断酒会は各市町村に支部をいくつか持っていて、当然みんな自分の家から一番近い支部にその名を連ねていた。だからと言って別によその支部に参加してはいけない、というわけではない。また当然、よその都や県の断酒例会に参加してはいけないというわけでもない。むしろ逆に積極的に参加する事が奨励されていた。「大事なのは、とにかく例会に出席して、自分の酒害体験を率直に語る、それと同時に他人の酒害体験にも真摯に耳を傾ける、それに尽きる」と、耳にタコができるほど聞かされた。「親が死んでも断酒会」と聞かされた事すらあったよ。

「僕の母はひどい酒飲みでした。毎日夕方ごろにはすっかり出来上がっていて、母親の代わりに食事を準備をよくやらされていました。それがとても嫌でした。中学へ上がる頃には家庭科の先生よりもオレの方がよっぽど料理が上手になっていました(と話したらみんな笑い出したよ)。なんで自分よりも料理が下手なやつに採点されなきゃならないんですかって先生に噛みついた事もありました(と話したらやっぱりみんな笑い出したよ)。ところが母親は、"大人は色々と大変なのよ。酒でも飲まないとやってられないの"いつもそう言っては飲酒を正当化していたんです。子どものオレからすれば、"大人なんてその日一日の仕事が終わったら、後は酒を飲んでいるだけじゃないか、そっちの方がよっほど楽だ"、いつもそう思っていました」

 あれは、オレがそんな話をしたすぐ後の事だった。休憩中にその例会の中心的な立ち位置の人から話しかけられたんだ。

「いろんな例会に行くとやっぱり聞くんだよ、親がひどい酒飲みだったって話を……。んで、親がそうだとそれが理由で子どもの方がしっかりとし過ぎてしまうんだよな、ちょうど今の君の話のように、ね。で、そういう環境で育ってしまった人っていうのは、子どもの頃にしっかりとし過ぎてしまった反動で、いつまで経っても大人になりきれなくなってしまうって事がよくあるんだ」

 オレも家庭心理学の本は嫌というほど読んでいたし、彼の話を別に真新しい理屈だとは思わなかったんだ。まあでも、「ああ、きっとそうだとは思っていたけど、やっぱりうちはおかしかったんだ。それに、きっとそういう家庭は他にもたくさんあるんだろうな」って、再確認せずにはいられなかったんだ、……ちょうどオレの親父や母親が、しっかりとし過ぎてしまったその反動で大人になり切れていなかったように、ね。

 みんなの前でといろいろ話すと、気持ちが晴れて楽になった。また他の人から聞かせてもらうのもそれはそれでいい刺激になった。でも、どうしてもある事が頭から離れなかったんだ。……そう、想新の会の事がさ。

 事実、断酒会はどことなく宗教っぽかった。酒害からの「救い」を必要としている人たちの集団である以上、どうしてもそういう雰囲気が生まれてしまうのは仕方がないのかも知れない。でも、今になって思うと、想新の会のように「甘い汁を吸っている人が上にいるんじゃないか」っていうのはいくらなんでも考え過ぎだったんだよな。確かに断酒会も断酒会で会費を要求してはいるけど、それはあくまでも組織を運営したり機関紙を刷る上での最低限の物でしかなかったんだ。それに、古株よりもむしろ逆に新入会員の人の方こそ大事にされていたしね。なぜなら既存の会員の話だけだと、どうしてもマンネリ化しがちになるからだ。反対に、新入会の人の話は初耳な部分が非常に多いし、止めてからまだ日が浅いから話そのものが新鮮だろ。それになにより、「自分よりも若い人が頑張って断酒しているんだ、自分も負けていられない」って気持ちにもなれるもんな。

 ……ともあれ断酒会へ支払う入会金や会費の事を、当時のオレは想新の会の財務と同じように考えてしまっていたんだ。

 それだけじゃない、やっぱりどうしても頭から離れない考えが他にもあったんだ。「オレはここの人たちほどひどい酒飲みじゃない」って考えがね。オレは別に飲み過ぎが原因で家族からアルコール病棟へ強制入院させられた事もないし、酔って女を殴った事だって一度もない(してはいけない事をしなかった、というだけの話であって、別に自慢にもなんにもならないんだけどね)。飲酒運転で事故を起こした事もなければ、警察の世話になった事ももちろんない。……つまり、「いざとなったら酒なんて自分一人でやめられる」って意識が心のどこかにあったんだ。一言で言うなら、傲慢だったんだよ。

 他にも、オレは主に家から一番近い東支部という所によく顔を出していたんだ。他にも南支部というところにもよく参加していたんだけど、まあ、その支部によってまた雰囲気がまた微妙に違うんだよね、面子が違うから当然と言えば当然なんだけど。で、オレはその一番近い東支部の雰囲気が好きで、

「東支部に入りたい」って申し出たんだけど、南支部の人から、

「君は南支部の方がいいんじゃないか?」って言われたんだ。オレはそう聞かされて疑問に思ったんだ。

「なんでアンタにそんな事を言われなきゃならないの? オレがどこの支部に入会しようと勝手じゃないか。だいたいその支部で何をどんな風に感じているかなんてアンタには分からないでしょ?」ってね。

 それが理由で断酒会からまた足が遠のいてしまったんだ。もちろん、しばらくは飲まずにはいられたよ。けどしばらくしたらやっぱり飲んでしてしまったんだ。そうこうするうちに東日本大震災が起きて、日本中の人々が停電や節電の憂れ目に遭うハメになった。そのせいでアイスは溶けて食べられなくなり、氷も水になり、当然、冷えたビールをお店で見る事も叶わなくなった。あまり自慢にはならないけど、それが理由でしばらく酒を断った事もあったよ。大太は当然知らないだろうけど、あれはちょうどテレビが連日のように、やれ福島原発の様子やら、あるいは「ぽぽぽぽ〜ん」だの「ありがとウサギ」だの「さよなライオン」だのといったヤツばっかり報道していた頃の事だったな。それから少し経つと電力が少し回復してきて、冷えたビールもそれなりに手に入るようになった。そんなある日、電力の事が理由で、「今日は会社に来なくていい」と言われちまったんだ。

「それならいっそ部屋に引きこもって酒でも飲んでやれ」

 そう思って店に行ったはいいものの、途中で気持ちがガラッと変わってしまって、

「いま日本中が大変な事になっているのに、こんな物を飲んでいいわけないじゃないか」と、酒を買わずに食べ物だけを買って家に帰った、なんで事もあったよ(……ちなみにオレはこういう感覚の事を、『断酒スイッチ』と呼んでいた)。んで、ふとこう思ってしまったんだよ。

「自分はやっぱり真性のアルコール依存症者じゃない」ってね。



 ……オレは断酒会の人たちの話を、やはりどこかで他人事のように聞いていたんだな。別の言い方をするなら、何度も言うように、あの時のオレはまだ「耳クソ」が取れてなかったんだよなぁ。

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