第7話

7・生活保護・2 〜ナマポ野郎編〜



 もう一度断酒会に顔を出した後にも、もちろんいろんな事があったよ。でもそれについて話をする前に、もう一つ大太に聞いてもらいたい事があるんだ。

 2012年に「ナマポ」って言葉が流行し始めた事があった。生活保護制度を悪用している連中の事を蔑称する言葉さ。最初は主にネット上で使われ始めた事もあって、「ネットスラング」なんて言われ方もされていたな。その言葉が流行し出すよりも更に数年前、オレはまさにイカレているとしか言いようのない、それはそれはものすごくブッんだ体験をした事があったんだ。

 あれはS物流を辞めたすぐ後の事だった。

 下の階には「"うるさい・うるさい"と言っているお前の方がよっぽどうるさい」と言いたくなるような男がいたって話はもちろん覚えてるよな。実はその男、どこからどう見たって健康そうなのに、……働いてなかったんだよ! それも、求職中で一時的に働いていないとかいうのならまだ分かるんだけど、な、なんと、……生活保護受給者だったんだよ!

 オレはこれまで他人の事をいろいろ悪く言ってきたよな。でもそれが決していい事ではないのはオレだってもちろん分かっているんだ。だって、親父や母親、パチンカス女・ミカコや想新の会の自称有名人・ヨシコ、また例の三国志のゲームオタクに限って言えば、「きっと向こうにもそれ相応の言い分がある」という見方をする余地はじゅうぶんにあるはずだからだ。S物流の宇宙人サカタやフジムラにしたって、付け入る隙を与えちまったこっちだって悪い、という見方もまたできると思うんだよ。でもこのナマポ野郎に関してだけは、どうしてもそういう風に思えないんだよ。

 今度は、その時の話を聞いてもらいたいんだ。



 ある日、部屋でのんびり図書館から借りてきた本を読んでいたら階段を登ってくる足音が聞こえてきたんだ。ノックの音が聞こえてきたんで覗き窓を見たら、例の下の男だった。うるさくした覚えはないし、一体なんだろうとドアを開けたら、ヤツはこう言い出したんだ。

「やればできるじゃねーか」ってね。要は「やれば静かに生活できるじゃないか」と言いたかったんだろう。ずいぶん上から目線な野郎だな、と思いながら、

「はあ……」と曖昧に頷いたら、今度はこう言い出したんだ。

「実は今夜仲間と飲み会なんだけど、オレ、金がなくてさぁ……」

 そう言ってヤツは、まるでお菓子をねだる子どものように、オレに両手を差し出してきたんだ。

「……だからお願い、2000円貸してぇ」 

「はあ! 金なんかありませんよ!」

 オレは首を激しく横に振ったよ。するとヤツは、

「本当にないのぉ?」、と、疑うような目でオレを見てきたんだ。

「ありません。ないです。悪いけど仕事なんでもう帰ってください!」

 オレはそう言ってヤツを追い払った。

 それからちょっと経った後、オレは職安から「早期就労手当」という名目のお金をもらった。その名が示すとおり、早い段階で仕事が見つかった人に対して支払われる手当で、オレはそれを頭金にして中古のインテグラ・タイプRをローンを組んで購入したんだ。

 それはその買ったばかりのインテRをアパートの駐車場に駐めてワックスをかけていた時の事だった。下のヤツがオンボロ軽自動車を運転してアパートへ帰ってきたんだ。車から降りるなりいきなり、

「あれ、車買い換えた?」、と馴れ馴れしく尋ねてきたんだ。やはりオレは曖昧に、

「はぁ……」と答えたよ。

「金ないんじゃなかったの?」

 きっとそう言うだろうと予測していたオレは、

「ええ。金はないです。早めに仕事見つかったんで早期就労手当って物をもらったんです。それを頭金にしてローンを組みました」って答えたんだ。ところがヤツはこの返答を、脳内で借金を申し込むのに都合がいいように加工してから解釈したらしく、ニヤニヤ笑いながら一旦その場を去って行ったんだ。

 ヤツが再び借金を申し込んできたのは、確かそれから数日後の事だった。要求された金額は10000円だった。借金の理由がなんだったのかは忘れた、……と言うよりも、最初から借金が目的だと分かっていたから話を聞き流していた、だから覚えていない、と言った方が正しいな。とにかくオレは断ったよ。もうしばらくすると三度みたびヤツはやって来た。その三回目の時は本当にしつこかったよ。「大丈夫だよ! 大丈夫だよ!」ってね。とてもじゃないけど「大丈夫」だなんて一ミリも思えなかった。もしも本当に大丈夫なら、こんなにしつこく「大丈夫だよ!」なんて言ってきたりはしないし、そもそもそれ以前に、同じアパートに住んでいるとは言えオレたち友達でもなんでもない、赤の他人だ、その他人に借金を申し込むという事がもう尋常じゃあない。とにかくあまりにもしつこいもんだから、まるでこっちが借りていて、「返せ! 返せ!」と催促されているような気分にさえなっちまったよ!

「前にうちに来て騒いでた二人がいましたよね。あの二人が働いている会社へ行けば5000円ぐらいすぐに稼げますよ」

 オレは突き放すようにそう言ってみせた。するとヤツは逆ギレしたらしくこう言い出したんだ。

「お前さあ、その言い方はなんなの?」

「言い方なんか問題じゃありません。金を貸せと言っておきながら偉そうにしているどっかの誰かさんの方がよっぽど問題です。とにかく、お金の相談には一切応じられません。だからもうそういう要件でうちに来ないでください」

「それはどういう意味? この前散々騒いだ事を不動産にチクッてもいいって意味?」

「あの二人とはもう縁を切りました。それに騒いだのはあくまでもあの二人だけだったんです。オレはあの時静かにしていたし、あの二人にも"静かにしてくれ"と言いました。でも静かにしてくれなかったんです。それはアンタにも説明したはずだし、キチっと謝罪もしたでしょう? もう終わった話を蒸し返さないでください……」

 ヤツはまだ不服そうにしているんで、オレはさらにこう付け加えたんだ。

「……それ以外の部分でうるさいと思われていたのだとしてもこっちは十分注意しているし、そもそも生活音を全く出さないなんて事は不可能です。それでもうるさいと思うのなら、もう二度と集合住宅には住むべきではないし、最低でも一階を選ばなければいいんです。とにかくそんな事を理由に借金を正当化しないでください」

 オレは更にそう付け足してヤツを退けたんだ。

 退けた後、オレはすぐに不動産に苦情の電話を入れた。確かにこっちも迷惑をかけたのは事実だから、……という理由で今までずっと我慢していたけど、もう限界だったからだ。電話にはまず受付の女性が応対してくれた。オレはすぐさま、

「あの、折り入ってご相談したい事があるんですけど、営業の方か代表の方に替わっていただけませんか?」と申し込んだ。

「あの、私で良ければ聞きますけど?」

 受付の人で話になるようなレベルの問題ではないからこそそう言っているのに、と、オレは少しイラッとしながらこう切り込んだ。

「下に住んでいる方がですね、僕の所に"お金を貸してくれ"って言いにくるんですよ」

「ええ〜っ! 分かりました。すぐに社長と替わります!」

 ほらみろやっぱりそうなったじゃないか、オレはそう思いながら社長が電話に出るのを待った。交代した社長に事情をひととおり説明し終えると、彼ははっきりこう言ったんだ。

「実は彼は、生活保護受給者なんですよ……」ってね。さらに社長はこう付け加えたんだ。

「……分かりました。強制退去にしましょう。ただし、生活保護を受けている以上、市役所とも相談しなくてはなりません。だからしばらく時間をください」

「話は分かりました。でも、強制退去はどうでしょう? オレにも落ち度があったのは事実だし……」

 今になって思うと、オレもホント、お人好しすぎるよな。まあでも逆恨みされて殺されても困るし、と思って一応はおもんばかる姿勢を示しても見せたんだ。ところが、

「それは一切関係ありません!」って、社長はピシャリとそう言ってくれたんだよ。まあでも、あんなヤツいなくなってくれた方がオレとしても有り難いし、と思い直し、その提案を受け入れる事にしたんだ。

 ところが、そのナマポ野郎はいつまで経っても部屋から居なくならなかったんだ。いつまで経っても何も変わらないんで、もう一度不動産に電話してみた。そしたらこういう意味の返事を聞かされたんだ。

「強制退去にしたらしたで、新しい住居を与えなければならないと市役所から言われまして、結局現状のままとなりました。ただし、彼には私と市の役員から、もう二度と借金を申し込まないようにと強く言いました。だからそれでご了承ください」って。

「あの、そうなったのならそうなったで、何で一本連絡くれなかったんですか?」

「まあ、確かにそれはそのとおりですけど、でもこれで借金の問題は解決したでしょう?」

 オレはこの時、「なんかコイツの言ってる事、微妙におかしくないか」、密かにそう思ったよ。それだけじゃない、あんな見るからに健康そうで若いヤツに、安易に生活保護を支払ってしまう行政も行政だ、とも思った。当然だ、生活保護は本来、身寄りのないじいちゃん・ばあちゃん、また病気や怪我でどうしても働けない人といった社会的弱者に与える物なんだ、それも、「純・日本人」に限り、だ。……そう、間違っても在日の連中や外国人なんかに与えるべきじゃないんだ。これは決して差別なんかじゃない。事実世界中の全ての国がそうしているんだ、だったら日本にだって当然そうする権利はある。だってそうだろう? 在日や外国人にまで支払っちまったら、世界中の人たちから、「日本に行けば働かなくても生活できる」と思われてしまうじゃないか! でもね、大太、残念な事に一部の外国人たちから日本がそう思われているという事実は否定できないんだよ、日本は舐められているんだよ! んで、この行政の一連の言動は、舐められても仕方がないような事をしてるんだって事が明るみに出たって事でもあるんだよ。

 それからしばらくすると、今度はオレの大事なインテRに十円傷がつけられる、という被害が発生し始めたんだ。傷はどんどんエスカレートし始めた。不動産にも言ったんだが、「駐車場でのトラブルには応じられない」の一点張りで話にならないんで、オレはすぐに警察に通報した。自宅に来た警察にその場で被害届を書いてもらった。でもそんな物を出したところで警察がまともに動いてくれるわけがない事は嫌というほど分かっていたオレは、

「今までの経緯から、オレは絶対下の人が犯人だと思うんです。だからお願いします。下の人に一度会ってくれませんか? そんで、"近所で車に傷をつけられるという被害が二、三起きているんですけど、何か心当たりはありませんか?"と言ってくれませんか?」とお願いをした。それでようやく傷の被害がなくなったんだ。

 それから数日後。オレは大事をとって少し離れた所に駐車場を借りる事にした。本来ならそのアパートの駐車場に一台に限り無料で停める事ができたんだけど、とてもじゃないけどもうそこには安心して停める事ができなくて、一ヶ月5000円で借りる事にしたんだ。その後さらにローンを払い終えたオレは、ホンダのインテRから、やはりホンダの5thプレリュードのタイプSに乗り換えたんだ。本当ならもっとインテRに乗っていたかったんだけど、どうにもあの一連の嫌な思い出が頭から離れなくて、それで車に困っていたヤツにお友達価格で譲る事にしたのさ。

 ちなみにあれは、ちょうど5thプレリュードのタイプSに乗り換えてから約一ヶ月ほど経ったある日の事だった。スーパーでやれ米やら肉やら魚やら野菜やらをしこたま買い込んだオレは、インテRやそれよりも更に先代まえの愛車を停めていた、アパート直近の駐車場に一時的に車を停めたんだ。んで、プレリュード・タイプSのトランクから荷物を取り出して二階の自分のアパートに運び込んだのさ。全部運び込んだ後、金を払って借りている方の駐車場へ車を動かそうと階下に降りた。すると同時に例のナマポ野郎の運転する車が帰ってきたんだ。そもそもなぜ生活保護を受けているヤツが車を所有しているのか、そっからしてすでに大いに疑問だった。ま、季節に関係なくスタッドレスタイヤを履いていたし、めちゃくちゃ汚かったし、それにナンバーには少し離れた都市の名前が書いてあったしで、きっと正当なやり方で所有していたわけではないんだろうな、……みたいな事をぼんやり思ったっけ。

 ともあれオレはすぐに車を発進させたよ。その時ルームミラーでナマポ野郎の顔を拝んでやったさ。あの野郎、それはそれは妬ましそうな表情でこっちを見てやがったよ。「真面目に働いてきちんと税金を納めている奴がスポーツカーに乗るというささやかな贅沢を楽しんで一体何が悪い! だいたいオレが正当な手段で稼いだ金を何に使おうと、全部こっちの勝手じゃないか! そもそもなんで貴様なんかに大事なお金を『寄付』してやらなくちゃならないと言うんだ!」、腹の底からそう叫んでやりたい気分だったよ。

 オレが思うに、おそらくヤツは在日朝鮮人だったんじゃないかな。オレの友達もそう言っていたしね。もちろん在日かどうかだなんて今となっては確かめようがないし、証拠もないのに断定するのは良くないって事ぐらい、オレだって嫌というほど分かっている。でも、そう思われても仕方がないぐらい、在日の連中が生活保護制度を悪用している事もまた事実じゃないか。それにあのナマポ野郎の一連の言動は、どっからどう見たって在日っぽくしか見えないだよな。

 ……やれ自分の事を棚に上げて文句ばっかり一丁前に言うわ。

 ……やれ謝罪しているのにもっと謝れと言わんばかりの態度を取るわ。

 ……やれ昔の事を何度も蒸し返すわ。

 ……しかもその事をネタにして金を取ろうとするわ。

 ……やれ断られたら断られたで逆ギレして人の車に傷をつけるわ。

 ……隣人ひとが正当な努力で手に入れた物を妬むわ。

 これだけ状況証拠がそろってるんだぜ。在日だと思いたくのも大太なら分かるだろう?

 その後、今度はさらに駐車場の契約の事で不動産とトラブルが起きたんだけど、ま、その話は割愛するわ(あ、そういえばこの不動産会社、今のアパートに越してきてから数年後、全国版のニュースに出てたな。なんでもこの不動産の事務所に、日本刀を持った男が押し入ったらしいよ。んで、従業員の男性のお腹を刺して、社長の左腕を切り落としたって話だったわ。ま、あのサービスじゃそうなっても無理ないわな)。とにかくその駐車場のトラブルもあったせいで、オレはもう余計にそのアパートには居たくないと思うようになってしまったんだよ。んで、大太もよく知ってる現在のこのアパートに引っ越して来た、ってわけよ。

 今までのアパートに比べたら、ここはまさに天国のように快適だったよ。それは大太もよく知ってるよな。完全に南向きだし、部屋はもちろんキッチンも広いし、バス・トイレはもちろん別だし、おまけに脱衣所まであるし。……さらに家賃は、うちに遊びに来てくれた友達に値段を聞かれて答えると、みんな決まって「安っ!」って驚くぐらい良心的だったしね。



 ……こうしてようやく安住の地を見つけたわけなんだが、この部屋に引っ越して来た時の話をする前に、まずはさっきも言ったとおり、S物流の宇宙人・サカタとフジムラの二人に酒で散々嫌な思いをさせられた後、それを理由にもう一度断酒しようと思って再び断酒会にオブザーバーとして参加した時の事を先に話そうと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る